見抜き部屋
「見抜きってなんでs」
聞きかけたところで、頭に説明が流れてきた。
本来の定義は、オンラインゲームの動かない女性PCを見ながら男性が精を吐くこと。この場合、オンラインゲームではなく、PCはおらず、女は私、男は晴信しかいない。つまり。
「ふむ。晴信が私を見ながら射精すればいいというとですね?」
「射精とか言うな!」
「では、何と言えば。ええと」
「いい、検索するな調べるな、何も言うな」
類語を聖杯ぺディアで検索しようとすると、即座に止められた。むう。
「ちゃっちゃとやっちゃってくださいよ。早く出ましょう」
「早く出たいのは俺も同意見だが……これ、難しいぞ」
晴信はちらりと私を見て、すぐに視線を 逸らす。つまり、私では性的な気分にはならないということなのだろう。
そのあたりは、晴信の主観次第なので、私には何もできることはない。そもそもこのお題では、私からアクションを起こすのはNGなはずだ。
「とりあえず陽根出して扱いてみたらいいのでは?」
「だから!そういうことを言うな!後寄るな、ベルト外そうとするな!余計萎えるだろ!」
「要求が多いですねぇ」
「ごく当然の要求だ!少しは恥じらいを持て!」
「だって、殿方のなんて見たことないので、どうなってるか気になります」
「ガキか!いや、本当に子供と変わらんのか……」
晴信が頭を抱えた。
見たことがないから見てみたいというのはそんなにおかしなことであろうか。
晴信は自身の逸物はもちろん、女陰も見たことがあるはずだ。私が知らないことを、晴信だけが知っているのはズルいと思うのだけど。
「いいから、黙って座ってろ」
「にゃー」
仕方ないので大人しく座る。
晴信は少しばかり距離をあけて、私の全身をぐるっと見回した。
「ええと、上着、脱ぎます?」
じっと見られているのは居心地が悪い。
「そうだな。……いや、待て。着てるのとどっちが……」
なにやら真剣に悩み出した晴信に、更に居心地が悪くなる。もうなんでもいいので早く終わらせてくれないだろうか。早く終わるのなら、裸体にでも何にでもなってやるのだが。
「クソ、俺は景虎相手に何を…!」
悪態は小さな声だったが、2人しかいない室内ではしっかり耳に届く。やはり、相手が私なのが不本意なのか。
「後ろ向きますか?顔を伏せていればいいですか?」
私だと認識しなければ、簡単に終わるのかも知れない。胃の腑の不快感を無視して、提案する。
「ふざけんな。ちゃんと顔見せてろ」
怒気混じりに言われて、胃の不快感が消えた。顔は、見えてもいいらしい。
「そのまま正面向いて座ってろ。上着も着たままでいい。……脚だけ伸ばしてくれるか」
「はあ」
晴信の要求通り、両足を揃えて伸ばす。その動きを凝と見られて、なんだか熱いような悪寒が走るようなどちらとも違う感覚が背を伝う。
晴信はどっかり胡座をかくと、腰の上に上着をかけた。あ、隠した。
減るものじゃあるまいし、見せたっていいだろうに。
不服だが、その不服を今は上手く口に出せなかった。
晴信の眼が、いつもと違う。
熱と激しさを持って睨まれるのは川中島ならいつものことだ。
だが、今日の眼は、それとは違う。
鋭さがない。殺意がない。
喉笛を噛み切ろうとする虎の覇気ではなく、おもちゃを甚振ろうとする猫の方が近いか。
執着はある。興味もある。だが害しようというつもりではない。
噛むのではなく、舐める。ねぶる。
その眼が、脚を、腹を、脇を、舐めていく。
肌の露出が、こんなに心許無く感じたことはない。
晴信が、どこを見ているのか分かる。
思わず、脚をぴたりとくっつけて、曲げる。特に太腿や脚の付け根あたりを、隠したい。
「おい、隠すな」
曲げた瞬間、咎められた。
その声も、いつもの晴信ではない。
熱を孕んだ上気した声。
吐息も荒い。
こんなのは、知らない。
「だって、晴信が、」
抗議しようと顔を上げる。
それで初めて、今まで自分が顔を伏せていたことに気付いた。
直視した晴信は、まるで肉食の獣だった。
甲斐の虎は伊達ではない。
ギラつく眼が、私(エモノ)を捕らえて離さない。
赤い舌が唇を舐めるのが見えた。
喰われる。
狙われているのは、私だ。
「景虎」
いつも呼ばれている名前すら、いつもとは違って聞こえた。
やめてみないで。
ーー恥ずかしい。
正面から向かい合っているのに耐えられず、身を捩る。背を向けてしまうのも怖くて、半身になる。
はやく、はやく、はやく終わって。
最初とは違う逼迫した思いで待つ。
永遠のような時間が経って、晴信が小さく呻くのが聞こえた。
それと共に解錠の音が響く。
「!」
弾かれたように立ち上がって、ドアに飛びつく。
「おい、逃げんな」
追ってくる声は無視した。
敵前逃亡など、軍神長尾景虎にはあってはならない。
けれど、今、晴信と向き合うのは無理だ。
あの眼で見つめて、あの声で囁いて、あの舌で舐めて。
「にゃーーーーー!!!!!」
叫んで廊下を駆け抜ける。
不審な目で見られただろう。
が、許容量を越したなんらかのせいで、もう何も認識したくはなかった。
晴信を罵ってやりたいが、適切な罵倒がわからない。
「バカーーーー!!!!!」
子供のように喚いて、私は布団に転がりこんだのだった。