蛇姫語 ~別れ~
ウタルテットの不当な読者koum女々島迎えにきた海軍の船に、ルフィの姿がなかった。
「ルフィのやつはどうした! いないならば妾は行かぬぞ! 連れて参れ!」
「ルフィ少佐はもう来られなくなりました」
「なに? どこぞの海賊・・・四皇にでもやられたとでもいう気か?! 」
あの男は自分と同じぐらいの戦力であり、海軍の英雄だ。
そうそう負ける相手はいないし、海軍がそれを許すとも思えない。
「いえ。・・・今月付けで、自己都合で退役です」
「どういうことじゃ! 海軍の英雄じゃろう? この前、会ったときもやる気に満ちておったぞ。何もなく、自分から辞めるとは思えん。何があった!」
「ぐぅっ! い、言えません・・・っ 言いたくありません!」
思わず襟首を掴んで持ち上げてしまった海兵は、要求を断りながら、ボロボロと涙を流した。
理不尽に対する悔し涙。
鍛えられた海兵はこの程度で、泣きはしない。
もっと別のなにか。
問い詰められている内容は、軍紀で言えないというだけではなく、口に出したくない、口にするのは情けなくて、恥ずかしいと言わんばかりの素振り。
七武海として動く中で、海兵がこのような反応を見たことがあった。
忘れられようもない、忌まわしい記憶が脳裏をちらつく。
どこまでも人生に纏わりつく影。
海軍の”所有者“
「天竜人か!」
海兵は唇を噛んだ。
その反応で確信した。
九蛇の船を駆り、海軍本部へと急ぐ。
ルフィが海軍本部から出ると聞きだした日は迫っており、到着したときには日が落ちようとしていた。
夕焼けに港町が赤く染まる。
やっと見えてきた船着場で、民間の商船に乗り込もうとしている、見知った気配を見つけた。
船を着ける時間が惜しい。
「姉さま〜〜!」
ソニアの声を背に、ルフィから見様見真似で盗んだ月歩で海を渡る。
近づくと、ルフィはすぐに気が付いた。
いつも会うときは、海兵服を着ていた。
今日は見慣れない私服だ。
着慣れていないのか、微妙にサイズが合っていない下ろしたての服。
「お、ハンコックじゃん。迎えにいけなかったから心配してたぞ」
淡々とした声。平静を装ってはいるも、いつもの快活さは陰っていた。
この男は、いつも太陽のように笑っていてほしかった。
こんな姿は見たくなかった。
思いを込めて、蹴りを放つ。
「行かせぬぞ、ルフィ」
「なんだよ、危ねぇな」
武装色の乗った蹴りを、風に舞う羽毛のような動きであっさりと避けられ、相手にされない。
今のルフィは、妾を見ていない。
気もそぞろで、おそらくは海軍退役に至った出来事に引きずられている。
「お主が海軍辞めたら、誰が妾を女々島まで迎えに来るのじゃ」
「誰だっていいだろ、そんなん。そもそも、連絡の時点で来いよ」
「ルフィじゃないと嫌じゃ!」
「やっぱりわがままだなー、お前」
陰鬱な気配を漂わせながらも、やっとルフィがちゃんと妾を見た。
「おれもめずらしくナイーブな気持ちになってるんだぞ。だからよ」
しょうがないなぁという笑み。
「お前がそんなに泣くなよ、ハンコック」
「泣いておらんわ!」
「そっか。じゃあ、いいや」
少し視界が滲むだけで、泣いてなどいない。
自然に肩に、ルフィの手が置かれた。
手のひらが暖かい。
「ルフィ、お主の正義探しはどうなった?」
「あれか。あれなぁ。もう・・・わかんねえな」
頭のどこかで分かっていた。
海軍にルフィは合わない。
いつか破綻する予感があって、それが訪れたのだ。
海軍は天竜人や世界政府のために存在し、民衆のためと嘯きながら、どんな非道も行う。
海軍の英雄という言葉だって、その暗部の隠れ蓑に過ぎない。
裏はすぐ闇なのだ。海軍にいて、闇に触れないわけがない。
ガープやクザンなど上手くやっている海兵もいるが、ルフィはそんな小物ではない。
太陽のようで、輝いていて。
故に、暗雲で覆われてしまう。
日が地平線に沈もうとしていた。
ルフィの乗ろうとした船が、慌ただしくなる。
ルフィがちらりと視線を船へと向けた。
「そろそろ出航の時間だ。・・・元気でな」
「これからどうするつもりじゃ?」
「決めてねぇ。故郷に帰って、漁師でもするかな」
「のぅ。わらわと来ぬか?」
意外なことを言われたと、ルフィはきょとんした表情を浮かべた。
「おまえんとこ、女しかダメじゃん」
「関係ないわ。船長にして、皇帝じゃぞ。誰にも文句は言わせん!」
そっか、と笑ったルフィは、少しは元気を取り戻したように見えた。
「声掛けてくれて、嬉しいけどよ。
海賊にはならねェ!
だからハンコックとは行けねェ! おれと別れた後も、七武海だからって、あんまひでェことはすんなよ」
海賊にはならない。
それがルフィと交わした最後の言葉だった。
どうしようもなくて、暗くなる海へ進んでいくルフィの船を見送ることしか出来なかった。