藤虎とカズラの休日

藤虎とカズラの休日


海軍本部大将「藤虎」。実力は折り紙付きの剣士で、斬り捨てた海賊は星を数うるが如し。海にのさばる海賊共を震え上がらせ、海軍の最高戦力が一人として数えられる盲目の剣士は現在—————浮かれていた。今日は勤務のない休日であり、久しぶりに息子と会う約束をしていたからである。待ち合わせ場所に余裕をもって到着したイッショウは、背後から足音を立てずに気配を極限まで消して近づいてくる人影を振り返った。

「久しぶりでごぜェやす、カズラ。ちょっと見ないうちにまた腕を上げたんじゃねェか」

「…今日こそ気付かれないで話しかけて見せようと思ったんだが。相変わらずおっさんの見聞色はすげェよな」

おそらく苦笑いを浮かべているのであろう息子を微笑ましい気持ちで見る。賞金稼ぎを生業にしている息子を鍛える特訓の一環で、イッショウの見聞色を搔い潜る訓練を何度かしたことがある。覇気使いが集まる偉大なる航路や新世界では、狩る標的の見聞色に引っかからないように気配を殺して接近する練習をするのは重要な訓練である。なおカズラがイッショウの見聞色に引っかからずに話しかけることを成功したことは一度もない。そのことで意固地になった息子は、イッショウが海軍に入隊した後も顔を合わせる機会があるたびに挑戦するようになった。

「いつか絶対に成功させてやる。…ハァ、まぁいいや。なぁアンタまだ昼飯は食ってないよな?」

「あっしはまだ頂いちゃねェが…」

「この町の大通りにウマい蕎麦屋があるらしいんだよ。そこで良いか?」

息子が行きたがっている店だ、良いに決まっている。それに自分も息子と同様に無類の蕎麦好きである。間髪入れずに頷いたイッショウに、カズラは満足気に笑った。



「死ぬほどウマいな、この天ぷら蕎麦は」

「死ぬほどうめェですね、この天ぷら蕎麦は」

店内の個室席に通された二人に提供された天ぷら蕎麦は絶品だった。蕎麦好きの親子同士、食べた感想も一致する。

好物に舌鼓を打ちながらも、イッショウはふと気に掛かったことを切り出した。

「ここの店に入るとき、何でお前さんは人目につかない席が良いって言ったんで?」

入店した際にカズラが店員に話したことだった。職業柄、普段と違う行動を取る人間の様子は気にかかる。誰かに付け狙われているから人目を気にしているのか、或いは海賊から恨みを買う海軍大将の自分と出歩く場面を見られたくなかったのか———もしそうならば次からは変装して来ることを決意した———イッショウが尋ねると、カズラは「あ~…」と一瞬目線を彷徨わせた後に

「いや、まぁ…モノを食べるところでおれが視界に入ったら、食欲を失くす人がいるかもしれないし」

思いがけない返答に箸が止まった。

「…何でェそりゃ。海兵の誰かさんにまたなにか言われたんで?」

「そういうのじゃないよ。せっかくの食事中になんか変なこと言ったな。悪い、忘れてくれ」

強引に会話を終わらせた息子に、内心溜息をついた。そういうのじゃなかったら、そんなネガティブな発言をするわけがない。今まで息子が外食をするときに人目を気にしたことなどなかったのだから。大方カズラが賞金首を引き渡すときに、海兵に心無い言葉を浴びせられたのだろう。色々と言いたいことはあったが、イッショウは喉元までせり上がってきた言葉をなんとか飲み込んだ。久方ぶりに会った息子との食事を険悪なものにしたくはない。

それにカズラは自立した成年で、男の息子にも立場がある。自分が庇護し、過保護なまでに気を配る必要はないはずだとも頭では分かっている。

ただそれでも懸念を抱いてしまうほどに、世界政府や海軍から息子へ向ける目は冷たいものだった。

イッショウにとってカズラは血縁の息子ではない。それどころかカズラは人間ではないと、イッショウは認識している。カズラは悪魔の実の複製体が自我を持ったという特異な存在である。そして、たしかにカズラは人とは変わった点があるが、ただそれだけのことである。迫害や差別を受ける謂れはないのに、息子はバカ丁寧に誹謗中傷を受け止め、周囲に迷惑がかからないように配慮しようとしている。

(全く頑固で馬鹿正直なところは誰に似ちまったんだか…)

静かに嘆息したイッショウは黙々と食事を続けるカズラを見る。

悪魔の実が個人の人格を持つという前例のない成長に、畏怖の念を抱かれる息子。暴走の危険があると警戒され続ける息子。

理不尽なまでに彼の死を望んでいる"上"の人々は、カズラが好物に目を輝かせ、他者からの悪口に傷つく様子を見れば、考えを改めてくれるのだろうか。


「…色々とままならねェもんだねェ」


ただ一つ言えるのは。

たとえこれから先何があったとしても、イッショウは最後までカズラの父親であり続けるということだ。

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