蘇我ちゃんの五条悟対策会議in東京:無量空処編

 蘇我ちゃんの五条悟対策会議in東京:無量空処編


 この日、特級呪術師黒川蘇我に招集された術師たちは都内某所の会議室で彼女が用意した某高級焼肉店の弁当をつつきながら事の張本人を待っていた。

 「これおいしいわねぇ。五徐苑の焼肉弁当がお昼に食べられるなんてさすが蘇我は気が利いてるわ。」

 この日呼び出されたメンバーの一人である庵歌姫はタレがたっぷりとついた和牛肉と白米をほおばりながらかわいい後輩の気遣いに感謝する。

 「まぁ彼女の収入からすればこれくらいははした金なんだろうね。なんにせようらやましい限りだよ。」

 上に同じく冥冥は「それはそれとしておいしいけどね」と冗談をきかせながら上品に食べる。

 「しかし、あの黒川さんが私たちに用とはいったい何事でしょうか。同窓会にしては時間はともかく場所もメンバーも違和感があります。」

 一番乗りで会議室に来て早々に弁当を食べ終わっていた七海健人が疑問を口にする。

 「私は理由を知ってるから、正直もう帰りたいかな。」

 同じく早くに来ていた家入硝子が眠そうにつぶやく。

 「そう言うな硝子。あの内気な蘇我が私たちに力を貸してほしいと言っているんだ。まぁことこの件に関しては同意するところではあるが・・・。」

 現呪術高専東京校学長である夜蛾正道がかつての教え子の成長に喜びつつも微妙な表情で食べ終わった弁当を片付けている途中でガチャリと会議室の扉が開いた。

音の主はいつものパーカーとロングスカートに「ありがとう」の文字とコミカルな蟻が10匹大きく印刷されたTシャツを着こんだ今日この場に皆を集めた張本人。

 黒川蘇我である。

 「し、失礼します・・・。」

 恐る恐るといった様子で会議室に入る黒川に視線が集まる。彼女は会議室にあるホワイトボードの前に立ち、意を決して口を開いた。

 「ま、まずはお忙しい中集まっていただきありがとうございます。今日皆さんをお呼びしたのは知恵をお借りしたいと思ったからです。」

 「知恵というと、どういう類のものなんだい?」

 的を得ない黒川の発言に冥冥が疑問をぶつける。それに対し家入、夜蛾を除いた一同にとって衝撃の言葉が飛び出る。

 「それは——五条悟の無量空処への対抗策についてです!」

 しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは夜蛾だった。

 「そういうわけで・・・蘇我が無量空処に対抗するための方法についてここにいるメンバーで知恵を出し合おうという会議だ・・・。」

 「ちょっと待って・・・?蘇我が五条の無量空処に対抗するためってなんでそんな話がでてきたわけ?」

 思わず食事の手を止めていた庵がここに至るまでの説明を求める。答えようとする夜蛾を「それについては私から・・・」と黒川が静止する。

 「ことの発端は先日の模擬戦になります。」


 ——数日前

 「はい、また僕の勝ちー」

 激闘を物語る痕跡が残る演習場に立つ長身の男が見下ろす先にはむくれた表情の黒川が仰向けで転がっている。

 「今度こそいけると思ったんですけどね・・・。」

 この日までに何度敗北したかもわからない黒川は起き上がることなく悔しさのにじんだ声を漏らす。

 「正直今回は肝冷やされたよ。あの時よりもさらに高速で呪力を循環させて僕の術式を流し込む速度を上げてくるとはね。ほんと、ドリルみたいに不可侵削ってくるやつなんて世界中探してもお前だけだよ。反応が少しでも遅ければあのまま押し切られてたかもしれないしね。」

 『現代最強の呪術師』五条悟は満足げな表情で黒川に手を差し伸べる。

 「でもそうはならなかった。ならなかったんだよ、ゴッジョ。だから——この話はここでおしまいなんだ。」

 起き上がった後、五条の胸に頭を埋めて(正確には腹の位置だが)届かなかった悔しさを吐き出す。

 「僕の強さが揺らぎそうだからやめてくれない?それ。とにかく悪くなかったよ。正直体術に関しては蘇我の方が上だと認めるところだし、術式の精度もどんどん良くなっていってる。まぁ負ける気はないけど。」

