襲撃の裏

襲撃の裏



「あっ、ドゥウムさん!ちょうどいいところに!」


魔法局の長い廊下、その先を急ぐカイセ・ツッコミーに呼び止められ、ドゥウムは立ち止まった。


「どうした」

「実は!イノセント・ゼロが動き出しました!」

「·····なに?」


ドゥウムの眉間にしわが寄る。その無言の圧に急かれるように、カイセは口早に続きを話す。


「しかもイノセント・ゼロ本人がです!しかも反応は神覚者選抜試験の会場に向かっていて──」


そこまで聞いてドゥウムが踵を返す。明確に意志を持って歩き出した彼に慌てるカイセだったが、次の言葉を聞いてハッとした。


「私は先に現場に向かう。お前は隊長にこの事を報告しろ」

「は、はいっ!」

「よし」


元気の良い返事に満足げに頷いて、ドゥウムはカイセが来た廊下を反対に進み出した。




「ヤバイじゃんそれは」


執務室でカイセの報告を聞いたライオが思わずそう呟いた。すぐさま椅子から立ち上がり、対処に当たるため指示を出す。·····つもりでカイセの方を見た。


「さすがに隊員だけじゃ心もとないな、オレも出よう。後は副隊長以下を何名か──」

「あ、ドゥウムさんならさっき会いまして、先に現場に向かうって言ってました!」

「はっ?」


一瞬呆気に取られるライオ。だがその数秒後には心底呆れたと言わんばかりに額に手をやって天を仰ぐ。


「独断専行ーーーー!」


別に駄目とは言わないがメンツってもんがあるよね!とライオの渾身の叫びが響き渡った。




そんな上司の嘆きを遠くに聞きながら、聞こえている癖に全力で無視してドゥウムは魔法警備隊の駐屯地に来ていた。


「副隊長!お帰りない!」

「私は今から出る。イノセント・ゼロ案件だ」

「はいぃ!?」


ギョッとした部下を横目にドゥウムは自身の愛用する大剣を持ち出す。しばし汚れと刃こぼれを確認してから背に担ぎ、次いでホウキを呼び寄せた。その間、部下はワタワタと落ち着きなくそれを眺めているしかない。


「もうすぐ隊長が来る、お前達はそこで指示を仰げ。どちらにせよ応援は必要だ」

「あ、あの!副隊長はお一人で向かわれるんですか!?」


慌てた様子の部下の言葉に、ピタッとドゥウムが動きを止めた。それから振り返って傲慢に問う。


「不足だと思うか?」

「ッ、いいえ……っ!」


思わず息を呑んだ部下に、フッと吐息のみで笑んでドゥウムはホウキに足をかけた。呆然とその背中を眺める残された男。ライオがやってくるのはその十数分後のことだ。




「·····ファーミン、いるんだろう」

「いる」


高速でホウキが飛ぶ最中、ドゥウムは空中に問いかけた。彼が確信していた通り、何も無かったはずのそこから男の姿が現れる。次男のファーミンである。


「どこから聞いてた」

「最初から。とりあえず家は無事。ヴァルキスとセント・アルズもたぶん問題ない」

「襲われたのはイーストンだけ、ということか·····」


大方の理由としては、座標が割れているのがマッシュしかいないからだろう。七魔牙の一件で関わったのは末弟だけだ。分かっているところから回収しようという腹にまず間違いない。


「エピデムに伝言ウサギは」

「試したけど繋がらない。邪魔されてるっぽい」

「そうか·····」


ドゥウムの口から舌打ちが漏れる。さすがに用意周到だ。眉間にしわが寄りっぱなしの兄を、ファーミンが物珍しそうにじーっと眺める。


「兄者余裕ないな」

「·····そう見えるか」

「うん、珍しい。そんなにヤバいのか、今から会いに行く奴は」


ある意味で能天気とも言えるファーミン。そんな弟の声にドゥウムはやや気が抜けて笑った。知らない、というか忘れているのだ。そしてきっと忘れたままの方が幸福だった。


「まぁ、日が暮れる頃には嫌という程分かるはずだ」

「ふーん」


自分で聞いた割にはまるで興味がない様子でファーミンが相槌を打った。ホウキがさらにスピードを上げる。マッシュもエピデムも強かなためきっと無事だろうと思うが。それでも動かずにはいられないのが兄という生き物だ。



闘技場では空が割れている。



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