虐待の一環として不良に将棋を打たせました。

虐待の一環として不良に将棋を打たせました。


パチッ、パチッと駒が盤を叩く音が響く。最初の方は互角な勝負だったのに、何手前からか、あたしの方が追い詰められているのが分かって。

ほどなく十数手ほどが経過すれば、あたしの玉将は彼女の兵たちに詰ませられていた。


「うぁー、負けた負けたー! やっぱりカヤさん強いってー!」

「私が初めて数週間の初心者に負けるとでも? 超人を舐めないでもらいたいですね」


そう言いながら駒を回収し、駒箱にしまっていくのは、カヤさんこと不知火カヤ。あたし達を拾って、養育してくれている人。

連邦生徒会ってところのすごく偉い人、"超人"さんってことを本人が言っていた。一つか二つくらいしか変わらないのに、ホントすごい人だ。


「でもさでもさ! あたしも最初より打てるようになってきてない!?」

「超人たる私が直々に教えたのだから当然のことです。駒の動きを覚えるのに何日かかったのか、忘れましたか?」

「うぐぅ……」


こんな風に、ちょっとキツいことを言われるときもあるけど、実際カヤさんには頭上がらないから仕方がない。

それに、お腹いっぱい食べさせてくれて、お風呂や布団も使わせてくれて。毎日の勉強もそうだし、このゲームも私たちが暇しないようにって気遣いなんだろうなと。


「私を楽しませる芸の一つや二つ、出来てくれないことには。"虐待"していても面白くないですからねぇ」


ギャクタイ、って言葉の意味は分からないけれど。多分あたし達の生活を支えてくれていることなんだろうな。


「そういえばカヤさん! この間、他の子と話してたことなんだけど……!」


将棋の駒を見ながら、ふと思い出した話。あたし達を将棋の駒に例えるとしたら、何になるだろうかって。

ゲヘナ周辺地区出身と言っていた子は、猪突猛進なところがあるから香車。トリニティの近くで拾われた子は、ちょっと捻くれてるけど独特なアイデアとか出してくれるってことで桂馬。そしてあたしは、まあ色々できるから? 金将だって!


「なに愚かなことを言ってるんです? あなた達なんてみんな歩ですよ、歩。十把一絡げの雑兵」

「それザコって意味じゃないですかー! カヤさん酷いー!」

「……ですが、私を角行や飛車に例えたセンスは悪くないですね」


あたし達のことはバッサリ切りつつ、カヤさん自身についてはまんざらでもない様子。

カヤさん、とってもすごい人なのはそうなんだけど。なぜか王将や玉将って感じがしないんだよね。

というか、王将って取られたら負けだけど自分は一歩ずつしか動けないし。それよりあっちこっちに自由に飛び回れる大駒の方がそれっぽいかなって。


「いいですか? あなた達は知恵も力もない弱い存在です。私に拾われるまで、あのような生活に身を窶していたのがその証左」


少し真剣な顔になったカヤさんが、そう話す。"ミヲヤツシテイタ"とか"ショウサ"とかはよく分からなかったけど。

昔のあたし達に力がなかったから生活が大変だったのは事実だし、そこはちゃんと受け入れないといけない。

話ながらカヤさんが盤上に置いたのは、まさに話で上がっていた"歩兵"。木で作られた駒に黒い文字が彫られていた。


「……ですが。そんなあなた達でも、しっかり学を積み力を得れば。成ることも不可能ではないでしょう」


くるり、ぱちん。ひっくり返された歩兵の裏は、赤色の"と"。

"と金"、王将の隣にいる"金将"と同じ動きが出来る駒だ。特に歩兵から成ったと金は、他の成り駒より価値が高いと聞いた。


「精々私に虐待されて、立派な成り駒になりなさい? もっとも、私のような超人には決して届かないでしょうけれど」


それだけ言い残し、駒をしまったカヤさんは今度こそ部屋を去って。次こそはカヤさんを詰ませてみせるぞー! と意気込むのだった。

……カヤさんがバッチバチに手加減していたと知るのは、もう少し後の話。

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