 五条は真っ暗なサングラスをクイっと上げて「次も勝つ」と宣言する。

 「正直な話あれで突破できないとなるとまだ勝てる気はしませんね・・・領域展開だって引き出せてないんだし・・・。」

 溜息を吐きながら自身の至らなさを痛感する。才能の差とはこうも埋まらないものなのかと。

 「いやいや、アレを身内相手にしかも模擬戦でぶつけるとかさすがにありえないでしょ。僕のこと鬼かなんかだと思ってる?」

 素で驚いた五条は「違うの?」と返す黒川に対し過去の所業を振り返ると反論の言葉がでなかった。

 「とにかく本当の意味でごじょさんを超えるならそこは絶対に避けては通れない道だよね・・・。さて、久々の休日だし私は帰ります。今日はありがとでした。」

 「ああ、お疲れ。」

 軽く会釈をして演習場を後にする。黒川は帰りの道すがら深い思考の海に潜っていった。


 (ごじょさんの無量空処は引き込めた時点で勝ちが確定すると言っても過言じゃないまさに必殺の領域。対して私は必中効果を自分のみに限定する縛りで押し合いの強さと展開速度を重視した引き込んでからが本番の領域。でも押し合いの相手がごじょさんだと勝算がどうしても低くなる・・・。縛りを足してみる?どんな縛りを?そもそも要件を変更した領域の習得なんて半端なものじゃ労力に対して実益が見合わないから安易に実行に移せないし・・・)

 そしてうんうんとうなりながら歩くこと数分、見知った人物と鉢合わせた。

 「黒川じゃないか。五条との模擬戦は終わったの?」

 「あ、家入さん。はい、終わりましたよ。今日も勝てなかったけど。」

 家入硝子。黒川や五条の同級生で反転術式を他者に使用できる稀有な呪術師だ。

 「本来ならアイツに勝とうと思ってる時点でかなりの異端なんだけどね。」

 あきれた表情の家入に黒川は「それでも」と続ける。

 「私はごじょさんに並ぶ術師になりたい。それがあの人への恩返しにもなると思うから。」

 「恩返し?」

 「うん。私はごじょさんがいなかったら高専に入ることはなかったし、生きていたかもわからない。本人にその気がなかったとしても、私を含めていろんな人を救ってる。でも、ならごじょさんの事は誰が救えるの?って思うんです。」

 「黒川・・・。」

 「そんなもの必要ないって一蹴されるかもしれないけど、笑われるかもしれないけど、『最強』だからってずっと独りなのは可哀そうだから———あの人と並んで同じ目線を持てる人が一人はいたほうがいいんじゃないかって。それが私の思うごじょさんへの恩返しなんです。あの時別の任務で間に合わなかった人間が言えたことじゃないかもしれないですけど・・・。」

 「・・・私もあの時は二人になにもしてやれなかったよ。」

 苦笑いしつつも落ち込んだ様子の黒川に淡泊だが確かにやさしさのこもった声で「同類だな」と返す。それからしばらく無言の空間が続いた後、黒川が思い出したように口開いた。

 「ところで、家入さんはこれから時間ありますか?」

 「あるけど。」

 「ちょっと相談に乗ってくれませんか・・・!?」

 「それはいいけど、立ち話もなんだし場所を変えよう。」

 前のめりな黒川を落ち着かせつつ高専内の空いている教室に向かう。その途中で偶然居合わせた夜蛾を拉致(「相談に乗ってください!」)し空き教室で今日の模擬戦のことを話す。

