落つる花弁は次の種(仮2)

落つる花弁は次の種(仮2)



※2人が成人後の話です


『ふざけるな、勝手に満たされたような顔しやがって!』


いつかの、冬の記憶。

醜く啖呵を切るそれを見つめる瞳は、酷く愛おしげであった。演者は2人、観客はゼロ。最後の最後まで、泥沼の奥底で削り合い、慰め合っていた。



ゆるゆると意識が浮上する。カーテンの隙間から漏れる光が、やけに鋭く感じた。

朝だ、と実感すると同時に、ズキンと頭が容赦なく痛みを訴える。


「最悪」


今日も、あの日の夢を見た。隣で無防備な寝顔を晒しているかつてのライバル__テイエムオペラオーと2人きりの次の日は、いつもこうだ。

舌打ちをして、起き上がる。オペラオーの顔をちらりと見やると、うっすらと涙の跡が残っていた。触れるか触れないかの力加減でなぞってやれば、目元がきゅっと歪む。それを見て、少しだけ溜飲が下がったような気がした。

やけに絡んだ自分の髪の毛を、手ぐしでガシガシと解す。指通りがすこぶる悪い。これも、いつもこうだ。


『そんな乱暴にすると、傷んでしまうよ』


そう言われて、いやに優しく髪の毛を撫でられたことがあった。あれは、あまり好きじゃない。再びされちゃたまったもんじゃないので、大人しくヘアブラシでといておこうと立ち上がる。

洗面所へ行くために、当たり前だが扉を開ける。この、扉を開ける動作の度に、思い出すのはとある夜。

幕引きを終えた2人の舞台に、続きを紡ぎ始めたあの夜。インターホンが来客を告げて、扉を開けて。

果たして、あの時の行動は正しかったのだろうか。ジャングルポケットは、今でも答えを見つけられないままでいる。




「やあ、こんばんは」


夜も更けてしばらく。数時間前に別れたはずのオペラオーが尋ねてきた。

いつもより数段陽気で回り道な言葉を要約すると、『先程大騒ぎしたトップロードさん主催の飲み会で、ハンカチを忘れていたから届けに来たよ』とのことだった。

そういえば、あの後オペラオーたちの世代で二次会に行っていたな。数時間前よりも顔がちょっと赤い。ハンカチを受け取る時に一瞬触れた手は、熱かったような気がした。


「それじゃあね、ポッケさん。いい夜を」


礼を言った後、一言二言、他愛もない、記憶にも残らない会話を交わして。さらりとした別れの言葉を優しく残して、オペラオーが踵を返す。


「……ポッケさん?」


やっぱり、熱い。


「なあ、1人で飲み直してたんだけどよ」


オペラオーの目線が、掴まれた腕から俺の顔へと上がる。

目が合って、確信した。見間違いじゃない。

背を向ける時、見えた横顔。こいつは、あの頃のオペラオーだった。


「明日、暇だよな」


客観的に見ようとして、そうすればするほど自分も同じだと理解して、俺と同じところでもがいていた、テイエムオペラオーだった。


「付き合えよ。さっきは、あんま話せなかったし」


二次会で、何かあったんだろう。本人も自覚できない、小さな小さな綻びを見せる、何かが。


「……いい夜にしようぜ」


ずっと見ないふりをしていた飢えに、引火した。きっかけが何だろうが、どうでもいい。大事なのは、俺はまだ納得していないということだ。

視線で問う。たとえ客席からでなくとも、共演者からだろうと、アンコールには応えるべきだと。そうだろ?


「……そうだね、お邪魔させてもらうよ」


扉が閉まる。幕が上がる。開演ブザーは必要ない。これは、あの冬の日の続きなのだから。


「いい夜にしよう」



それから。時折、互いが互いの家をふらりと尋ねる日が出来た。

真昼も深夜も関係なく、『今から行く』『わかった』のメッセージが淡々と積み上がる日々。

時には、ドトウがいる時にポッケさんが尋ねてきたり、ダンツがいる時にオペラオーが尋ねてきたり、面識のない人が先客だったり。

だからといって、帰ることは1度もなかった。それならそれで、思い出話に現況報告に色とりどりの花を咲かせた。賑やかな空間は居心地が良くて好ましい。思うがままに騒いで、笑って、お開きの時間になれば、その場にいた全員が大きな花束を持って帰るような、そんな気分になっていた。


しかし、他に誰もいなければ。

2人きりだと、分かった瞬間。扉を閉めた、その瞬間。顔を覗かせるのは、真っ黒なつぼみばかり。

表面をなぞるだけの雑談をして、コンビニで適当に買った酒を煽って、段々と口数が少なくなっていく。ピンと張り詰めて静かな空間は居心地が悪くて、でも、どうにかする術はどこにもなかった。


プライドはズタズタだった。代替品にされていること、代替品にしていることが惨めで、目も当てられなくて。けれどプライドの切り傷から垂れる血液は、ひどく中毒的な色をしていた。長い長い時間を経て、自覚すらせず拗らせて、酒に飲まれてこんがらがった欲望。もう、己の手には負えなくなっていた。

そんな救いようのないものを、視線と呼吸に練り混ぜれば。どちらからともなく、始まる。

ぼうっと互いの瞳の奥を見つめて、アルコール越しに幻を捉えて、そうなってしまえば止まる理由はなかった。

テメェの言葉なんか聞きたくないと、無理やり唇を奪い取って。

勝手に去るなんて許しはしないと、身体をなぞって引き寄せて。

軽蔑して、同情して、憎んで、愛して、抉って、塞いで。

縋りついては赦してくれと願い、縋りつかれては可哀想にと憐れんで。

やり場のない熱に炙られて、交わす視線は見るも無惨に焼け爛れていた。


もうちょっと続きます


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