藤丸立香のパートナー
恋というものについて、イリヤよりは知っているつもりだった。
けれどある時、それはただの自惚れであったことを思い知った。
魔法少女達が争うあの特異点で、ファースト・レディなる存在に乗っ取られつつあったわたし。そんなわたしを、リツカお兄ちゃんは必死になって救おうとしてくれた。
───衝撃だった。初対面の彼を「かっこいいお兄さん」呼びしたイリヤじゃないが、一目惚れしたと言っても良い。
ただの人である彼。
泥臭く足掻き続ける彼。
戦いたくなくて、守れなくて辛くて、でも弱音は早々吐けなくて。
聖人君子ではないけれど、それでも善良な彼。
…リツカお兄ちゃんは否定するだろうけど、彼の姿はわたしにとって白馬の王子様にも等しい物として映った。
───そう。わたしは、藤丸立香に恋をしたのだ。
───
…うん、やっぱりその霊衣好きだ。エロくてかわいい。
…え? その霊衣で一日連れ回した理由? いやだってさ、左手薬指の指輪を見逃す人は多いでしょ? それならいっそ、こうして連れ回した方がアピールになって良いかなって。
…オレはさ、上書きしたいんだ。クロエっていう女の子の中から、オレ以外の男を一切合切締め出したいんだよ。そいつに関する思い出が、きみの中から跡形もなく消えるまで。
そうすれば、クロはオレから離れない。オレだけのクロでいてくれる。…マシュや、他の人達の時みたいに目の前で消えられるのはもうたくさんだ。そんなことを繰り返して、クロまでそんな風に喪ってしまうくらいなら、オレはクロを縛り付ける。オレはその方がずっと良い。
おっと、もう部屋だ。…心配性だなぁ、大丈夫だって。何度も言うけど、部屋の周囲は信頼できる人で固めてるから、溶岩水泳部も他の不届き者もここには絶対入って来ないよ。だから、早く部屋に入ろう? いつものようにいっぱい乱れて、オレだけを欲しがって?
───あぁ……オレはやっと手に入れたんだ…。クロ、クロエ、“イリヤ”……オレの、オレだけの女の子…!
───
藤丸立香を愛するということについて。
幸せなことに、わたしはリツカお兄ちゃんと結ばれた。形は現代のそれと乖離していたけど、それでもとても当たり前の愛を、当たり前に育むことができた。
一度は“イリヤの偽物”に堕ちたわたしが、たくさんの宝物を得て“イリヤ”であり“クロエ”である本物に戻ることができた。
元の世界には戻れないけれど、ちっとも寂しくはなかった。愛する彼がいたから。
わたしは彼に救われてからずっと、彼を愛することに人生を捧げた。その隣で、すぐそばで、彼というひとりの人間を見続けてきた。
…だから、わたしは知ってる。藤丸立香という人間の中には背負わされた闇があるってことを。その闇によって生じる、苦しさや辛さ、当たり前の人間らしさがあるんだってことを。
…カルデアのサーヴァントで、それを本当に理解できている者は残念ながら少ない。「サーヴァントは今を生きる人を助ける影法師」、そのスタンスの全てを悪いことだとは言わないけれど、それによって彼がどれだけ突き放され、傷つけられてきたか。
…だから、わたしは彼を見捨てない。わたしまでそうなってしまったら、彼は今度こそ本当に独りぼっちになってしまうから。
───
───え? カルデアの機材を操作できるようになった理由? …全てが終わったらリツカお兄ちゃんが記憶処理とかされる前に一緒に脱走するためだけど、何か?
記憶処理なんてものは当人が望んでないことだし、どうせ記憶を消しても染み付いたものは取れない。ブラックバレルの反動とか、救いを求めることをやめて『リツカお兄ちゃんだけが納得するゲームセット』とやらのために生きるようになってしまった歪な生き方とか。
…誰も藤丸立香のためだけには動かない。当の本人ですら。そして彼のためを思っても、彼が救われることを諦めた以上ただのエゴに堕ちる。
…それなら、わたしも好き勝手にやる。カルデアだって彼に好き勝手背負わせてきたんだし、少しは許されるでしょ?
───藤丸立香は、わたしと幸せになるの。その邪魔をするのなら、たとえカルデアが相手でも容赦しないから。