 「それで、悟の領域に対抗するための案が欲しいというわけか・・・。」

 「はい、私一人だとどうしても行き詰ってしまって——だから、ほかの人の意見も聞きたいと思ったんです。」

 あまりに突拍子のない相談に夜蛾は天を仰ぐ。

 「とんでもない藪蛇だったみたいですね、学長。」

 他人事のように家入が続けるが、黒川が「逃がさない」と言わんばかりに見つめてくるので観念して協力することにした。

 「なら、私たちだけじゃなくて最近戻ってきた七海とか私たちよりも経験値が高い冥冥さんにも声をかけてみたら?考える頭は多いほうがいいでしょ。」

 「それもそうだな。蘇我、今日はメンバー集めに集中して後日高専の会議室を使って考えよう。できれば領域を扱える者にも声をかけてみるといい。」

 「わ、わかりました・・・正直苦手だけど九十九さんにも声をかけてみます。あ、あとこの話はごじょさんには言わないでくださいね・・・。」

 

 ——そして現在

 「皆さんに集まっていただいた理由は以上です。」

 「うん。それはいいんだけどなんで夜蛾学長のサングラスをかけてるの?なんで学長は蘇我の後ろにいるんですか?」

 机に肘を付き顔の前で手を組む大真面目な表情の蘇我と体の後ろで手を組む夜蛾に庵がツッコミをいれるといそいそと元の位置に戻り、本題に入った。


 「と、ということで本格的に議論を始めていこうと思うんですがなにか不明な点はありますか?あ、そもそもごじょさんの領域に対抗しようとするのが間違いじゃ?っていう質問は受け付けません。あと九十九さんにも連絡してみましたが別件で忙しくしているらしいので来れないとのことでした。」

 一通り話を聞いた後、七海が席を立ちホワイトボードの方に向かっていく。

 「わかりました。ではまず前提をまとめていきましょう。」

 そう言うと七海はサラサラと領域展開の特徴と書き連ねていった。

 ・生得領域に術式を付与したもの

 ・付与された術式による攻撃は簡易領域などで中和しない限り必ず当たる

 ・身体能力や術式効果が向上する

 ・基本的に内側から破られないよう耐性を上げるので外からの攻撃に弱い

 ・領域同士が衝突したとき、押し合いが発生しより洗練された領域がそれを制する

 ・領域解除後数分の間生得術式が使えなくなる

 「皆さんがご存じのとおり、これらが領域の主な概要になります。」

 「い、意外ですね。七海くんが率先して書記をやってくれるなんて、てっきり気乗りしないものかと・・・。」

 面食らった表情で見つめられる七海は「心外ですね」と言葉を返した。

 「こんな絵空事を言っているのが黒川さんじゃなかったらとっくに帰ってますよ。ここにいる全員がそうなんじゃないんですか?」

 「そういうこと。まぁなんであたしが呼ばれたのかは正直ちょっとわからないんだけど・・・。とにかくかわいい後輩が頭捻ってるんだから先輩として少しくらい力になるわよ。」

 黒川は改めて今日集まったメンバーに感謝の気持ちを伝えるのと同時に絶対にこの機会を無駄にしないと決意したのだった。

 「さて、話が逸れましたね。五条さんの無量空処に対抗するのであれば必然的に領域での押し合いで最低でも拮抗状態を維持する以外に方法は無いと私は考えます。なので黒川さんの領域を今以上に押し合いに強くする方法を模索すべきです。」

 無量空処は仮に領域同士の押し合いに持ち込んでもそれに勝てなければ勝敗が決してしまうため、押し合いに負けないことが最重要事項となってくる。

 「私も同じ意見だ。とはいえ、領域の要件の書き換えはよっぽど結界術に精通していないとそう簡単にできるものじゃない。黒川の今の領域だって習得にかなりの期間を要した。縛りを追加するにしても慎重に選んでいくべきだろうね。」

