親愛なるあなたへ贈る
「鬼ヶ島」での「ワノ国」の命運を賭けた決戦。海の覇者として君臨する”四皇”カイドウ率いる”百獣海賊団”との激闘。
もう一人の”四皇”である”ビッグ・マム”シャーロット・リンリンとの同盟により、二人の”四皇”と対峙することになった世紀の大決戦。
様々な人々の尽力、ルフィの「覚醒」が起こした大逆転。それら全てが噛み合い、戦いの果てにカイドウとリンリンという巨星は地へと落ちた。
古き時代の象徴とも言える”四皇”の失墜。それは”新時代”の到来を確かに予感させるものだった。
そんな歴史の転換点を作り出した当の本人たちは、未だ目覚めぬ仲間の無事を祈り休息を続けている。
「ヤマト」
「あ、ウタ」
ここにいるヤマトもまたその一人。
20年前、”光月おでん”の生き様に感銘を受け父であるカイドウに反抗し続けた”四皇”の娘。
そして数年前に「ワノ国」を訪れたルフィとウタの義兄エースの友人。
百獣海賊団の本拠地「鬼ヶ島」へ乗り込んできたルフィと出会い、そのままカイドウたちを倒すべくルフィたちと共闘をし、「ワノ国」のために尽力をしたその姿は至る所が傷だらけだった。
戦後に改めて自己紹介をしあった時は”カイドウの子”であること、”おでん”への強烈な憧れから発せられる「僕はおでん!!」という発言に皆が驚いた。
特に「ワノ国」の侍達はヤマトの出自や発言から「カイドウの残した罠か」と警戒を露わにしたが、最後までヤマトがその身を賭して自分たちを守り、信じてくれていたことをモモの助としのぶが伝えたことで事なきを得た。
「まだご飯もお風呂も入ってないの?」
そんなヤマトは現在「鬼ヶ島」の決戦で無茶に無茶を重ねて未だ眠り続けているルフィとゾロの無事を祈願して断食と風呂断ちを行っている。
「ワノ国」にはこうやって願いが届くように祈る風習があるのだとウタが聞いた時、確かに何となく錦えもん達がやりそうなイメージがあるなとぼんやり思ったものだ。
自分もルフィとゾロほどではないが、3日ほど寝込んでいたらしい。さぞ心配をかけたのだろう。
――…あ!!
――え
――みんなー!! ウタが起きたよー!!!
自分が目を覚ました時にこちらの顔を凝視していたヤマトと目が合い、その後大騒ぎを始めてナミとチョッパーに怒られていたのも記憶に新しい。
とにもかくにも、ウタが目覚めた後もルフィとゾロのためにヤマトは祈願し続けている。
こういう時のヤマトは強情で、周りが何を言っても聞かないのは短い付き合いだが何となく分かる。
とはいえ心配は心配だ。
「お腹空いたでしょ?」
ヤマトの横に座り、ウタは話しかける。
先ほどからヤマトの腹から大きな音が鳴っている。誰がどう見てもお腹が空いているのは一目瞭然の有様だった。
それでもヤマトは自信満々な顔をして笑う。
「大丈夫!! お腹なんて空かないよ!! 侍はそういう生き物だから!!」
「……そうだったんだ!?」
侍って凄い。お腹空かないの!?
錦えもんさん達も私たちに合わせてくれただけで、本当はそんなに凄い人達だったんだ……!!
