【見回り】編 ① −夏空−

【見回り】編 ① −夏空−






 [百花繚乱紛争調停委員会本部 調停室]



 からん、からん。

小気味よい、軽やかな音が響き渡る。

それは、私たちの身に着けている鉈から出るいつもの音───では、なく。


 

 レンゲ「くぅ~……夏だな……」

私たちが出したお茶の氷がぶつかる音だ。

ミク「これが夏ですか……とんでもない熱気ですね。日射しも強くなると聞いていましたがこれ程とは……」

アリス「私たちは機械だから大丈夫ー……って訳じゃなさそうだしね。むしろショートしないように気をつけなくちゃ」

量産型アリスは不思議なことに肌荒れや日焼けをする───いや、厳密にはちょっとやそっとじゃ気づかないぐらいうっすらと、だが。

それでも夏となればどんな異常が起きるかも分からない。対策はするべきだ。

それを抜きにしても、百鬼夜行はこういった季節の影響も受けやすい気がする。今のうちに防暑と防寒の案を考えておかなくては……今度ミレニアムに行く際にエンジニア部に相談してみようか。


 

 ナグサ「……もぐ、もぐ……ごくん」

そんなことを考えている横では、ナグサ様が私の作った焼き鳥を頬張っている。

ミク「お味はどうですか、ナグサ様?」

ナグサ「……うん、タレがよく染みてる。これ、ミクが作ったんだよね?ネギも単なる市販のものじゃないね……?」

ミク「はい……流石ですね。もも肉に合うように自作しました」

アリス「ネギは私が厳選したよ!!」

焼き鳥に関しては文句無しの最強。一瞬で見抜かれた。


 ナグサ「すごくおいしい。……強いて言うなら、もう少し本数が欲しかったけど」

そう言うと、すかさず同じ部屋で本を読んでいたキキョウ様が眉をひそめて割り込んだ。

 

キキョウ「……ナグサ先輩。今何時ですか」

ナグサ「………16時」

キキョウ「昼ご飯は」

ナグサ「ちゃんと食べた」

キキョウ「ちゃんと『焼き鳥を30本』、ね。ミクが作った分だけでも10本───私の言いたいこと、わかるね?」

ナグサ「でも普段より抑えてたんだよ……」

ミク「……キキョウ様が正しいです。すみませんが諦めてください」

ナグサ「………うん……」

ナグサ様には申し訳ないが、本人も弱いと言っている夏の暑さに気をつけなければいけない時期で、内臓に負担を負わせるわけにはいかない。主人の健康を労るのも従者の役目だろう。


 レンゲ「あ、そうだ。『あの件』、どうなったんだ?」

うちわを仰いでいたレンゲ様が、思い出したように言った。

アリス「あの件って言うと……例のアリスたち?」

レンゲ「そうそう。確かアタシたちが保護するって話だったけど」


 キキョウ「うん、話は通してきたよ。警察の人とも、陰陽部とも」

ナグサ「───何というか、あっさりいけたんだね。ちょっとびっくり……」

キキョウ「うーん、まあ、いけたんだけど……」

ミク「あれは、うーん……」

陰陽部を訪ねたときの会話を思い返し───私とキキョウ様は顔を少ししかめた。



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[陰陽部 部室]


 

 ニヤ「───あぁ、全然いいですよ?」

キキョウ「……やけに物分かりがいいね」

ニヤ「にゃはは、そりゃそうでしょう?百鬼夜行で今まで有効打を取りにくかった、『アリス』たちにまつわる問題の解決───ミクさんとアリスさんを迎えたのは本来、そのきっかけのつもりでしたからねぇ」

チセ「いつもありがとー」

ミク「それはありがたいんですが、あの『アリス』たちは事情が特殊で……」

『海賊版』アリス。量産型アリスに恐らく最も近いが、間違いなく量産型アリスではない存在。この存在を私たちはどう扱っていくか、という方針を示してもらえるとありがたいのだが。