 「じゃあ、黒川さんと五条君の領域の比較から入ろうか。」

 七海と家入の意見に冥冥が続き、押し合いの強化という方向で議論が進んでいった。

 〇灼火滅死陵の特徴

  ・必中効果の対象を自身のみに縛ることで押し合いと展開速度が速い。

  ・引き込んだ相手への攻撃性能は皆無

 〇無量空処の特徴

  ・滞在時間が数秒でも脳に数年分の情報が流し込まれる

  ・五条悟に触れていないすべての生物が対象

 〇強化案

  ・縛りの追加

  ・天元様の元で修行←現実的でないため却下

  ・無量空処を包んで外側から破壊

     ↑押し合いは発生するし領域に直接的な攻撃性能がないため却下

  ・無量空処を食らっても正常に行動できるくらい頭の回転を速くする

     ↑却下

  ・肉体に任せて何も考えない

     ↑却下

 〇追加する縛り

  ・領域を展開中はその場から一切動けなくなる

     ↑本人の良さをつぶすため却下

  ・押し合うのではなく押し切られないように拮抗するにとどめる

     ↑可能性はあるが縛りの内容が弱いかもしれない

 

  ———— 

  ————

  ————そして約2時間後、ホワイトボードには書いたり消したりの跡が付くほど会議は難航していた。

 「あーもうなんなのあいつ!隙なさすぎじゃない!?」

 「我が教え子ながら、本当に規格外だな。」

 庵が五条の完全無欠さに改めて頭を抱え、夜蛾もしかめっ面を抑えられずにいた。

 「す、少し休憩しましょうか・・・。」

 「そうですね、一度頭をリセットした方がいいかもしれません。」

 攻略の糸口すらつかめないまま黒川からの提案に七海をはじめ、他のメンバーも賛成し一同はそれぞれ30分ほどの休憩に入った。


 「はぁ、やっぱり難しい問題だなぁ。私の案は問答無用で却下されちゃったし・・・。チョコ食べよ・・・。」

 20分ほど呆けていた黒川が好物のカカオ99%のチョコレートを手に取ろうとしたとき今にも世紀末なナレーションが聞こえてきそうな着信音が鳴った。スマホの画面を見ると、その番号は特級呪術師九十九由紀のものだった。黒川は彼女が今日の会議に参加できないと知るや、相談だけでもと事前に会議の内容を知らせていた。八方ふさがりのこの地獄から脱するのに今最も適任と思われる人物からの蜘蛛の糸。彼女は迷わずそれに手を伸ばした。

 「は、はい黒川です。どうしたんですか?九十九さん。」

 『やぁ黒川ちゃん。会議は順調かな?』

 「それが全くダメで・・・みんなも色々案をだしてはくれてるんですが実現が難しかったりできても対抗できるかは怪しかったりでなかなか結論が出てこない状況です・・・。」

 黒川はここまでの議論の内容をできるだけ詳しく九十九に伝えた。

 『そうか——ところで、領域の話の前に結界術の話はしていないの?』

 「結界術ですか?いえ、領域に対抗するならこっちも領域を持ち出さないといけないので一般的な結界術に関する話はしていませんでした。」

 『なるほど、なら少しアドバイスをしよう。』

 それは今まさに黒川が求めていた言葉だった。

 「アドバイス・・・!お願いします!」

 『お、いい反応だねぇ。やっぱりそっちに行くべきだったかな。』

 「今はお弟子さんを連れてアメリカにいるんでしたか。」

 『そうだよ。なんでも北アメリカ大陸横断レースっていうのが開催されるらしくてね。少し観戦していく予定だよ。出場することも考えたが規模が大きすぎて本業に障りそうだから今回は見送った。おっと、話が逸れたね——』

 (それってスティール・・・いや、今はそんなことより九十九さんのお話を聞かないと)

 『まず、領域は一種の結界術だ。その上で一つ、黒川ちゃんに質問をしよう。領域で可能なことは通常の結界術で可能なこととイコールだと思うかい?』

 「・・・いいえ。身体能力の向上は可能かもしれませんけど、生得術式の効力の底上げと必中効果の付与は不可能です。」

 『その通り。領域で可能なことは通常の結界術で可能なこととは限らない。というか、それらが組み込まれたものが領域と呼ばれるものになるんだけどね。では逆に、通常の結界術で可能なことは領域でも可能だと思うかい?』

