行カナイデ

行カナイデ

一人、二人、また一人

 昔々あるところに、一人の少年がおりました。少年はひとりぼっちでした。

【どうして誰も僕を見てくれないの?どうして誰も近寄ってくれないの?】

 少年は悪い事はしませんでした。でもいい事もしませんでした。

 彼は何もしませんでした。

 こうして彼は、誰にとっても知らない人になりました。

 ある日少年は思いつきました。

【僕のイグナイトだ、あれを使おう。みんなを幸せにすれば、きっと僕を見てくれるはず】

 少年は自分のイグナイト、ガソリンスタンドを媒介として人の心に触れることができました。それを使い、みんなの心を幸福で満たせると思ったのです。

 みんな口々に言いました。

「またイグナイト使わせてもらっていいか?」「また幸せになりたいんだ」

 少年はとても喜びました。そうして続けたある日、彼は気がついてしまいました。

【…ねえみんな、僕の名前を知ってる?】

 みんな口々に言います。

「知ってるぞ!幸福にしてくれる……あれ?名前が思い出せねえや」「ごめんなさい、顔は知ってるんだけど……名前は分からないわ」

 誰一人として、少年を見てはいませんでした。みんな少年のイグナイトを見ていました。

 だから少年は泣きました。隠れ家にしていた体育倉庫に逃げ込んで、ずっと泣きました。そうして泣き続けた彼は気がつきました。

 彼の体は闇の中に溶けていました。彼は闇になっていました。

【一人は嫌ダ、誰カ探そう】

 ぼそぼそ、ぶつぶつ。誰かに声をかけました。誰かを呼び寄せ幸福にしました。

 少年は一人ではなくなりました。彼は大層喜んで、ずっと二人でいられると思いました。

 そうしてある日、気がつきました。呼び寄せた人間の自我が薄れていることに。だんだん話しかけても何も言わなくなった事に。

 少年は気がつきました。目の前の人間は、自分の一部に成り果てようとしていたのです。

【嫌ダ、イヤダ。マタ一人にナるノは嫌ダ】

 少年は怯えました。そして叫びます。

【行カナイデ、ココニ居テ】

 だけれどもうどうしようもありませんでした。そうして一人が闇の中に消えました。

 少年はまた一人になりました。

 だけど一つだけ良いことがありました。お腹が膨れて、少しだけ出来ることが増えたのです。

 寂しさを埋めようと、少年はまた誰かを呼びました。しばらくして、また誰かが消えました。

 一人になるたびに誰かを呼びます。そうして食事を終える度、少年は自分が自分でなくなるのに気がつきました。

 だけれどもう、彼にはどうでも良い事でした。

 一人でいられなくなると、誰かを呼んで心の穴を埋めます。そしてしばらくすると腹の飢えを満たします。それを何度も何度も繰り返しました。

 いつしか少年は、身も心も化け物になっていました。いつも、心と体が飢えたまま、それを満たそうと彷徨う化け物に。

【受ケ入レロ 受ケ入レロ】

 糸を手繰り、今日も少年だったものは彷徨っています。この欠落を埋める物が、どこかにあると信じて。

 そんな自分の思いすら忘れて。

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