地啼、震わす
「やぁやぁ火輪ヴァルツ・マーロウ、アツい決意表明素晴らしかったよ。我輩は君たち海賊と敵対組織であるからして君の行動を肯定するわけにはいかないが、我輩個人的にはヴァルツ・マーロウという君の存在が許されざる者という考えはしていない」
マーロウとレグルスの間に突如として現れたこの男。雑に切り取った岩をそのまま固めて作ったかのような仮面に海軍中将が背負うコートを着込んだ大男。マーロウは彼を見た瞬間に自身の心臓の鼓動が耳の横でなり続けているような感覚に陥った。ヤバイ、敵わない、今すぐ逃げろ、と本能が逃走を促すが、肝心の身体が心についてこず足が根が生えたかのように動かない。
「あぁ、いきなりですまない、我輩は海軍中将アンガルタ。通り名としては地啼のアンガルダで通っている。掲示板(むこうがわ)の者たちも以後よろしく頼むよ。いやはや、幕間的な小ネタではなく、こういったシリアスな形できちんと出演することになろうとは! 我輩ちょっとだけ楽しくなってきているぞ」
いきなり虚空へ向かって話し出す変質者中将。それでもマーロウは動けない。自分の中の悪魔の実の力も逃走を促している。本能的に理解している、怪物種が逃げに徹しようとする怪物の頂点の一角が目の前にいるのだ。
「む、すまんな置いてきぼりにしてしまって。どうだろう、火輪ヴァルツ・マーロウ」
「な、んだ?」
「この勝負、我輩に預けてくれないか? そしてそのままこの島を去ってほしい」
「な、に?」
「周りを見たまえ。もう君の八つ当たりすべき海軍も海賊も、君の覇王色の覇気で軒並み倒れている。これ以上戦っても無益だろう。レグルス、君も一旦引きなさい。そして今日の戦いを思い返して何かを掴んでみなさい。エギュラ准士官、彼を」
「了解です中将。さぁ、レグルス殿、こちらへ」
「は、い……」
マーロウの思わぬ過去に己が信じてきた正義の定義が揺らぎ、茫然自失寸前のレグルスがアンガルダ中将につき従っていた男に肩を貸され去っていく。
「うむ、提案承諾ありがとう。さて君も準備を終えたら早くこの島を去ることだ。我輩はもう少し仕事があってね、次に会えば戦わなければならなくなる。よろしく頼むよ」
そういってアンガルダ中将は去っていった。完全に姿が見えなくなった時、マーロウはへたり込むようにその場に倒れる。そして誓った。必ず、アレに勝てるようになるまで。仲間を守れるようになるまで強くなると。強く誓ったその時、脳裏にあのお転婆姫の顔が過った。
「さて向こう側の諸君。我輩は伊達や酔狂で中将をやっているわけではない。果たすべき責任も、ちゃんとこなすとも」
アンガルダ中将がやって来たのはシャボンディ諸島の端のあばら家。おもむろに喉を抑え「あ、あ~~」と発声をする中将だが、一体何をしようというのか。
「見ていたまえ、これが我輩の力の一端だ
破ァッ!!!!!!!!!!!!!!!」
その仮面越しに放たれた声という振動はあばら家を一瞬揺らし、次の瞬間パーツ単位でバラバラに解体してしまった。
「動物系怪物種、モデル『アン・イシュワルダ』、それが我輩の身に宿った力だ。さて、出てきてくれるかな? 元海軍泥土のジャラドス君」
解体されたあばら家の破片を吹き飛ばして巨大な泥まみれの魚が現れた。泥土のジャラドス、火輪マーロウの襲撃を受け全ての悪事が明るみに出、失脚した元海軍兵。その罪状の重さからインペルダウンへ収監されるはずだったが、どういった手段を使ったのか収監寸前に海楼石の手錠を破り脱出。そして今日に至るまで海軍の追手から逃れ続けていたのだ
『海軍ン……貴様も今までの奴らのと同じように、我が泥土の底へ沈めてくれるわ……』
「そうだ、そこだ。君は殺し過ぎた。ただ逃げ回りながら賞金稼ぎなどで秩序側の行動をしていれば目をつぶってもらえていた可能性があったかもしれない、だがよりにもよって君は海兵を殺し過ぎたのだ」
『私は選ばれし者なのだ!! 選ばれし者である私がこのような不当な扱いをされていていい訳がない!! これは海軍への復讐なのだ……』
「そうか。なら復讐心を抱えたまま沈んでゆくがいい」
獣形態のジャラドスが吠えると、周囲の地面があっという間に液状化し泥沼へと変わっていった。周囲のあばら家が沈んでいく中、それでもアンガルダ中将は沈まずに腕を組みながら仁王立ちしている。彼の足元には水の波紋のような模様が次々と現れては消えていく。
『なぜだ、何故沈まん?!』
「振動を足元へ流し続ければ土の間に入り込もうとする水を撥ね退けられる。ダイラタンシー流体の応用のようなものだ。さて、君のターンは終わりかな?」
『ふざけろ!!』
今度は巨体を泥中に沈め、地面下から一気に突き上げようとするジャラドス。巨体が地面に沈み込んだ瞬間、アンガルダ中将は仮面を外し上空へと投げる。そしてひときわ強く地面を踏みしめると、強烈な振動が発生し泥中のジャラドスをピンポイントで空中へ跳ね上げた
『ぐはっ、バカな?!』
「君も一時は同じ正義を背負っていた者、慈悲を以て一撃で終わらせよう」
アンガルダ中将の右拳に膨大な振動エネルギーが収束し、シャボンディ諸島全体の空気すら震えているような感覚が島に満ちる。そしてアンガルダ中将は跳ね上げられたジャラドスの真下へと剃で移動し拳をジャラドスの巨体へ叩き込んだ
「天・地・激・震!!!!」
白ひげの空間割りに匹敵、いやそれ以上の衝撃がジャラドスの内部器官を跡形残らず粉砕、強靭な骨や筋肉があったはずのジャラドスの身体は皮に包まれたスライムのように情けなく地面に広がった。
再び剃で元の場所に戻り空中に投げていた仮面をキャッチし再び顔につけるアンガルダ中将。
「やれやれ、海軍も酷なことをするものだ。海賊一斉摘発を隠れ蓑にしその実汚点を抹消するなど……度し難いものだ」
ため息が仮面の内側でくぐもった音を立てる。それでも彼は正義を背負うのだ。慈悲を以て悪を一撃の下に討つ。度し難い己の正義を
「あぁ、向こう側の君たち。今日のことはオフレコで頼むよ。出ないと、我輩が君たちの内臓をパァンしなければならなくなるからね。グラハハハハ!!!」