 「可能だと思います。縛りによる他の要素の強化はもちろん、相手を閉じ込めることに特化したり、領域でやる意味はともかく侵入を難しくしたりもできると思います。」

 『そうだね、結界術でできることは領域でも可能だ。理論上はね。つまり、まずは結界術からのアプローチでできることを探してみるといい。その方が前例も多いだろう。君の手札をすべては知らないから私から言えるのはここまでだ。参考になったかな?』

 「はい、なにかつかめそうな気がしてきました!ありがとうございます!」

 『いいってことさ。じゃ、私はこれで失礼するよ。今度会うことがあったらおいしい物でもおごっておくれ。またね。』

 「その時はぜひ・・・!失礼します!」

 (これを皆に伝えればもっといい案が浮かんでくるかもしれない・・・やっぱりあの時相談だけでもしておいて正解だっ・・・た・・・あ。)

 休憩前と打って変わってほくほく顔で電話を切って時刻を確認すると、再開の時間を5分すぎていた。


 ————場所は変わりアメリカ・カリフォルニア州 

 「さて、待たせたね東堂くん・・・おや?電話の相手が気になるって顔だね。なら、とある努力家な高専生の話をしようか。」 

 ここで東堂は黒川のことを知ることになるのだがそれはまた別のお話。


 遅刻確定の黒川は大急ぎで会議室に戻り、貼り紙に『五条悟の侵入を禁ずる』と書かれた扉を勢いよく開ける。

 「すみません!遅れました!」

 「7分遅刻ですか。珍しいですね、黒川さんが予定の時間に遅れてくるのは。」

 七海が腕時計を見ながら「なにかあったんですか?」と尋ねる。

 「確かに、あんた学生の時は集合時間に遅れたことなかったわよねぇ。」

 「ま、まぁあの時は術師として未熟もいいところだったのでせめて時間くらいは・・・ってそうじゃなくて、いやそうだけど大事なお知らせが!!七海くんの質問んにも関係してます!」

 庵が続くがこのままでは昔話に花が咲いてしまいそうなので先ほど電話で話した内容をメンバーに伝えた。

 「なるほど、確かに私たちは領域をあくまで一つの結界術として考えることをしていなかったな。そうなると、また1から議論する必要がありそうだ。」

 「そうですね。個人の生得術式を用いた領域と一般的な結界術ではできることの幅が違いますから。」

 「ただ、さっきまでの議論よりはスムーズに進みそうだね。なにしろ汎用的な結界術には多くのサンプルがある。黒川さん以外に領域を使える者がいないこの場においてはうれしい報せだ。」

 夜蛾、家入、冥冥がそれぞれの反応を見せ、会議が再開された。

 

 ——そして1時間後、またも会議は膠着状態に陥っていた。

  「普通の結界術でできることを探してみると言ってもなかなかでてこないものだな・・・。」

 「相手が五条さんですからね。しかし、さっきよりも建設的な議論はできてると思います。」

 夜蛾と七海がため息交じりに話していると、庵があることに気が付いた。

 「そいえば、蘇我って五条の無限を破ったアレってどうやってんの?」

 「え、どうして今それを?」

 戸惑う黒川に対して、歯切れ悪く答える。

 「いや、無限を破れたならその延長線上に領域への対策があるかなーって・・・。」

 一見脈絡の無い質問だったが、黒川の中で動くものがたしかにあった。

 「アレは、自分の体に術式を付与してない薄い膜みたいな領域を展開してそこに触れた対象の術式を流し込んで中和することで無限の突破を可能にしました。」

 「地味にすごいことやってない?あんた。ていうか、そこに術式を付与すれば普通の領域と変わらないのよね?」

 「そうですけど、普通の領域と変わらないってことは結局押し合いには勝てないから意味がないというか・・・そもそも私の技術じゃ形が変わり続ける領域に自分の術式を付与して外郭を保ったまま動き回るなんて器用なことできませんし・・・。」

 黒川の呪術の才能は特別秀でているわけではなく、中でも呪力操作に関しては学生の頃からの苦手分野だった。今ではマシになったとはいえ、同じ特級術師の五条悟はもちろん九十九由紀のそれとは明らかに見劣りするものだった。しかし、庵の発言はこの場の全員に気づきを与えていた。

