褒美の印

褒美の印


⚠️7章ネタバレ含みます

※テスデイ風味











「おい、デイビット。お約束のモノ、持ってきたぞ」

メヒコシティのアジトにて。今日の“記録”を基に、今後の予定を立てていた青年は、声の主に目を向けた。

悠然と歩み寄ってくる神の手には、赤黒い塊が握られている。

「異星の神の心臓か。よくやった。しかし、生身で持ってくるのは感心しないな。床が汚れる」

「容れるもん持ってなかったんだから仕方ないだろ。妙なところで細かいよな、お前」

「後始末をさせられる側からすれば、当然の意見だ」

床に点々と垂れ続く血の跡に嘆息するこちらを余所に、テスカトリポカは心臓を弄びながら嗤う。

「珍しくワガママ聞いてやったんだから、感謝して然るべきだと思うがねぇ。こんなもの欲しがるなんざ、お前くらいだよ、マスター」

机上のトレーに心臓を軽く放った彼は、歩みを止めぬまま近づいてくる。

「……何だ」

その問いに応えず、男は血まみれの手をこちらへ伸ばす。ぬるり、と頬を撫でる感触。と思えば、頤を掴まれ、顔を固定される。

覗き込む瞳を見遣れば、愉しげな光を隠そうともしていない。

「デイビット、頑固で我が儘なオレの相棒(マスター)。頑張った分の対価を払って貰おうか」

いいだろ? と口唇を吊り上げる男に、再度息を吐く。また随分な気まぐれだな。そう口を開こうとして、止まる。

不意に瞬く、“記憶”。

人生の大半を占めながら、既に朧げな遠い過去の思い出。

―― ■■■、私の可愛い息子。頑張ったご褒美をくれないか?

茶目っ気のある声音でこちらを呼ぶ声。ねだった映画のチケットを手に喜ぶ子どもを愛しく呼ぶ声。その顔はぼやけていて、不確かで、でも確実に存在した大切な人のものに違いなくて。

導かれるように、男の首に腕を回す。真白な頬に軽く口を落とす。かつての少年と同じように。

「Thanks, Dad」

囁く声に、愛情と寂寥が滲むのを感じた。あぁ、まだこんな感傷が残っていたのか、と他人事のように自嘲する。

ふと、抱きついた男が異様に静かなことに気付いた。普段であれば、ここでからかいの言葉の一つや二つ投げてくるはずだが。怪訝に思い身体を離すと、彼の端正な顔に浮かぶ表情が見えた。

猫のように目を見開き、呆然と固まっている。その様は、まさしく鳩が豆鉄砲をくらったそれだった。

「お礼に、なったかな?テスカトリポカ」

普段の仕返しとばかりに、こちらからからかってやる。小首を傾げて笑うこちらを見て、男はようやっと我に返ったようだった。

唖然とした表情は一転、苦々しく歪んだものになる。

「はー、やめだやめ。興ざめだ」

オレは寝ると告げ、男は踵を返す。その背中に、血は落とせよと声を掛ければ、ひらひらと赤黒い手を振った。

パタン、と扉が閉められ、静寂が部屋に満ちる。

「……さて、“記録” に戻るか」

作業に戻ろうとしたデイビットの脳裏に、先程の光景が過る。常に飄々とした男の、珍しい表情。

無駄。

そう分かりつつ、あの1分も満たないやりとりを、切り取って、保管する。

いつか来る別れ。その後も、あの兄弟・相棒と言ってはばからない彼との思い出を、思い出せるように。

そして、遠い父との日々を想起させる縁として。

「父さん、」

永遠の影となり生きる二人に投げ掛けるには酷だと、知っている。それでも口から溢れていた。

「頑張ったら、オレもご褒美もらえるかな?」

呟いた声に答える声はない。ただ乾いた風の音が響くだけ。

目を閉じて、頭を振る。


……作業に戻ろう。

無駄な時間は過ごせないのだから。








デイビットくんが鮮明に五分間を覚えられるようになったのは、天使の輪事件の後。

だから、十歳までの思い出が徐々に霞んでいくことに怯える彼がいるかもしれない、と思ってできた作品です。

言っててしんどくなってきた。


“記録”に関しては、デイビットくんが任意で取捨選択できるものとして扱いました。個人的にそういう解釈でいたい、というのもありまして。間違えたらごめんなさい。

Report Page