藍へと染まれ、神以て染まらぬ
「あかん、潰してもうた」
卓にへばった藍染を見ると、常掛けている眼鏡がズレていた。
「あー……どないしよ」
まさか藍染という男が、自分の前で酔い潰れるとは。
本日の業務を一通り終えて、珍しく一対一で藍染と呑んだ。
酔いで何かしらポロッとこぼしてくれへんやろか、という思惑は多少あった。平子は酒に滅法強い自覚があったため、不覚を取ることもないだろうと考えていた。
結局藍染は特に何もこぼすことなく、ぺしゃりと酔い潰れた。
これは送り届けなければなるまい。
「よっ」
椅子に座ったままの藍染に近寄り、卓と腹の隙間に腕を差し入れ、下から肩を貸す体勢になる。そのまま藍染を椅子と卓から引き剥がした。
「ぅぅ……」
「重た……」
自分が潰してしまった部下だからと責任感が先行し、彼我の体格差を失念していた。
一般的な女性死神の平均とそうは変わらない背丈の平子に対し、藍染は男性死神の平均を上回る。支えつつ動くのは中々に辛そうだ。
「これは一つ貸しやで〜惣右介。体格差が辛いわ」
しかしそのまま部下を放っておく訳もなく、平子は藍染の私室へと足を向けた。
「……ぅー……」
「お、惣右介、気ぃついたんか」
「……にじみだすこんだくのもんしょ……」
「何言うとんねん」
酔って黒棺とか洒落にならんわ、始末書書きたかないやろ。
藍染の意識がはっきりしてきたのかと思ったが、どうやらまだ酩酊の世界から抜け出せていないらしい。
「……たいちょ……」
「おー、今運んどるからな。後で水持って来たる。吐くなよ」
すぐ頭上から「はい….…」と力ない返答が降ってきて、少し笑いそうになる。
警戒を解くわけにはいかない。けれど、酔った部下は少々かわいく思えた。
(しゃーないなァ)
藍染の私室にどうにか到着すると、戸を開けて部屋へと入る。
「よっ……とぉ」
戸を開けっ放しにするのは憚られた。藍染は隊士達に慕われているのだ、酔い潰れた姿をそう見せたくはないだろう。平子は後ろ手でなんとか戸を閉めた。
少々雑だが部屋の隅に畳まれている布団を広げ、その上に藍染の体を横たえる。
藍染は意識だけは戻ってきているようで,痛むのだろうか、自分の頭に手をやっている。
「ふー……さーて、水取ってくるさかい、ちょい……んお?」
藍染の側から立ちあがろうとして、失敗する。見れば腕を掴まれていた。藍染がぼんやりとこちらを見ている。その目に浮かぶ表情は不明瞭だ。
「なんや、寂しがりか? オマエにもそういうとこがあっ」
最後まで言葉は続けられなかった。藍染が、掴んだ腕をぐいと引っ張ったのだ。そのまま横になっている藍染の胸に飛び込むような形で倒れ込む。起きあがろうとするよりも先に、平子の背に腕が回された。酔っているせいか、やけに体温が高かった。
「……っ急に引っ張るんやない。っちゅーか離さんかい」
要求に応えることなく、藍染の腕はさらに平子をぎゅうと強く抱き寄せる。藍染の上で、平子の体はすっぽりと抱え込まれてしまった。
何が起きているのか理解が追いつかない平子は、自身を腕に仕舞い込んでいる藍染の体格に感心してしまうなど、混乱で思考が明後日の方向へ飛んでいる。何が起こっているのだろうか。
「……平子隊長……」
「っぅひぇッ」
顔を近づけ、頬を寄せて来た藍染に急に甘い声音で囁かれたものだから、素っ頓狂な声をあげてしまう。ぞわぞわとした感覚が背中を走った。
「みっっ、耳元で囁くなや! 背中ゾワっとしたわ! ええ声やなぁオイ!」
いよいよやばいんちゃうか、と身を捩っていると、平子を抱き竦めたままの藍染が身体を入れ替えるように動いた。先ほどまでとは違い、平子が藍染を見上げる形になる。背中に布団の感触を感じる。藍染の肩越しに、部屋の天井が見えた。
(——惣右介お前面ァええんやな……)
場違いすぎる感想を思い浮かべて、しかし瞬時に正気に戻る。
アカン。これはアカン。
「……縛道の四・這なッ」
鬼道を発動しようとした途端、顎を捕まえられてぱくりと口付けられ、鬼道は不発に終わった。藍染の眼鏡が当たる。離れようにも背は布団、前は藍染と塞がっている。顎を捕まえていた手が側頭部へと滑る。
そのまま藍染の指が、平子の耳裏をすりと撫でた。男の舌が入り込み、女のそれを絡めとる。平子はぎゅっと目を瞑り離れようと藻搔くも、藍染の体はびくともしなかった。互いの唾液が混ざる。酒気が流れ込んで来たような気がした。息苦しい。
それから暫くして充分堪能したのか、名残惜しそうに藍染の舌と唇が離れていく。やっとの思いで新鮮な空気を吸い込んだ。
「ぶっはあ! 何すんねん!」
文句もそのままに藍染を引っ叩こうとするも、その手を藍染の手で絡め取られて縫いつけられる。手が、熱い。
藍染が、すぐの距離で平子を見下ろしている。その目は酔いのせいか、それとも別の何かか、熱を帯びて潤んでいる。
硝子越しに目が合う。男の手がひどく優しく女の頬を撫ぜる。藍染の目に宿る熱に、平子は動けなくなった。これは、逃げられない。
(ああ——どないしよ)
藍染が甘く掠れた声で真子さん、と熱を込めて呟いて唇を再度塞ごうとするのを、どこか遠くのことのように感じた。
なお土下座。関西弁難しいね。
藍へと染まれ、神以て染まらぬ=「こちらまで堕ちてきてはくれないか」「そりゃ無理っちゅう話や」