 「普通の領域と変わらないと言っても、その大きさが人間1人分になることは十分縛りとして機能すると思うよ。実際、結界の範囲を狭くすることで効力を上げる方法もあるわけだしね。」

 冥冥のフォローにより、また一歩答えに近づく。さらにそれを受けて七海が口を開く。

 「・・・呪術において、肉体は一つの結界として扱います。黒川さん、先ほど形が変わり続ける領域と言っていましたが『体に膜を貼る』のではなく『体を外郭として』領域を展開すれば細かい呪力操作が必要なくなるのでは?いえ、私は結界術に関して未熟なのであくまで可能性の話として聴き流してください。」

 「いや、それは悪くないかもしれない。肉体を外郭とするなら、黒川の術式の特性上普通に使う感覚とさほど変わらないだろう。必中効果が自分にしか向かないからデメリットにもならないしね。」

 「その方法なら、さっき案が出た『押し合うのではなく拮抗にとどめる』縛りも活かせそうだな。」

 家入と夜蛾によるダメ押しで、黒川の中でカチリと何かがハマった。

 「できるかも・・・。」

 それは小さなつぶやきだったが、この場の皆が耳を意識を向けるのに十分な言葉だった。

 「それならできるかもしれないです!」

 黒川の自信と確信に満ちた声に一同の口元が緩む。

 「結論はでたみたいね。ちゃんとモノにしなさいよ。」

 庵の激励に黒川が上機嫌に答える。

 「はい!皆さん、今日は本当にありがとうございました!よければこの後飲みにいきませんか!?代金は私が持ちます!」

 「飲み会には早すぎると思いますが、せっかくのお誘いですしご相伴にあずかります。嫌な上司との飲み会とは違いますしね。」

 「歌姫さんは飲みすぎないでくださいねー。事後処理がめんどくさいんで」

 「わぁってるわよ!いやーまさかお昼に続いて夜も奢ってもらえるなんてツイてるわー。」

 「ふふ、憂憂に今日は遅くなると伝えておかないとね。」

 「元生徒からの誘いだ。断る理由もないな。」

 その後1時間ほどで片付けを済ませ、会議室を後にする。

 (当面の私の目標は今ある空論を現実にすること。訓練はいつもの山を使おう。これが完成すればまた一歩ごじょさんに追いつける・・・!私の戦いはこれからだ!!!)

 黒川はハイテンションのまま、今日会議に集まってくれたメンバーを引き連れ夕焼けの広がる町に繰り出していくのだった。なお、2次会3次会と続き翌日二日酔いで寝込むことになったのは言うまでもない。



例の会議から数週間後、黒川は自身の所有する山に五条を呼び出していた。

 「めずらしいね。今日は演習場じゃないんだ?」

 呼び出された側である五条が山道を歩きながら探りをいれると答えはすぐに帰ってきた。

 「演習場で領域を使うと生徒の皆さんがびっくりしちゃいそうですから・・・。」

 そう言いながら黒川は今しがた到着した山頂部分に帳を下ろす。

 「まぁ、確かにそうかもね・・・って蘇我、今領域って言ったの?」

 あまりに自然と出てきた『領域』という単語を聞き流しそうになるもすんでのところで聞き返す。

 「はい、言いました。今日の模擬戦は領域の押し合いから入りましょう。」

 黒川の顔は真剣そのもので五条は一瞬の逡巡の後帝釈天の掌印を結び、サングラスに手を掛けて最後の確認をする。

 「いいんだな?僕の方でも調整はするけど最低でも数か月、もしかしたら数年寝たきりになるよ。」

 「覚悟はできてるし、負けるつもりもありません。」

 黒川はパーカーを脱ぎ、日光菩薩の掌印を結ぶ。

 「じゃあ始めるぞ、蘇我。」

 「いつでも。」

 少しの静寂の後、それは始まった。

 「「領域展開——」」

 『無量空処』

 『灼火滅死陵』

 互いの声が重なり、領域が辺りを覆い始める。しかし黒川の領域が広がることはなくなすすべなく無量空処に飲まれていく。

 「!?なんのつもりだ蘇我!」

 五条が焦りながらその双眸で黒川を観察すると、確かに領域を展開していた。それも多少抑えているとはいえ、自分の領域を完全に押しのけている。

 (こっちが押す力を強くすると同じだけの力で押し返してきているのか?——全力でも押し切れない・・・。なるほど、もともとの縛りで強かった領域同士の押し合いを縛りを追加することでさらに強化してるのか!)

