裁縫勝負
『マーク入りの、身に着ける物の作り方を教えてほしい。』
そう二人に頼まれたのは、塞ぎ込んでいたウタちゃんが元気を取り戻して、ひと月ほど過ぎたころ、
「私達だけのマークを付けるの!」
力を取り戻した目が嬉しい。
「もちろん良いわよ。どんなのにしたいの?」
相談の結果、ウタちゃんはアームカバー、ルフィは腕章を作って、マークの描いてある革製のアップリケを縫い付けることになった。
いつでも見れる、動きを邪魔しない、などの要望と裁縫初心者という点を考慮した良い案だと思う、のだが…
「私の方が上手に決まってるでしょ!」
「おれの方がスゲエの作れるぞ!」
「勝負よ!」「勝負だ!!」
…まあ、元気なのは良いことよね。

「できた―!」
両手で完成したアームカバーを掲げて、ウタちゃんが歓声を上げる。
ウタちゃんの作品、瓢箪?のようなマークのアップリケが縫い付けられた水色のアームカバーは、かなりの完成度だ。
手先が器用なのは知っていたけど、その上達の速さには驚きを隠せない。
もう、刺しゅうにも手を出し始めているし。
対して、
「う~~…」
涙目のルフィが、アームカバーを見上げている。
その手は包帯でグルグル巻きだ。
両の手に突き刺す針が、二桁を超え流石にドクターストップをかけさせてもらった。
今回の勝負はルフィの完敗かな。
でもこれ、二人のマークなのよね…

「すげー!」
ルフィは袖に付けられたマークを見て声を上げる。
破けたシャツの穴を、アップリケでふさいでみた。
ふふ、我ながら良い出来だ。
「えへへ!」
「ししし!」
二人は、袖と手の甲のマークでポーズを決めながら、笑いあっている。
こっちまで嬉しくなって来るわね。
「そういえば聞いてなかったけれど、そのマークってなんなの?」
「…」
一瞬ウタちゃんの表情が曇る。
あれ、聞かれたくなかったのかな…
でも、ルフィは満面の笑顔を見せて答える。
「新時代のマークだ!」
そうするとウタちゃんも、
「…うん!私達だけのマークだよ!!」
そう笑った。

手のケガが治って、ルフィから特訓の申し入れがあった。
「おれのはまだ出来てねえ。だから、まだ勝負はついてねえ!」
腕章を作るのは難しそうなので、私がやったように服に取り付ける練習だ。
店を閉めている間に練習を見る。
ウタちゃんには勝てるようになるまで秘密、だそうだ。

壮絶な秘密特訓の結果、服から落ちないように縫い付けることは出来るようになった。
だがルフィは納得いっていないようで、まだウタちゃんには見せられない、と言っていた。
「ルフィ、シャツ裏返しだよ?」
「気分だ!!!!!」
「そ、そう…?」
秘密特訓は、ウタちゃんがマークを刺しゅうで出来るようになっても、コルボ山での修行中も不定期で続いた。
二人が海軍に入隊するまで。

あれから10年程が経った。
二人の活躍を新聞で目にすることも多くなり、ウタちゃんが左手に付けているマークにも注目が集まっているようだ。
ヘッドフォンと、「UTA」という文字が追加された謎のマークは、いまや歌姫のシンボルとなっている。
片やルフィも「麦わらのルフィ」と呼ばれ、いつも身につけている麦わら帽子がトレードマークだ。
新聞に写る二人を見る時、私はちょっとした探し物をする。
「………」
やっぱり無いかな。

二人からの手紙。
活き活きとした近況報告は、毎月のお楽しみだ。
「あら」
その片方、ルフィの封筒に一回り小さい返信用の封筒が時々入っている。
『すまねえマキノまた一個頼む』
というメモ書きとともに。
新時代のマーク
あの時と同じ手作りアップリケを送る。
このやり取りは二人が海兵になってからもずっと続いている。
『ウタには秘密だぞ』
なかなか見れない表情のルフィとの約束を思い出し、
「うふふ」
ついつい笑みがこぼれる。
今は何処に縫っているのかな。

あの勝負はまだ、続いているのかな。
