薄橙の心
UA2※注意事項※
「よすが と えにし」と同軸。ナミさん視点。ハートと合流してWローがギャン泣き済ませたあと。
ifローさんは基本的にサニー号で養生しています。ふれあいが多いですが、すべてnot恋愛。yes友愛。
誤字脱字あるかもです。
*
「トラ男ー!」
青空の下、ひなたぼっこをしていたトラ男くんにルフィが突撃をかます。いくら回復したからといって、随分と威力が殺されたそれですら受け止められない体なのに。まったく。予想通りそのまま芝生の上をごろごろと二人で転がってゆく。
「……麦わら屋、痛てェ」
「しししし!わりぃ!」
わずかに顔を顰めたトラ男くんに泣きそうになる。この前までなら、きっとそんな顔しなかったし、痛いなんて言わなかっただろう。その変化が、たまらなく嬉しい。
こっちのトラ男くんと合流してから、向こうの世界のトラ男くんは少しずつ変わっていっている。一目会った瞬間に、こっちのトラ男くんが彼を抱きしめて子供のように泣いた時は本当に驚いたけれど、今考えれば、それこそが彼にとって一番の薬になったのだろう。自分の気持ちの代弁者。強い共感と周囲の励ましを貰った人形は息を吹き返したのだ。
「おーぅい、ルフィ!早く戻ってこいよー!」
「そうだよ、ルフィ〜!!」
遠くで叫ぶ男達の声にはぁ、とため息をついた。
「船首の掃除に戻んなさい、アンタァ!!」
きゃらきゃらと笑いながらトラ男くんに絡むルフィにゲンコツを落とす。いでェ!と喚いた青年の目の前にもう一度拳を握ると、彼は飛んで逃げた。
「まったく……ごめんね、トラ男くん。大丈夫?」
「大丈夫だ」
「だったらいいけど……嫌だったらビシッと言いなさいよ。あのバカ、ちょっとやそっとじゃ傷付かないから」
「別に、あのままでいい」
ウソップ達と掃除をするルフィの後ろ姿を見つめていたトラ男くんの目が、柔らかく弧を描く。
「嫌じゃ、ないから」
「……そっか」
優しい風に吹かれて気持ちよさそうにしている彼の横に腰を下ろして、頭を撫でる。先日ウソップとシャチが切ってくれた髪がさらさらと揺れていた。
「黒足屋に嫉妬されるな」
「えー。猫撫でてるようなもんよ」
「そういう、ものか」
「そうよ。私がしたくてやってるんだもの、勝手に言わせときなさい」
されるがままの男を撫で続けていると、話題にしていた本人が船内からブランケットを持ってやってきた。
「寝てるかもと思って持ってきたんだが……テメェ、ロー!ナミさんによしよしされるなんて羨ましい……!離れやがれ!」
「そらみろ」
「はぁ……本当にもう、サンジくんったら」
ジェラシーを燃やしたサンジくんが、優しい手つきで私を引き剥がした。次いで、トラ男くんの体を支えて縁を背もたれに座らせる。
「黒足屋、すまない。助かった」
「……いいってことよ」
トラ男くんの横で紫煙を燻らせるサンジくんも交えて、三人でたわいもない話をする。前は聞いているばかりだった彼が、一言二言自発的に話す。これもまた、進歩だった。
「んー……」
「サンジくん、悩み事?」
「ん?いや、今晩のメインをなににしようかなって。アイツらに聞くと、いつだろうと肉しか言わねェからなぁ……」
「そうねぇ……サンジくんの料理はどれも美味しいし。今は、特になにが食べたいっていうのはないかなぁ」
「そっかぁ。……ローはなに食いたい?」
さらりとした風で告げられた言葉。サンジくんがかなり練習していたことを私は知っていた。目を瞬かせたトラ男くんが、視線を下に落として口を閉ざす。まだ、早かったかな。
「まぁ、また思いついたらでいいさ」
なるべく気負わせないように、殊更明るい声でサンジくんがぽんと彼の肩を叩いた。私もサンジくんの言葉に頷く。
「ねぇ、サンジくん。おしゃべりしたら喉乾いちゃった。私と、ロビンと、トラ男くんの分。お願いできる?」
「ンまっかせて〜!!とびっきり美味しいスイーツも持ってくるよ〜♡」
「よろしく。私はロビンに声かけてこようかな」
いつも通りを装って背を向けた私達の耳に、小さく呟かれた言葉が届く。
白身魚。
バッと振り向いた私達を見つめて、彼がもう一度呟く。
「パンクハザードを出てすぐに食べた、オレンジソースがかかった……」
「……!!」
弾かれたように駆け寄って、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
そのメニューは私もはっきりと覚えている。私の育てたオレンジを使った、とびきり美味しいそれを彼が食べた時のこと。僅かに目を見開いたあとほんのりと微笑んだのを見て、してやったとサンジくんと二人で笑った思い出の一品。
向こうの自分たちのことを想像してみる。あちらでも、同じだったのだろうか。
「苦しい、ナミ屋」
「うん……うん……!」
本当は最後まで聞くべきだったのだろう。でも、それでも。
まっさらで、何にもなかった彼が。
機械的に食事を摂っていた彼が。
食べたいと。それがいいと。主張した。
それが、うれしくて。
「サンジくん、聞いたわね!オレンジ好きなだけ使っていいから、とびきり美味しいのお願い!」
「もちろん。腕によりをかけて作るさ!」
私と同じくらいくしゃくしゃの顔のサンジくんが、笑って腕まくりしながら厨房へと向かった。今夜はとびきり豪華な食事になるだろう。
「そんなに……気合いを入れなくても」
「いいから!言ったでしょ?私達が好きでやってるの」
申し訳なさそうな顔を指でつねってやると、困惑したような顔をして押し黙った。まだ、ここでごねるほど心は回復していないようだ。でも、それでもいい。
「ニコ屋を呼んでくるんだろ」
「うん。ちょっと待ってて」
まずはロビンを呼んでお茶をして。他のみんなにも知らせたいけど、大騒ぎになったら大変だもの、とはやる気持ちに押されて早足になる。あ、と思い立って、振り返ってトラ男に満面の笑みを向ける。返されたあの日のような微笑みに安心した。
「夕食楽しみね!」
「……そうだな」
透明なそこに、ほんのり私のオレンジが滲む。
はじめの一歩はそんなもの。
ここから、たくさんの色に溢れた素敵な貴方になってゆくんだ。
〆