モモの助達がここにいれば「それは心意気の話で、生き物として腹が空かないわけではない」とそれとなく修正してくれたのだろうが、残念なことに今この場にはヤマトとウタの二人しかいなかった。
そのまま二人は取り留めのない話を続ける。好物はなんだ、苦手なものはなんだ。
敢えて「鬼ヶ島」のことには触れなかった。あの戦いの本当の終わりは今なお眠り続けているルフィとゾロが目覚めた時に初めて訪れると二人は理解していた。
何の気負いもなく、意味のない雑談に花を咲かせる。
こんなに軽い気持ちで誰かと話せたのはいつ以来だろう。エースの時くらいだったかな。
「あ」
「どうしたの?」
心が静かに湧き立つまま喋っていたヤマトが唐突に声を上げる。
それを不思議に思ったのかウタも会話を中断しヤマトを見つめていた。
「いや、そろそろ僕の誕生日が近いなァって…」
すっかり忘れていた。暦の上ではもうすぐ僕の誕生日だ。
今年は”おでん”が信じていた20年後の決戦の年だということに気持ちが行き過ぎて、頭の片隅に追いやられていた。
「ヤマト誕生日なの!? 何で言ってくれなかったの!?」
ヤマトの突然の告白にウタは目を剥く。
言ってくれれば何か用意できたのに、とその顔には若干非難の色が浮かんでいた。
「いや今まで祝われたことってそんなになかったし、今更祝われるのもいいかなって…」
そもそも最後に祝われたのっていつだったっけ。この20年は確実に祝われてないから、それ以前は確実なんだけど。
今までずっとそういうことをしたこともなかったし、今更だと思っているのは本心だ。
”おでん”の信じた者たちが本当に「ワノ国」の”夜明け”を導いてくれた。それだけでも僕はもう充分に報われている。
そんな想いをウタに伝え、気にしないように言ったのだが、
「ダメ!!! ヤマトが良くても私が嫌!! 祝わせて!!」
「う、うん……」
ウタの剣幕に完全に押し切られる形になってしまった。
ウタって怒るとこんなに怖いんだ。ちょっと気を付けよう。
ヤマトは胸の奥で密かに記録を付けた。
「でも急に言われてもなァ……何を贈れば……」
「ウタ、本当に僕は気にしないから…」
腕を組み、眉間にしわを寄せてウタは悩み続けていた。
”花の都”で適当なものを買って贈るというのはしたくない。なんかつまらない。じゃあどうしようかと考え続けている。
何だか申し訳なく思えてきた。僕が口を滑らせなければ。でもここで気にしなくてもいいと言っても先ほどの焼き直しになるだけだ。
ヤマトはそんなウタに口を挟まず黙って見守る。
「あ」
「?」
そうして悩んでいたウタが突然顔を上げ、ヤマトの顔を見つめる。
その顔には、良いことを思いついたと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。
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「ウタ~~!!!」
遠ざかる”麦わらの一味”の船サウザンドサニー号を見遣り、両手を大きく振りながらヤマトは叫ぶ。
僕は結局「ワノ国」に残ることにした。”光月おでん”が最初は「ワノ国」を漫遊したように、その生き様を目指していく。
……というのも理由だが、あの海軍大将”緑牛”アラマキの襲来で元々考えていた道を進むことを決めた。
悔しいが「ワノ国」が守られていたのは、入国するのが厳しい環境以上に”四皇”カイドウの影響力が何よりも強かったと改めて実感した。
だから、僕は”おでん”として海に出るより前にやるべきことができた。カイドウのように「ワノ国」を守る守護者となる。
少なくともモモの助君たちが僕の助けなしでも守り切れるようになるか、そんな必要もなくなるような”新時代”が訪れるか。そんな未来が訪れるまでは。
どちらにせよ、今はまだ「ワノ国」を守るための力が必要だ。僕は”おでん”としてその立場を貫くことを決めた。
「君も頑張って~~~!!!」
ルフィやウタ達と共にいけないことには後ろ髪を引かれる想いだけど、これが僕の決めた道だから。
大丈夫、もし何かあったらすぐ駆けつける。僕はもう自由で、何処にだって自分の意思で行けるんだ。
「お父さんとのこと、応援してるから~~~!!!」
力の限り叫び、想いを伝える。ウタが背負うもの。父である”赤髪のシャンクス”率いる”赤髪海賊団”。