 ニヤ「……んまぁ、正直。そういう形式とか関係なしに、皆さんに───いや、ミクさんとアリスさんに決めてもらっていいですよ?」

ミク「えっ?」

アリス「なるほど?」

キキョウ「いいの?すごい投げやりに聞こえるんだけど」

ニヤ「いや、状況がユニークすぎますからねぇ。出処の知れない機械生命体だなんて手に負えないでしょう?別に技術者倫理とか責任追及に詳しい訳でもないので。

私が勝手にポンポン決めるのもどうかと思いますし、ちょっとでもアリス達により詳しいお二人が決めるのは妥当だと思うんですが……どうでしょう?」

うーん、確かにそうなのかもしれないけど。結局その手に負えない案件をこちらに丸投げされているような……


 ミク「ちなみにカホ様は───」

ニヤ「あー、私が言うのもなんですけど、今彼女はアテにしない方がいいですよ?」

キキョウ「あの人はあの人で何を……」

ニヤ「なんでも、百鬼夜行の商業戦略に『アリス』を取り入れようと模索しているとか」

チセ「チセ様との共演を───って言ってたから、私たちの活動に参加してもらう形なのかな」

キキョウ「……あー………」

アリス「うーん、楽しそうだけど……」

言いたいことは分かった。今海賊版アリスたちとカホ様を引き合わせると、遅かれ早かれ彼女の『商業戦略』に組み込まれる。最悪アイドルみたいに売り出される。

どこぞのアイドル活動中の姉様とのコンタクトを取れたらよりアドバンテージが……とかでも考えているのだろう。

ニヤ「まあ私はその計画には賛成派なんですが、その子たちまで巻き込むような判断は……早計な気がしますねぇ」

その計画が割と順調に進んでいそうなことに一抹の不安を覚えつつも、事情はおおよそ把握した。

なんか言いくるめられている気がしなくもないが、仕方ない。


 ミク「……やるだけやってはみますけど、相談や確認はさせてもらいますからね?」

ニヤ「もちろん。引き受けてくださるだけでも御の字ですよ」

キキョウ「まあ、海賊版アリスの一件は単なる野良アリスとは違うきな臭さがあるからね。判断する権利がこっちにあるのは悪いことじゃないかも」

ニヤ「そうですね……身元不明のアリスが同時多発していて、犯罪に手を染めている。最近デリケートな『アリス』たちの扱いに関する、どうも裏がありそうな案件です。進捗の報告はお願いしますね」

チセ「……………

 



              

              空

         鏡    に

         合

         わ

         

        

    

    




─────大変だと思うけど、頑張ってね」



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[百花繚乱紛争調停委員会本部 調停室]


 レンゲ「なるほど、そんな事が……」

キキョウ「相変わらず、って感じだったよ」

アリス「『アリス』たちをアイドルデビューさせるって話も聞いちゃったねー?私たちはどうなるんだろうね、ミクちゃん?」

ミク「まだアイドル活動とは決まってないと思うんですが……あの調子だと時間の問題かもしれませんね……」


 ナグサ「……まあ、とにかく、ニヤ様は人に任せることは多くても、いい加減な判断をする人ではないから。ミクとアリスにこの件を任せるのが最適だと考えたんだと思う」

ミク「……はい」

アリス「頑張ろうね、ミクちゃん!私も、みんなもいるから!」

レンゲ「アリスの言う通りだ。じゃんじゃん手伝うよ!」


 キキョウ「まずは例の子たちから話を聞かないと。あの子たちの様子は?」

ミク「空き部屋をいくつか使わせていただいてますが─── 一応、全員目を覚ましていて、敵対の意思もなさそうです」

アリス「話を聞くなら私たちが行く方がいいかもね?助けて、っていうのも私たちに向けて言った感じだったし」

ナグサ「大人数で行っても仕方ないし……レンゲ、一緒に行ってあげて」

レンゲ「応!」

そうして私たちとレンゲ様は、例のアリスたちの元へ向かうため襖を開けた。




To be continued…




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