 五条の見立て通り黒川は『必中効果を自身にのみ適用する』縛りに加え、『こちらから押さない』、『領域を自身の肉体サイズまで落とす』縛りによって五条の領域に対抗していた。

 (さすがごじょさん、ここまでやってもギリギリ・・・!でも常に全力で領域を保てる私なら、あの空想も現実にできる!勝負は・・・ここから!)

 本来なら入った時点で戦いが終わる宇宙の中、先に動いたのは黒川だった。

 風の呪力を利用したすさまじい瞬発力で五条に接近し、勝負を仕掛ける。

 「てっきり展開後に術式が焼き切れるタイミングで仕掛けてくると思ってたけど、こう来たか!」

 五条の不可侵を黒川の拳が削る。模擬戦で幾度も体験した妙技。

 (拳に絞って展延を使ってる?これと併用できないのは生得術式で一度領域に術式を付与してしまえば話は別ってことね!呪術の才能あんまりないとか言ってるけど結界術に関してはまごうことなき天才だろ!)

 突き出された黒川の二の拳を不可侵を維持しながら受け止める。

 「でも、出力自体はいつもより落ちるわけね。」

 「くっ!」

 蒼で引き寄せながら腹に掌底を叩きこむが、寸前に腕でガードしたため決定打にはならない。黒川も負けじとマリオネットのような次手を読ませない動きでラッシュを仕掛ける。

 しかし五条には届かない。すべての打撃を捌いた後、蒼を応用したハイキックを頭にクリーンヒットさせて黒川を吹き飛ばす。

 「悪いけど、今度も勝つのは僕だ——」

 そして、終わりは唐突に訪れた。互いの領域が崩壊し、術式が焼き切れるまでのタイムリミット。五条の目算よりも多少早かっただけのそれは黒川にとっては十分すぎるチャンスだった。

 「ぅああああああああああ!」

 朦朧とする意識の中、渾身の呪力を込めた拳を最大限加速させて放つ。

 「術式順転『蜂起星』!!」

 それは術式が焼き切れたことすらも忘れて叫び繰り出した『ただの打撃』。

 五条はこれを全力の拳で迎え討つ。

 彗星と巨星が一切の障害に阻まれることなく衝突する。

 しばらくお互いの顔面に拳を押し付けあった後、ドシャリと音を立てて倒れこむ。今日この場に敗者は存在しなかった。

 「いや、参った参った。まさかこの僕が膝どころか背中を付かされる日がくるなんてね。」

 反転術式で顔の治癒をしながら愉快そうに帳の晴れた天を見つめる。

 「でも、あの時と同じ不意打ちでしたけどね。領域から入ってなかったら多分また負けてました。」

 一足先に治癒を済ませ起き上がった黒川は学生の頃に一度だけ不可侵を破ったことを思い出しながら五条に手を差し出す。

 「まぁね。でも不意打ちとはいえ僕に一撃入れられるやつは今は蘇我だけだよ。」

 黒川の手をとり起き上がった五条の口元は緩み切っており、満面の笑みでつづけた。

 「お前が友達でよかったよ。」

 「へへ・・・私も、です。」

 これは、『最強』に追いつこうと手を伸ばし続けた『次席』が一瞬だけ同じ目線に立った時の記憶。

 「そいえば近所でスイーツバイキングやってるんだってさ。帰りよってかない?」

 「いいですね。甘い物はご無沙汰だったし、ごじょさんの奢りならよろこんで!」

 「そこは割り勘とかじゃないの?まぁいいけどさ。」


 



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