見えざる不穏の魔の手

見えざる不穏の魔の手


「ふんふん。ふふーん。」

カルデアではハロウィンの催し物を楽しむサーヴァント達によって、飾りつけがされている。

スヨーダナはポンチョを羽織り、そんなカルデア内をでちでちと足音をたて籠を持ちながら鼻歌を歌いつつ散策していた。

「『トリックオアトリート』と言えばコレ達もお菓子を貰うことが出来るから、面白い催し物だな。・・・次は何処に行こうか……。うん?あれは、スヨーダナ・オルタだな。」

彼の腕の中に抱え込まれている籠(アルジュナ・オルタと一緒に作り、不格好だがジャック・オー・ランタンのような見目になっている)の中にはハロウィン当日までまだまだ先だが、「トリックオアトリート」と声を掛けると必ずお菓子を貰うことができていたため、既に幾かのお菓子が詰め込まれていた。

次にどこへ行こうか思案した先に神父服を纏ったスヨーダナ・オルタが目の前に居るのを発見する。なにか考え事をしてしまっているのか動かない彼を驚かしてみようかと思い、ソロリソロリと足音がたたないように近づいていく。

「トリック・オア・トリート!」

真後ろで大きな声を上げるが、彼はピタリと固まったままだった。こんなにも大声を出したのに反応がないのは可笑しいと感じ、でちでちと彼の前へと回り込む。

己と似たような薄桃の瞳はぼんやりとした空虚な色をたたえて此処ではない何処かを見つめていた。

「す、スヨーダナ・オルタ………?」

「…………て……………。」

「て?」

おずおずと声を掛けるが、彼は此方の声に気が付いていないかのように、言葉を吐き出す。聞き取ることが出来なかったため、何を呟いているのだろうとスヨーダナは更に彼の体へと近づいてみた。

「……そらたかく……こよい……ほしもどる……」

「ひぇっ………。」

スヨーダナ・オルタの虚ろな瞳はゆるりと歓喜するように細められ、口は薄っすらと笑みを履いている。口から漏れ聞こえる言葉は何一つ問題無い単語のハズなのに聞いているだけで何故かゾワゾワと鳥肌が立ってしまうような不穏さが込められていた。

普段の彼とはかけ離れた状態に思わず悲鳴を上げて距離を取ってしまうが彼は全く気が付く事なくブツブツと言葉を紡ぎ続けている。

「す………スヨーダナ・オルタ!!どうしたというのだ?目を覚ませ!!」

「……しゅがもどる……ひとよしれ……」

「〜〜〜〜。こうなったら仕方ない………。目を!覚ませ!!!」

思い切りガクガクと体を揺さぶりながら名前を呼びかけるが、スヨーダナ・オルタは変わること無く言葉を紡ぎ続けている。

このままでは駄目だという予感がヒシヒシと増していく。もっと大きな衝撃であれば気が付くのではないかと考たが、少しだけ逡巡してしまう。だが、大きな声を出しても誰も来ないということはここには自分しかいないのだと心を決め、思いっきりしっぽで彼の体に殴りかかる。

スヨーダナ・オルタの体は防御することなく立ったままだったからか、遠くの壁へと大きな音を立ててぶつかってしまった。

「……………うっ………?」

「す、スヨーダナ・オルタ!?大丈夫か?」

ズルズルと壁を伝いながら落ちていき床に座り込んだ彼はうめき声を上げる。慌てて、でちでちと駆け寄り顔を覗き込み声を掛ける。

「……………?痛い……?……おや。スヨーダナではないか、どうしてここにおるのだ……?」

「先程から居て声を掛けたのだが……。覚えて……いないのか……?」

「………?そう、だったのか……?済まない、医務室に向かおうと廊下を歩いていた所までは覚えているのだが………。」

ゆるゆると瞼を開ける彼は不思議そうに首を傾げ言葉を呟く。そうして、此方を見て不思議そうに問いかけてきた。

ゆっくりと立ち上がり、瞳の様子も言動もいつも通りに見える彼の様子にほっと安堵の息を吐きながら問掛けるが、スヨーダナ・オルタは眉を潜めながらも先程の一連の流れを全く覚えていないとでも言うように顔を左右に振る。

「医務室?何処か具合でも悪いのか?先程も様子が変だったし……。」

「最近頭痛が酷くてな。カルデアでは良く稀に霊基異常が発生すると聞いたからな。その可能性を考えて、向かっていた所だったのだが………。あれ?鼻血だ。」

「!!!は、早く医務室に行くぞ!!」

「???一人で行けるのだが……?」

「コレ達が不安なのだ!!医務室まで付き合うからな!!」

おずおず問掛けるスヨーダナに対して、スヨーダナ・オルタはぎゅうと辛そうに目を瞑り指でグリグリと目元を揉んだ後、もう一度目を開いた時に見えた掌に乗る血に気が付き不思議そうに首を傾げた。

スヨーダナが先程吹っ飛ばしてしまったのが原因だろうと思い、慌ててグイグイと手を引っ張ってしまう。スヨーダナ・オルタは不思議そうにしながらも、抵抗すること無く付いてきてくれた。


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彼らが立ち去った後の廊下には、まるでクスクス・クスクスと嗤うような声が誰にも聞かれることも無く消えていった。





◯誰も聞くことが出来なかった嗤い声の持ち主達

あーあ、ざんねん。もうちょっとだったのに。

でも、まあいいか。みちはつながったんだもの。

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