角を折る事

角を折る事


シャーレで知り合ったゲヘナの子。

当番で一緒になる度に、美味しいご飯を作ってくれる。ナギちゃんが作ったスイーツと同じくらい、もしかしたらもっと美味しいかも?なーんて、本人達に言ったら怒られちゃいそう。

フウカちゃん、私がシャーレに来た時、いっぱいいっぱいだったあの時の、そんなどうしようもない私に優しくしてくれた。ゲヘナの癖に、生意気なくらい優しい子。先生が気にかける気持ちも、ほんの少しくらいなら分かっちゃうかも。

だからかな、その優しさに甘えようと思っちゃったのかな。私がそう考える時なんて、ろくでもない事しか起きないのにね。

当番のお仕事を終わらせて、いつもみたいにご飯を食べて。そこで終わってれば、こんな事にはならなかったのかな?

ちょっとした好奇心もあったのかな。ただ、綺麗だっだから、もっと仲良くなりたかったから。こんな事考えるのはおかしいと思うけど、フウカちゃんの、ゲヘナの証のあの角に、手で触れて、ちょっとだけでも撫でてあげようって。何かお返ししたいなって思ってたから。

フウカちゃんは良いよって言ってくれた。シャーレの前で、ちょっと恥ずかしそうにモジモジしながら、餌を待つ小鳥さんみたいに頭を差し出して。可愛かったな。

フウカちゃんの角は意外と硬くて、でもちょっと柔らかくもあって、しっとりしててすべすべしてて。ナギちゃんの髪に負けないくらい良い手触りだった。フウカちゃんにそう言ったら、満更でも無さそうな顔してた。もちろん、ナギちゃんの事は伏せたよ?

そうやって撫でてたら、パキンって、聞きなれない音がしたの。右手だったかな?掛かってた重さが消えて、あれ?って思った。

私の右手にフウカちゃんの角があった。半分くらいの長さの、細い角。はっとして、フウカちゃんの方を見た。

呆然としてた。顔はちゃんとこっちを向いてるのに、何も見えてない、そんな感じ。目の前で起こってる事が信じられない子って、あんな顔するんだね。私、知りたくなかったな。

そうやって、見つめ合ってるようで見つめ合ってないような、そんな時間をどれくらい過ごしてたんだろ?多分、すっごく短かったんだろうな。

気づいたらフウカちゃんね、泣いてたんだ。当然だよね、自分の大事な物が、他人の手で折られちゃったんだもん。その時に、ちゃんと謝れれば良かったのにな。

私も混乱してたのかな。でもそんなのただの言い訳だよね。「再生するの?」だなんて。もっとマシな言葉は、心配するような言葉は、いくらでもあったハズなのに。そんなのだから、皆に「魔女だ」って言われるんだろうね。祈ってあげられたのだけは良かったかな。

そうやってオロオロしてる私の手から自分の角をふんだくって、そのまま走って行っちゃった。周りの目も気にせずに泣きながら走っていくフウカちゃんに対して、私はただ、祈る事しかできなかった。もう二度と、会えないんだろうな。


シャーレの当番の日。

優しい子に会えた日で、魔女が全部台無しにした日。

先生にカレンダーを見せてもらった。期待して見たそこに、あの子の名前は無い。先生に聞いてみたら給食部の活動で忙しいんだって。だからあんなに美味しいご飯が作れたんだね。今日の当番は、私一人。

ちょっとなんて強がってみても、ぽっかり空いた穴はハッキリ分かる。あの子が居た時よりも、ずっとずっと寂しい。先生も心配してくれるけど、やっぱり私にそんな価値は無いよ。八つ当たりするように、目の前のお仕事と睨めっこ。気づけばもう、当番の時間は終わっていた。

先生にさよならを言って階段を降りて、いつもより静かな廊下を渡る。今まで平気なフリしてたけど、私ってやっぱり寂しがり屋なんだなあ。

トリニティの校門から私の部屋に行くより全然近いのに、今の私にとっては、ゲヘナとトリニティの間より遠く感じる。どうしてかな、なんて考えるまでもないのにね。

シャーレから出た時、気がついたら溜息をついてた。こんな事、大事な大事なアクセサリーを燃やされても無かったのに。

二度目の溜息をついた時、向こうの方から誰か走ってくるのが見えた。あんなに急いで何処に行くつもりだろ?私にはもうそんな元気も無いのに、羨ましいかもなんて思ったりして。