ルフィが”海賊王”となり”夢の果て”を目指すのならば、カイドウと同じく必ずその道に立ちはだかるであろう巨壁。
必ずウタならば全てを乗り越えられる。そう信じている。
「後悔だけは、しちゃダメだからね~~~!!!」
叶うならばこの親子には互いに納得のいく決着が付き、笑い合える未来が訪れますように。
どうかあの子が笑える未来が訪れますように。
ヤマトは心の底からそう祈り、サウザンドサニー号が水平線の彼方へ去っていくまで手を振り続けていた。
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”麦わらの一味”が旅立ってから数日ほど経ったある日。
モモの助とヤマトが二人並んで歩いている。現在ヤマトはモモの助の護衛をしつつワノ国漫遊に旅立つため準備をしている真っ最中だ。
そんなヤマトを見ながら、モモの助は思う。結局彼女に頼ることになってしまったと。
本来のヤマトの望みであるならば、今頃彼女はルフィ達と共に海の上で自由に過ごせていたはずだった。だがヤマトは船には乗らず、「ワノ国」に残る道を選んだ。
本人は己の父”光月おでん”がかつて諸国漫遊をしていた道を歩むと豪語していたが、本当のところは「世界政府」から強襲してきた海軍大将”緑牛”アラマキのような外海からの脅威より国を守る抑止力の一つとなるべく残ってくれたのだろう。
ヤマトは豪快に見えてそういう気配りができる思慮深さも併せ持っていると、モモの助はこれまでの経験で学んでいた。あるいは、そうした真面目さこそ彼女の本質なのか。
その優しさには深く感謝している。だがこれではヤマトを縛る場所が「鬼ヶ島」から「ワノ国」に変わっただけだ。
いつか彼女が後顧の憂いなく海に出ていくことができるように、我々は努力せねば。
人知れず気合を入れ直したモモの助は、そういえばと最近感じていた疑問をヤマトにぶつけることにした。
「ヤマト、最近おぬしが持っているその『音貝』には何が入ってるのだ?」
「これ?」
モモの助の疑問にヤマトは顔を向ける。
そして、フフンと自慢げな顔をしながら口を開く。
「これはね!! ウタからのプレゼントなんだ!!」
「ウタからの? ということは歌が入っておるのか…」
ルフィ達は自分達が「ワノ国」を救った英雄だと喧伝されることを嫌がっていたが、ウタに関してはそうもいかなかった。
何せあれだけ歌を響かせていたのだ。人の口に戸は立てられぬ。
モモの助の帰還が宣言され、暗き時代が終わりを告げたことを国民が知った時の喜びは大変なものだった。
そこにカイドウと戦っていた時に響いていた歌が「ワノ国」にも届いていたというのだから、それはもうとんでもないことになってしまった。
今やウタの歌は「ワノ国」でも大人気。道を歩けば何処かで誰かが話しているような語り草となっている。
その事をルフィ達に申し訳なく思いつつ伝えたら、全員おかしそうに笑いながら「それは別にいい」と言っていたのを覚えている。
自分達が英雄視されるのは嫌がっていたのに。彼女はいいのか?と思ったが彼らには彼らなりの考えがあるのだろうと納得もした。
話を戻すとつまり、そんな大人気のウタの歌が目の前の『音貝』には納められているというのだ。
ムクリとモモの助の中で聴いてみたいという欲が出てきた。
「聴かせてもらうことはできるか?」
「え? う~ん…」
モモの助の言葉にヤマトは悩む素振りを見せるが、すぐに首を横に振った。
「ダメ!!」
「え~…なんででござるか?」
不満げな顔をするモモの助。「ワノ国」を統治する”将軍”として、本来の年相応の顔を見せられる相手は数少ない。
モモの助にとって、「鬼ヶ島」で命を賭して己を守ってくれたヤマトは今や気心の知れた友人と言える存在だった。
「これはウタが僕に贈ってくれた、僕だけの歌なんだ」
「幾らモモの助君の頼みでも、これだけはダメ!!」
そんな友人の頼みでも、これはダメだとヤマトは言う。
その言葉にモモの助は残念そうに肩を落とした。
「う~む、残念…」
あのウタの歌、是非聴きたかったのだが貰った本人が否と言っている以上諦めるしかない。
会話も終わり去っていくヤマトの背を見ながら、時間が経ったら心変わりしてくれないかな~と一人思うモモの助であった。
