蒼の毒を飲み干して

蒼の毒を飲み干して


「やあ、随分と機嫌良さそうじゃないか?」

 何かいい事でもあったかい?と目の前の闖入者はソファに寝転んでそう聞いた。

 仕事終わりのぐーたらな女性と言えばそれまでだ。ただし、

「ええ。教団の頭脳が真正面から喧嘩を売ってくるチャンスなんて何度もある事ではありませんから」

「それは凄い! でも、僕からしたら2度も侵入されるなんて、危機管理は足りてるのかい?」

「どの口が………!」

 ミツゴシ商会、その応接室でなければだ。呑気に新商品のチョコレートフラペチーノを啜る彼女にニューは剣を抜くが、

「それで何の用でしょうか。蒼の叡智、シーニー。アレクサンドリアを襲った次善の策でも果たしに来ましたか?」

 ガンマが前に出て押しとどめる。分かっているのだ。目の前で何も出来ずに見てるしか無かったのだから。

 英雄英傑の戦い、その結末を。喉を掻きむしりたくなるくらいに羨望したその強さに。

「冷静な子がいて、嬉しいよぉ。第3席? なーに、大した用事ではないさ。慰謝料を支払いに来ただけでねえ」

 慰謝料?と首を傾げるガンマに投げ渡される紙の束。すかさずニューがそれを受け止めて目を通す。

「他国の教団の動きを纏めたものだ。ミドガルから離れられない君たちからしたら喉から手が出る代物じゃないかい?」

「減らず口を………! ガンマ様、これは罠です! 偽装です! 私に彼女を──!」

「よしなさいと言っているのが、わからないの、ニュー!!」

 普段聞く事のないガンマの張り詰めた声にニューは耐え忍ぶように御意と呟いて、退く。

 漸く静かになった空間で、ガンマもまた対面に座ると、紙の束に目を通す。形式としてはイータの報告書に近い。

 即ち、彼女が根っからの研究者である事と、恐らくこのデータ自体は本物なんだろうと。

「すぐに照合を。それで、貴女は何が望み? ミツゴシ商会を教団の傘下にでも入れるつもりですか?」

「まさか。教団はそもそも僕の単独行動なんて気にしちゃいない………そう、気にしちゃいないのさ」

 僅かに混じった悔恨の声、ガンマがそれを突っ込む前にシーニーはいつの間にやら、背後にいて。

(速っ………!)

「なるほど。悪魔憑きの際にかなり肉体を変化させられたようだねぇ。バランスがかなり悪い。頑強さは鉄以上だが、まとも運動できないんじゃないかい?」

(この短い間で………! 恐ろしい観察眼、シャドウ様にさえ比例するんじゃ)

「だからこそ、君は諦めて頭脳労働に勤しんでるわけか。向き不向きを理解しているのは実にいい………けど、納得はしてないんだろう?」

 背筋に氷を入れたような悪寒が走る。怖いくらいに理解されている。たった数刻、言葉を交わしただけなのに。

「後方支援も大事だけど、皆んなと主と共に戦いたい。その為の力が欲しい、だろ?」

「出鱈目を言いますね? 確信でもあるんですか?」

 舐められないように精一杯の強がりを吐くガンマに博士はまるで泣いてるように笑って、

「──私も昔はそうだったから」

 同時に体に痺れが走る。恐らくシーニーの魔力、それを理解するより早く、ニューが剣を抜いていて。

「だからこそ、道を示そう。スライムスーツ、いい品だ。魔力伝導率100%、それはつまり魔力の動きを余さず伝えられるという事だ。だから、少し手を加えれば──」

 ミツゴシ商会の中では常識な事がある。シャドウ様の強さとガンマ様の不器用さ。運動神経が壊滅的な彼女はまともに剣を振う事すらできやしない。

 だから、目を疑った。

「が、ガンマ様? 何を?」

「わ、わからないの………体が勝手に!」

 剣を上段に振りかぶっていたニューの腹部に突き刺さるガンマの手刀。閃光の如きカウンターを決めた彼女の姿に拍手が一つ。

「魔力が籠った動作に干渉して、自動でスーツを操作してカウンターを叩き込む。魔力が肌やスーツに近い以上、致命傷は避けられない………肉体が鋼鉄でもない限りはねえ」

 気づけば彼女は窓にいて、チョコレート片手にせせら笑う。

「道は示した。進むか戻るかは君次第だ。じゃあね、シャドウガーデン。また何処かで会おうじゃないか」

 重力に従って落ちる彼女をシャドウガーデンが追うが、窓の外に姿はない。メンバー達はガンマの指示を仰ごうと、彼女を見て足を止めた。

「………はは。これが私の武器。頭脳以外に役にたつ為の私だけの武器」

 想像を絶する程に冷たい笑みで笑っていた。陰を超えて深淵に落ちていくように。

「あ、あのガンマ様………」

「………シーニーを追いなさい。オメガ、貴女が指揮を。ニューは治療室に運びなさい。それと、今回の件はシャドウ様には打ち明けないように」

「!? どうしてですか、ガンマ様! これこそ、シャドウ様の力添えを!」

「いいから………些細なことで彼の方の手を借りるわけにはいかないわ」

 叫ぶニューを慈愛の籠った笑みで黙らせて、治療室に運ばせる。残された応接室で彼女は自分の肉体を撫でながら、誰にも聞こえないように呟いた。

「影の道を進む為に、蒼の毒を飲まなくてはいけないとするならば」

──私は全て飲み干して、あなたの後を追うでしょう。


 



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