行き先はカレー屋さん

行き先はカレー屋さん






「これ、いい奴でしょう。手がとってもスベスベになりました」

「デショ?爪のケアにも使えるんデスよ」

「いいですね。…あ、でも高いから私は普通に青缶使いますかねえ」

「アレ、たっぷり入っててしかも効きマスし、ついソッチ買っちゃいマスよね」

鑑識課のデスクで、会話に花を咲かせているのは平太と国際警察のジャックことオストログ。その机にはちょっと良さげなハンドクリームが置いてある。

「女子か!」

ツッコミを携え入ってきたのは海賊。その大声に2人が入口を向く。

「女子高生かお前ら!なんで大の男2人がハンドクリーム談義に花咲かせてんだ!」

「あれ、海賊さんいたんですか」

「うん。今来たとこ」

言いながら海賊は隣のデスクに座る。そして平太の机の上を見てちょっとため息をついた。

「何?なんで2人でこんな女子力高いことやってんの?」

「だって、私の仕事って、手と目が資本ですし」

ばっと平太が海賊に両手のひらを見せる。

「特に冬場は手洗うだけでバックリ行きマスからね。基本外にいるとスグ切れマス」

至極ごもっともな理由に海賊は黙る。去年白石が赤切れができて痛い痛いと騒いでいた記憶がある。基本あちこちを回っていたり遺体に多く触ったりする2人なら、赤切れの数もその比ではないはずだ。

「そういえば、なんでジャックいるんだ?なんか変な事件でもあったか?」

「平太サンに呼ばれまシタ。どうも、事件に進展あったようで」

「へえ。俺ももっかい説明もらっていい?」

「いいですよ」

そう言って平太はデスクにあったファイルを取り出すと、中から資料を出した。

「……えー、まずこの麻薬が見つかったのが今からちょうど一週間前です」

平太は2人に写真を見せる。そこには茶色いビンが写っている。

「調べてもらったところ、日本では未確認の薬物でした。…ここまでは、海賊さんに前説明した通りですね」

海賊がうなずく。この前おにぎり片手に教えてもらった。

「この麻薬、依存性がとても高くて、一回の服用で強い高揚感や幸福感、言ってみれば天国に登ったような気分になると聞いてますよ。しかし、同時に脳などの人体組織を壊すコデイン塩を生成してしまい、脳神経系の細胞を壊します。それによって、感情を司る前頭葉が破壊され、自分を抑えることができなくなってしまうんです」

「前に、それに似た薬を聞いたことあるな」

「体も溶かすやつデスね、ソレ。今平太サン言ってるのはどうなんデスか?」

「実際は服用しても見た目には変わりないらしいです。なんでも損傷がほぼ全て脳に行くらしいので」

一旦そこで平太は説明を切る。ゴソゴソとファイルの中からまた別の写真を出すと、2人に見せた。

「この麻薬の絡んだ事件が最近多発しているんです。その時グループの構成員と見られる者の銃殺、日本の支部がこの前抑えられました。経路を辿ると北方からの密輸入品。また、薬物使用者による暴行、殺人事件が網走署周辺で特に多発、その数は20件にも登り、中には組織ごと薬でやられたところもあります。しかし、空港からはその輸入の形跡が無く、また北方の主な港からは一つを除いて漁の季節では無く…」

「犯人はおそらく宗谷あたりから漁船に紛れて日本に着いた、デスね」

「そうです!」

ジャックの言葉に平太が手を叩く。海賊も頭にそのあたりの地図を思い浮かべてみた。

「ここから先は別の国の領土にもなりかねないな…ジャック、ちょっと頼みたい」

「いいデスよ。そのために今日来マシタ」

ジャックには逮捕権はない。うまく日本領海まで誘導して日本で逮捕すれば、その引き渡しはできる。また、他国から情報を引っ張れる便利な立場にいる。

「それじゃ、私が力になれるのはここまでですが…」

「いや、十分十分。これであとは船の出動を…」

海賊が腰を上げて窓の外を見る。いくら高緯度な札幌とはいえ秋の日暮れは早い。いつのまにか日はとっぷりと暮れていた。

「もうこんな時間だし、飯食いに行こうぜ平太。ジャックも来る?」

「え、ええ…いいですけど」

「いいデスよ。ついでに繁華街の見廻りしないとデス」

そう言っていると、部屋の外から2人分の足跡が近づいてきた。

「あれ、早いなぁ。上ヱ地サンと二瓶さんもう帰ってきたんだ」

「上ヱ地ぃ?」

その言葉を聞いて、海賊が眉をひそめる。それを見て、ジャックと平太が少し怪訝な顔をした。

「おい、行くぞ。俺あいつ嫌いなんだよ」

「いや知りませんよ。ってちょっとどこから出ようとしてるんですか!」

平太がちょっと呆れて海賊の方を見るとなぜか開いた窓に片足をかけて身を乗り出している。平太は急いで駆け寄りすごい力で海賊を部屋に引き寄せる。胴が千切れる勢いの力で腰に腕をかけられ、さすがに海賊も動きを止める。

「あ、もうソコまで来てマスね」

「今そういうの言わなくていいですよ!あーホラ海賊さん窓から出るのやめて下さい!」

一瞬手を離した隙に海賊はさっさと窓から出て行く。仕方なくその後を追って2人も窓に足をかける。ギャーギャーと騒ぎながら三人は夜の街に出ていった。


10秒も経たないうちに、上ヱ地と二瓶が部屋に入ってくる。そして、ついさっきまで賑やかだった部屋はガラリと静かになっているのに2人して首をかしげた。

「あれ、さっきまで大沢さんとかいた気がしたんだけどなあ」

「窓も開けっ放しで帰りおって。せっかくこの前狩った鹿分けてやろうと思ったのに…」

「アハハッ!いいねえその顔!ガッカリしてる?」

「うるせえな…」

ぐちぐち言いながら二瓶は戸締りをする。上ヱ地も電気やガスを一旦止めて回っている。

「ねえねえ、この前いいお店見つけたから行ってみない?」

「店?…今日ぐらいはいいぞ」

部屋を完全に閉めて2人も警察署を後にする。

たまたま同じ店に来ていたさっきの3人に2人が鉢合わせるまで、あと30分。


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