蛮族長コハク4

蛮族長コハク4

隠密虐待の翁

 月をスポットライト、葉擦れの音を手拍子にして最後の武闘の幕が開く。


「はっはァ!!」


 袈裟懸けに振り下ろされた両剣状態の|蓬莱珠朶《ホウライノタマノエ》が、コハクの背後にあった大岩を飴細工のように叩き割り、破砕音が夜空へと響き渡る。切り返しの一文字斬りをガードさせたドレッドノートは、瞬時に得物を二刀流へと変じさせた。

 右手でコハクの防御を押し込みつつ、手前側の剣を左手で外し、真上から斬り下ろす。


「全く、攻め方は優等生じゃな!」


 対するコハクは、迫りくる一撃に左拳をぶつけて相殺する。先ほど痛めたのも合わせてついに骨が潰れたか。衝突以外の嫌な感触が蠢いた。が、最早コハクもそれで止まる状態ではない。

 まだ手足は出せる。鼓動も、思考も生きている。文字通り指一本動かせなくなるまで、暴れ続けられる。


「そぉおら!」


 体ごと捻じ込むようにドレッドノートの懐へ潜り、喉元へ右正拳……のフェイント。スウェーバックで避けようとしたドレッドノートのつま先を右足で踏み抜く。生真面目な軍人の格闘術に付き合ってやる義理はない。


「っ! 足癖の悪ィ……」

「獣だからの。肉球は好きか?」

「嫌いじゃねえが、お前にはねえだろうが!」


 仰け反りつつも蓬莱珠朶をグローブ状に変形させ、強引に反撃を狙うドレッドノート。それをコハクは読んでいた。

 相手の重心が前掛かりになる瞬間に合わせて身を引き、太い腕を手繰って肩に背負う。物理攻撃も魔法攻撃も遮断する|鋼鉄体質《フルボディ》といえど、一度動かした重心には逆らえない。

 一切の抵抗なく、ドレッドノートの両足が地面から離れた。


「はっ……」

「ゴシン流・|風車《カザグルマ》」


 相手の重心移動を、そのまま投げの初動に変換する。そよ風でひとりでに回る風車のごとく、効率よく大きな力を生む。

 狙いは、先ほどドレッドノートが砕いたことでエッジが目立つようになった大岩。


「甘ェんだよぉお!!」


 限界を超えた腕力でぶん投げられ、周囲の景色が溶けたように見えるほどの破滅的な加速の中。ドレッドノートは唸る。蓬莱珠朶を二刀流に戻して地面へ深々と突き立て、急制動をかけた。