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休憩を取るべく己に宛がわれた部屋に戻り、ヤマトは一息つく。
先ほどモモの助君の頼みを断ってしまったのは心が痛むけど、こればかりは譲れない。
これはウタが僕にくれたたった一つの『音貝』なんだ。僕の心がもうちょっとだけ広くなるまでモモの助君には涙を呑んでもらいたい。
こういうの、あんまり”おでん”らしくないなと自嘲しつつ、ヤマトは『音貝』のスイッチを入れる。
♪~
綺麗な歌が聴こえる。あの時の、観客は僕一人だけの特別ライブ。その歌をウタは僕に贈ってくれた。
たった一つの宝物。この世に二つとない僕だけの宝物。暫くは自分一人で独占したい。
静かに聴き入り、ヤマトはリラックスした様子で地面に寝転がる。
落ち着くと、色々と思考が駆け巡ってしまう。こういうのは少し苦手だ。
だから身体を動かして、何も考えずにいたいと思っていた。
そう、色々と……
――ヤマト、何か欲しいものはあるか
――あァ? 明日はお前の誕生日だろうが
遠い、遠い記憶を思い出した。僕がまだ何も知らない幼子だった頃の記憶。
最後に祝われた、僕の誕生日。
――……ウォロロ、そんなもんが欲しいとはな
あの時は何を欲しがったんだっけ。よく覚えてないな。
でも、僕の欲しかったものを聞いた父の少し呆れたような顔だけはハッキリと覚えている。
――あァ!? 歌だァ!!? そんなもんうちのバカどもが毎晩…おれのが聴きてェってか
あの時の顔は傑作だった。しかも凄く調子はずれで、そんな姿がおかしくて笑い転げてしまった。
――歌が好きか
――……いや、何でもねェ
その顔が見れて、父にもそんな顔ができるんだと、何だかとても……
――精々強くなれ
――お前はおれの子だ。ヤマト
さようなら、お父さん。
僕はあなたとは違う道を行くよ。
静かに目を閉じ、『音貝』から聴こえる歌にヤマトは身を任せる。
断ち切ったつもりだった「縁(くさり)」は今も僕の身体を締め付ける。
いつか、コレを呑み込めるほど強くなれるだろうか。それとも、今度こそ断ち切れるほど強くなれるだろうか。
どちらでも、もっと胸を張って言えるようになるよ。
僕は”ヤマト”だと。
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「日和ちゃん!! 僕に歌を教えてくれないかな!!!」
ある日、突然部屋に飛び込んできたヤマトに日和は驚きながら顔を向ける。
「僕の友達の……友達の!! ウタのためにね、いつか歌を贈りたいんだ!!」
軽い興奮状態なのか、少し息を切らせながら矢継ぎ早にヤマトは話していく。
「その為に練習がしたいんだよ!! 日和ちゃんは上手いってモモの助君から聞いた!!」
「まあ…」
やけに「友達」の部分を強調するなと思いつつ、日和は顔を綻ばせる。
最初こそ「僕はおでん!!」と言い切る姿と「カイドウの子」であることに驚いたものだが、彼女が父にとても強い憧れを抱いていると理解してからはそんな姿も微笑ましく感じている。
……流石に「僕の娘!!」と言い出した時はどう反応すればいいか分からなかったが。
あの”歌姫”に及ぶようなものではないと思うが、自分の芸がヤマトの助けになれるのなら日和にとっても喜ばしいことだ。
「では僭越ながらご指導させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「うん!! よろしくお願いしますっ!!」
いそいそと三味線を取り出し、日和から指導を受け始めるヤマト。
楽し気に笑い合うその顔は、未来への希望で満ち溢れるものだった。
倒壊した「鬼ヶ島」の城内、ある倉庫。
「ワノ国」の命運をかけた激戦の余波により、あらゆる場所が崩落しているその一角に装飾が施された箱があった。
それなりの値打ちものだったと思わせる煌びやかな装飾は、今や見る影もなく崩れている。
周辺の家屋が倒壊する音が聞こえる。その衝撃が届いたのか、箱の蓋が壊れ中身が露出した。
子ども用だろうか、箱の中には小さな三味線が納められていた。
貰い人がいなくなってしまったのか。あるいは、忘れ去られてしまったのか。
開けられることがこれまで一度もなかったのだろう。新品のような輝きを放っているソレは誰にも気付かれることなく、ただ其処に在り続けていた。