虚の玉座

虚の玉座


 聖地マリージョア。たった1人の王など居ない。その象徴たる玉座に男は座る。その腕の中には色鮮やかな果実が3つ。それはこの世界では力の象徴であり、彼にとっては絶望の象徴でもあった。いつからこんなことになってしまったのだろうか。そう男は自笑する。当時の革命軍の総司令官が死に、自身がその座に収まった時からだろうか。歌姫と英雄が神に追われ、その身を焼かれた時からだろうか。火拳がこの時代に押し潰されてその首を落とした時だろうか。それとももっと前。愚かな貴族の少年が神の目の前を横切った時か。哀れな兄妹が出会った時か。赤髪が…海賊王が…世界が…

「なァ。どう思う?」

 出る筈の無い答えを探して、思考の迷宮の中で腕の中の果実に問う。もし歌姫がこのピンクの果実を口にしてなければ。もし英雄がこの紫の果実に導かれてなければ。もし…火拳がこのオレンジの果実を見つけてなければ。どれも無意味な過程である。

「エース。お前を追い込んだこの時代は終わらせたぞ。愚かな海賊達が夢を見るワンピースは新世界と共に砕け散った。」

 偉大なる航路後半の海。人呼んで新世界。かつてそう呼ばれて居た海はもはや無くなった。新世界にある3つのエンドポイント。そこを同時に爆破すれば新世界の海全てを焼き尽くす局地的大噴火が発生する。本来なら困難だが、これを成し遂げる為の革命の灯は既に世界中にあった。これにより新世界は火の海となり海賊が夢を見る時代は終わった。そこに居た海の皇帝と数多の海兵を犠牲にして。

「ウタ、ルフィ。お前らを追い詰めた神は討ち果たしたぞ。もう、神の血筋は残ってない。」

 天竜人。かつて神と呼ばれ絶対的な力を奮っていた者達はもう居ない。聖地は死地となり神の血は大地を埋め尽くした。神を自称する彼らの頭は人と変わらぬ程に脆かった。これにより、世界政府は一時崩壊した。世界は混迷し国は近隣国との繋がりの強化に専念せざる得なくなった。海は閉ざされた。

「なァ。後は何をすればいいと思う?」

 狂った笑顔を浮かべながら男は腕の中の果実に話しかける。


 世界は変わらない。神がすり替わっただけだ。かつて彼らが描いた高尚な理想は今は無くただ闇だけが支配する世界となった。壊れた世界。閉ざされた空の下で人々は思う。かつての方が良かったと。結局世界は変わらなかったと。そんな言葉を知ってか知らずか、この世界でただ1人の王は虚の玉座で笑い続ける。まるで唯一の家族を抱きしめるかのように、色鮮やかな果実をその腕に抱えながら。

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