見えなくても分かるもの
「ねーフィン、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「どうしたんですか?」
デリザスタとフィンは街にいた。珍しい組み合わせと思うかもしれないが、実はそうでもない。あの一件以来、神覚者の面々は悪魔の五つ子を監視、もとい保護し教育する役目を担っていた。その中でデリザスタに着いたのがレインであり、フィンもまた彼によく関わるようになった。今日は三人で街に情緒教育という名の遊びに来ていたのだった。
そんな中で、レインが少しの間席を外した。それを見計らったように、デリザスタが小声でフィンに問いかけたのだ。
「盲目ってさ、治せたりする?」
「それは·····」
それが誰を指すのかすぐに分かった。彼の一番上の兄のことだろう。フィンもあの戦いに参加していたからドゥウムの目が見えないことを知っていた。それ故に、心苦しい答えも分かっていた。
「あれって、潰されたんですよね·····」
「うん」
「遠目でしたけど、傷も結構着いてたような·····」
「わりと抵抗したっつってたからなー」
そんな風に軽く言わないでほしい。いや違う、掘り起こしたくないから軽く流して深く見ないようにしている。フィンがキュッと唇を引き結んだ。
「完全に失った物を治すことはできないと思います」
「·····そっか」
「ごめんなさい、役に立てなくて」
申し訳なさそうにフィンが言うと、デリザスタは困った顔で眉を下げた。それからゆるゆると首を横に振って、自嘲じみた笑顔を見せる。
「んーん、目が合わなくて悲しいのオレだけだからいいよ」
「·····っ、ごめん」
そんなの当たり前だった。大好きな兄と目線が合わない、それがどれだけ辛いかフィンはよく知っていたものだから。見えていたのに奪われた経緯を聞いてしまっていたものだから。自分の力ではどうしてあげることもできない、それが悔しくて悔しくて、絞り出した謝罪と共に涙が溢れ出た。そんなフィンを見て、デリザスタがギョッとしたように目を丸くする。
「え、なに、どしたの?どっか痛い?」
本気で心配するデリザスタに、ブンブンと首を振って違うことを伝える。嗚咽で言葉が出てこないせいで余計に気を遣われる悪循環だ。
「·····おい、どういう状況だこれは」
結局、酷く困惑した顔のレインが戻るまでフィンの涙は止まらなかった。
「ただいまぁ〜」
「おかえり、デリザ」
兄弟四人が暮らす家に戻ると、長兄のドゥウムが出迎えた。きょと、とデリザスタが首を傾げる。
「あれ、一人?」
「二人共まだ戻ってない。大方話が弾んでるんじゃないか」
エピデムはともかくファーミンは弾むかなぁ?とデリザスタは思ったが口にするのはやめた。二人共魔法局にいるはずだし、きっと一緒に帰ってくるだろう。そう思ったところで、ドゥウムが手招きをしていることに気が付いた。
「おいで」
「なーに、急に」
優しく両頬が兄の手で包まれる。そのまま何度かむにむにと揉まれ、デリザスタは擽ったさに身動ぎした。しばらくそうしていたドゥウムは、じ、と目隠し越しにデリザスタを見つめる。
「何かあったのか」
「えっ」
「元気が無いように思えてな」
なんで分かんの、と思った。思っただけで口には出さなかったはずなのだが、それもドゥウムには分かってしまったらしい。ふ、と雰囲気を和らげてドゥウムが言う。
「分かるさ、何年見てきてると思ってるんだ」
「·····っ」
視界が急に歪んだので、目の前の兄に抱き着いて誤魔化した。泣き顔が見られることはないが、きっとこれもバレてしまうのだろう。案の定、慰めるような手付きで後頭部を撫でられる。
「子供扱いやめろよぉ」
「私からすればずっと子供だからな」
四つしか違わない癖に、と唇を尖らせて、ぐりぐりと頭を押し付ける。上から微かに笑った気配がした。もう少しすれば他の二人が帰ってくる。だからそれまでは、この温もりを独り占めしたっていいはずだ。