観測者

観測者


“・・・始めるよ、ヒマリ。”


「はい、お願いします。」


静かに、ゆっくりと、先生と繋いでいた手が離れる。

大丈夫だ。私は、間違いなく、大丈夫。


「っ・・・」


屈んでいた先生が腰を上げ、立ち上がる。

座っている私が必然的に見上げる形になり、先生の呼吸の音が遠く、聞こえなくなる。

怖いことなんて、無い。先生が立っただけだ。──いなくなっちゃう──先生はそこに、間違いなくいる。

けれども、手汗が酷く滲み始めていた。


「・・・!」


先生が私に背を向けて部屋の扉を開ける。

先生が部屋の外に出るだけだ。──かえってこない──5分後には戻ってくる手筈だ。

私は一人じゃない。──またしんじゃう──

認識とは裏腹に、頭から全身に冷水が流れていくかの様な感覚を覚え、心臓が早鐘を打ち、身体は震え出した。


「ぁ・・・」


先生が部屋から出て扉を閉める。その光景は、いつかどこかで見た気がした。

どこだっただろうか?──どこでもそう──誰を見送ったのか?──みんなそう──

その後はどうなっ──


「あああああぁぁぁぁっっっ!?!?!?」


──みんなきえた──


「い”や”っ!!!いやああああ”あ”あ”あ”あ”!?!?!?」


そうだ!私が、この目で見送った人は、誰も戻って来なかった!

私はいつも安全な場所で、皆の最期の報告だけを受けていた!

リオも!ヴェリタスも!私を助けてくれたノアさんとユウカさんも!託されたコユキさんも!

皆が楽しく、自分らしく過ごしている姿を見られれば、私はそれでよかったのに!

この目が悪いのですか!?この目が、皆を殺しているのですか!?ならば──


“ヒマリッ!!!”


頬と胴に温もりを、背中に圧迫感を感じる。ああ、これは抱き締められているのだろう。

足元には固い床の感触があるから、いつの間にか車椅子から転げ落ちていたらしい。

それで、こんな私を抱き締めてくれるのは誰だろうか?


「ぁ、ああ、先、生・・・先生、先生先生っ!!」


ああ、よかった、先生は生きてる・・・!

私の前からいなくなってない、ちゃんと生きてる、私は一人じゃない。

その事が嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れてくる。


“私は・・・ここにいるよ。”


その言葉で、私の認識に実感が戻ってくる。

だが同時に、何度目かも忘れてしまった試みがまたも失敗に終わった事も認識する。

そして先生の泣きそうな顔を見て、完全に悟った。


「ごめんなさい、先生・・・ごめんなさい・・・!」

「やっぱり私には、もう、無理です・・・。」


今の私の姿が先生にとっての象徴的な罰である事を。

そして、私は誰かの温もりを感じていないと、もう心を保てない事を。

だからこそ、私は哀願する。


「何でもします。だからどうか・・・どうか・・・!」

「私を置いて、行かないで・・・」

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