覚悟と正義

覚悟と正義


「……装備が……」


矯正局から釈放されたその日、我々FOX小隊の目の前に置かれていたのはSRTの特殊装備だった。しかも新品の。


「誰だろう。不知火防衛室長かな?」


「あの人も投獄されたって話じゃなかったー?七神行政官……はそもそも廃止側だもんね」


「うちの新人たちじゃないの?あの子たちは基地の場所も知ってるし!」


「ふむ……まあ良い。ヴァルキューレの人員も何も言わない辺り認可されている装備のようだし、ありがたく使わせてもらおう。総員、異常がないかの点検を行った後に装備」


「「「了解」」」




「うっ……」


「クルミったら苦しそう〜。ちょっと鈍りすぎなんじゃない?」


「ちょっとふらついただけよ!オトギだってそんな大物担いで走るのは大変なんじゃないの!?」


「そんなことないもん。基本担いで走る必要なんてないし。……ニコ?隊長?」


「ユキノちゃん。なんか変な予感がする。


「私もだ。……これ、は……甘い香り?」



青空が眩しいキヴォトスの空気を吸った私たちに待ち受けているのは、地獄以外の何物でもなかったのだ。それを理解するのにそう時間はかからなかった。甘い香り、そこら中から鳴り響く怒号と爆音。そして、定期的に放送される麻薬への警戒警報が、その全てを指し示していたからだ。しかしながら、それと体が動くかどうかは別なわけで。



「……何よ、これ。なんで、こんなことになってるのよ」


「不知火防衛室長の……いや、違うか。こういう無秩序、あの人が一番嫌いそうだし」


「ユキノちゃん。ここにずっと居るのは危険だよ。基地でもいい、別のセーフハウスでもいい、早く帰投しよう」


「……あ、ああ。だが待て、RABBIT小隊は……」


「ひぃ、ウサギだぁっ!!ウサギ共に食い尽くされるぞぉっ!!!」


「………は?」



ウサギ共。私たちが記憶している中で、兎と聞いて思い出すものなんてただの一つしかなくて。こんな状況を鑑みると、嫌な予感がするのも仕方ないというものだろう。そしてその予感が的中することもまた、仕方のないことだ。



『RABBIT2、敵を撃退』


『RABBIT3、該当施設を爆破完了〜』


『RABBIT4、お砂糖を確保しました……』


「了解。RABBIT1、帰投します。みんなもそれぞれ帰るように」



かつての正義を証明した彼女たちが。汚れることなく煌めく明日を私たちに見せてくれた後輩たちが。目の前で堕落した様は如何程か。麗しの白兎たちは、正義の誇りと共に死んだというのだろうか。



「……月雪小隊長」


「!ユキノ先輩、釈放されたのですね。お疲れ様です」


「ありがとう。いや、今はそんなことは重要ではない。……今の作戦は、なんだ」


「アビドスに認可されていない不当な売買を執り行う市場と、それらを警護する武装集団の摘発です。我々RABBIT小隊はアビドスの小鳥遊ホシノと、アビドスの砂糖を対価にした正当な契約を結んでいます」


「……それは、麻薬ではないのか」


「おかしなことをおっしゃるのですね、ユキノ先輩。これはただのお砂糖ですよ。人体に身体的な害はありません。……お砂糖ですから、取り過ぎはよくないですけど……」


「そうではない!貴官は、貴官らの正義は……!」


「七度ユキノ隊長」



その瞳を、私は知っていた。



「私たちはもう止まれないのです。あの時の、些細なかけ違いで。………でも、そうですね。もし、先輩方が………いえ、なんでもありません。忘れてください」



「先生、失礼します」


“………ユキノ?”


「はい。FOX小隊隊長、七度ユキノです。本日をもって、矯正局から出所いたしました」



やることなんて、とっくに決まっていた。私がSRT特殊学園の生徒であるのならば、RABBIT小隊の先輩であるのならば、今ここで私が取るべき行動など火を見るよりも明らかだ。そしてそのために、私は先生が必要だ。そしてまた、先生も私たちが必要だろう。これはそういう状況だ。



「我らの後輩の愚行を止めるため、キヴォトスを救うため、そして我々の正義に殉じるため。○○先生、ここに私たちの全権を委任します」


“……私は連邦生徒会長じゃないし、防衛室長でもないよ?”


「構いません。我々の正義はもう曇らない。我々は任務遂行においては意志を持たない武器ですが、その武器を握る者を選ぶことはできます。我々の武力を、責任を、委ねられる人は、今の今までは連邦生徒会長のみでした」



その連邦生徒会長は既に居らず。SRT特殊学園を渇望した私たちは正義の眼を曇らせた。正義とは何かを見失った。そして、そう。正義を執行する者とは言い難い彼女に────全てを委ねて思考を放棄した。



「武器として誰かを信じ、責任を委ねること。一人の人間として考えることをやめ責任を押し付けること。それらは似ているようで違うことです。私たちは今まで後者の選択をしてきました。それが正義だと盲信して。……けれど、今は違います、先生」


“………RABBIT小隊のため?”


「……ふふっ、そうですね。身も蓋もないことを言えば、それもあります。今なら彼女たちは後戻りができる。我々の後輩が、我々のように正義を曇らせ切る前に引き戻すことができる。その手伝いを先生にしてほしいという、私的な事情はありますよ」


“………その代わりということ?”


「いいえ。それとは別の話です。この状況を打破しキヴォトスを救うための正義の武器として、私たちはあなたに私たちを扱う権利を委ねる。大人として信じるというだけです。それが私たちの覚悟であり、かつて輝いていた昨日の“正義”として背負うべき責任。あなたが受け入れてくださるなら、ですが……」


“勿論。君たちがちゃんと考えた正義なら、私も責任を背負うよ”


「ありがとうございます。どうか、私たちを。この絶望を打破する武器として正しく用いることを信頼していますよ、先生」



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