 並の人間なら腕と胴体がお別れするほどの強烈な慣性を、|鋼鉄体質《フルボディ》で殺しきる。


「コヤツ……!」

「その技は、俺には通じねえ」


 また一つ、否定した。


「ならば、父と同じ技で死んでみるか!」


 コハクは先手を取り続ける。ジャガーノートを仕留めた正中線への四連撃。


「正中四連『|雀針《スズメバリ》』!!」

「来いよォ!!」


 眉間に来た右の拳骨。生え際で受ける。少々切れて血が舞ったが問題ない。

 顎への左正拳突き。歯を食いしばって受け止める。コハクが拳を痛めた分、思いのほか軽い。

 胸骨狙いの右掌底。両腕を交差させて守る。肩まで痺れ、仰け反りかけたが意地で踏みとどまる。

 鳩尾を襲う左前蹴り。全身全霊で固めた腹筋に、浅く足先が突き刺さった。


「これで、終わりか?」

「……呆れた硬さじゃ」


 コハクは無表情でつま先を引き、間合いを取った。ドレッドノートの口角が上がる。

 父を殺した技も、否定した。そう考えた瞬間、彼の喉奥から血の混じった咳がこみ上げた。


「ガハッ、ごふッ! 俺は。まだ、生きてるぜ」

「やせ我慢するな。経獄を突かれて、無事に済むはずなかろう。とっとと楽に、っ!?」


 トドメを刺すべく、間合いを詰めようとしたコハクがつんのめる。|過重解放《オーバーロード》の代償が、彼女を蝕み始めていた。


「ボロボロなのはお互い様か。だが……勝つのは俺だ」


 ドレッドノートは、再び蓬莱珠朶を二刀流で構える。父を仇を、どう殺すかは決めていた。


「帝国軍大将、ドレッドノートだ。里の連中はどうでも良いが、お前だけは殺す」

「クオンツ族長、コハク。一人きりで寂しかろ? 親父の所へ送ってやろう」


 互いに最期の相手かもしれない。その名を胸に刻みつける。

 深呼吸を繰り返し、示し合わせたように突進した両者は、自らの持てる最大火力をぶつけ合う。


「|R.R.R《ライオット・レイジング・ランページ》!!」

「ゴシン流奥義・夢幻演舞!!」






 ドレッドノートとコハクが共に限界を超えたのと、ほぼ同時刻。


「集落で六匹。その子供達も合わせて八匹……情報にあった通りね」


 帝国軍少佐、ハイバニアは縛り上げたクオンツ族達を冷めた目で見下ろす。

 想定外の戦法と生け捕りの縛りでやや手こずらされたものの、所詮は少数。集落の全員を生け捕りにするという作戦目標は達成できたと言える。


「さっさと汚らしい獣から宝石に変えてあげたいところだけど……気に入らないわ」


 後ろ手に縛られたクオンツ達は、ハイバニアの拷問を受けてなお心折れていなかった。

 |激酸の青煙《アシッド・スモッグ》の強酸で焼け爛れ、見えているかも怪しい目の奥に微かな希望を持っている。そして、何事か口走った。


「……族長が……」

「族長?」

「まだ、戦って……助けに……!」


 族長、と。うわごとにしては、はっきりした言葉のように思えた。

確かに八匹は互いに名前で呼び合っており、誰が族長かは判然としていない。


「まさか、私の知らない……見たことのない宝石が?」


 ハイバニアの元に上がった報告では、確かに八匹と伝えられていた。隠密隊長の見落としかと一瞬思ったが、彼女はすぐにそれを否定する。


「(居候の人間まで調べ上げた隠密隊長が、リーダー格を見落とすなんて考えられないわ)」


 となると可能性は二つ。

 一つは、クオンツ達の出まかせ。少しでも生き延びる時間を稼ぐため、嘘の一つくらい吐いても何らおかしくない。演技にしては、少々真に迫り過ぎている気もするが。

 もう一つは……隠密隊長の裏切り。あまり考えたくないが、何らかの事情でハイバニアに事実が伏せられている可能性を否定はできない。


「でも。側近もHPは回復したけど、無理には動かせない……」


 先陣を切った部隊も大規模な罠で大損害を被っており、現在満足に動けるのはハイバニアだけ。

 土地勘もなく、居場所はおろか実在すら不確実な族長とやらを単独で探すのはリスクが勝ちすぎる。そもそも、族長ならば集落の者が痛めつけられていれば即刻駆けつけるはずだ。


「十分な宝せ……クオンツを確保したわ。皇帝陛下もお喜びになるはず。動ける者で撤収の準備を!」


 未知なる宝石の可能性を一度頭から追い出し、ハイバニアは撤退を判断しようとしていた。慌ただしく動き始める部下達を尻目に、ハイバニアは深呼吸する。

 そうだ、族長なんてものはいない。理性の組み上げたそんな思考は、山中から小さく響いてきた音によって大きく揺るがされた。


「今の破砕音……。私の指示外で誰か戦ってるの?」

「報告します!」

「よろしく」

「撤退準備を進めておりますが、ドレッドノート大将が艦内に不在! 現在、付近を捜索中です」

「ふぅん。そうなのね……」


 丁度、部下がその裏付けともとれる報告を持ってきた。ハイバニアの脳内を、欲望が急速に浸食し始める。

 族長は、いる。それもドレッドノートを出張らせるほどの価値があるらしい。そいつは、どんな宝石になるのだろうか。


「報告ありがとう。場所は私が知ってるから、捜索隊は下がらせて結構よ」

「はっ……? 指揮官のお手を煩わせずとも、捜索隊に」

「皆疲れてるし、無理させられないわ。それに作戦指揮官直々に言う方が、ドレッドノート大将も聞いてくれる。……分かるわね?」

「イ、イエス・サー!」


 谷間を見せつけるように詰め寄り、強引に部下を引き下がらせる。


「私の知らないところで、貴重な宝石を独占なんて。……そこまで喜ばせてあげる義務はございませんよね、皇帝陛下」


 聞こえぬようそう呟いたハイバニアは、欲に駆られて夜を駆ける。



──To Be Continued──

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