でも他人事だと思ってた事はそうじゃなかったみたい。走ってくる誰かは明らかにこっちに向かってきてる。脇目も振らずに一直線。このままだとぶつかっちゃう。

私は思わず息を飲んじゃった。怖かったから?驚いたから?驚いたのは間違いないけど、怖くなんてないよ。だって、とっても嬉しかったから。

息を切らして、肩で息をして、呼吸を整えるフウカちゃん。可愛らしい水玉模様の紙袋を握ってる。全力で走ってきたからか、ちょっとクシャっとしてるけど。

フウカちゃんは落ち着いたっていうのに、なんだかモジモジしてて、走ってきたからかな、顔もいつもより赤く見える。折れた角がそのままで、心が少しチクリとした。

そんなフウカちゃんが紙袋を、わざわざ両手で持って勢い良く私に差し出して、頭まで下げながらこう言ってきたの。

「ミカ様!不束者ですが、これからもよろしくお願いします!」

こんなの、ずるいじゃん、ね?そんな事されたら答えは一つじゃん。顔を上げさせて、紙袋を受け取る拍子に、思わず抱きついちゃった。

「こちらこそ、不束者だけどよろしくね!」

だって、私ももう一度こういう風になれれば良いなって、思ってたんだもん。抱きつく前に見たフウカちゃんの顔はすごく真っ赤で、心配になるくらいだった。今は、どんな顔してるのかな?抱き着いてるから見えないや。

そうやって、お互いの熱を共有してた時間を、どれくらい過ごしてたのかな?今度はあの時より、長いと良いな。急にフウカちゃんが私を引き剥がして、真っ赤な顔で、目に涙を浮かべながら言ったんだ。

「本当に良いんですか?私、こう見えてけっこう執着心ありますよ。」

「気にしないよ、そんな事。だって、私の方が強いんだもん。」

ちょっと恥ずかしかったかな?でも、フウカちゃんはそう思わなかったみたい。相変わらず真っ赤な顔で、今度は笑顔を浮かべながら、頷いてた。

それから、フウカちゃんは名残惜しそうにしながら、部活の用意があるとかで帰って行った。私だって、もう少し一緒に居たかったな。

ふと、右手に持った紙袋を見る。水玉模様のフウカちゃんらしいそれ。そういえば中身、聞いてなかったな。後から後悔しないように、紙袋を破らないようテープを剥がして、中身を見る。

それは、フウカちゃんの折れた角がついたネックレスだった。角が真ん中についてる以外は、その辺にありそうな普通のネックレス。トリニティで買えるものより、質は何段も劣るんだろうけど、今はもう、これさえあれば満足かな。・・・少し複雑ではあるけれど。

トリニティに帰るまでの足取りは軽かった。シャーレの入口までがあんなに長く感じたのが嘘みたいに、すぐ帰って来れた。今は陰口だって気にならない。

群がってくる奴も、遠目から見てくる奴も、わざわざ目の前に出てくる奴も全部全部押し退けて、すぐさまティーパーティの集まりで使う部屋に行って扉を開けた。ナギちゃんもセイアちゃんも、この時間ならここに居るって知ってたから。

勢い良く扉を開けた私を不思議そうに眺めてくる二人を横目に、フウカちゃんのネックレスを付けて二人に見せる。

「良いでしょ!シャーレでできた友達に貰ったの!」

二人とも喜んでくれる・・・かは微妙だけどおめでとうくらいは言ってくれるかなって思ってた。けど、二人の顔はすごく、すごく微妙な顔だった。

いつもの事だけど、セイアちゃんがこれ見よがしに溜息をつく。ナギちゃんの顔・・・は変わらないけど、紅茶を持つ手が震えてるような気がする。どうして?

「ミカ、今、君は友達から貰ったと言ったね? 」

「うん、そうだよ。なになに?セイアちゃんったら羨ましいの?」

セイアちゃんがさっきより大きな溜息をつく。ケンカ売ってるのかな?私が手を出しそうになった時、セイアちゃんが、大きな大きな爆弾を落として行った。

「おおかた、事故かなにかで折った角を記念に貰ったかしたんだろう?ゲヘナにいる子の角を折るっていうのはね、『貴方を私のモノにしたい』っていうプロポーズなんだ。古めの、だけどね。それにね、ネックレスのプレゼントには、『ずっと一緒にいて欲しい』という意味があるんだ。良かったねミカ、その相手にはそれだけ想ってもらえてるようで。」

言われた言葉の意味を、フウカちゃんが考えてた事を理解して、顔がとっても熱くなっちゃった。今の私の顔、あの時のフウカちゃんと同じくらい、真っ赤になってるんだろうな。

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