端切れ話(落ち葉の道)

端切れ話(落ち葉の道)


いびつでやさしい箱庭編

※リクエストSSです




 『にほん』に来てから早いもので2ヶ月以上が経っていた。初日にすさまじいトラブルに巻き込まれてから、しばらくの間は振り回される毎日だった。

 必死に対処している内にいつの間にか時間は過ぎ、気付いた時にはすでに1つの季節が過ぎ去ろうとしている。

 穏やかに過ごす日々の中で、だんだんと気温は下がり、日は短くなり、空の色は薄くなる。

 レンガ道に落ちて来る葉っぱを掃除しつつ、エランはふと周りの光景を見渡してみた。

 赤、黄、たまに緑。色鮮やかに染まった木々。

 レンガ道を外れて少し中に入ると、食べられる木の実や果物がなりていたりする。掃除を簡単に終わらせたら、後でいくつかの木を確認しに行くのもいいだろう。

 嬉しそうに笑うスレッタの笑顔を思い浮かべ、ふとこの景色も彼女に見せたら喜ぶだろうかと思い立つ。

 スレッタがレンガ道を歩いたのは、まだ葉も青々としていた晩夏の頃だ。それからずっと、彼女は家の敷地内で過ごしている。

 庭が広いので日向ぼっこや軽い運動はよくするが、改めて思い返してみれば最近は散歩すらしていない。

 わざわざ外に行かなくても彼女は毎日楽しそうにしている。だから考えないようにしていたのだが…。

 正直なところ怖かった。彼女が山に飲まれたらどうしようと、そんな心配は常に心の中にあった。

 けれど今の彼女は何も分からない子供ではない。少し甘えん坊なところは残っているが、17歳分の記憶をすべて取り戻した立派な大人だ。

 この山は私有地であり、基本的に誰も立ち入らない。よほどの事がなければ他人に見られる心配もない。

 なら少しくらいは手綱を緩めてもいいんじゃないだろうか。…自分の目が届く範囲なら、彼女を見失う事もないだろう。

 集めた落ち葉をブロワで吸い込みながら、エランは自分の心がだんだんと固まって来たのが分かった。

 明日、この道を彼女と歩く。本当に久しぶりの僅かな散歩だ。それくらいなら、大丈夫。

 色々とあって少し神経質になっていたエランは、ようやくほんの少しだけ心の余裕を持つことが出来たようだった。

 端末で確認した天気予報を思い出す。確か明日も晴れたはずだ。なら今のうちにレンガ道を掃除して、綺麗な道をスレッタと歩きたい。

 うんざりするような落ち葉掃除も、目標があれば俄然張り切れるというものだ。

 エランは掃除用具を抱え直し、スレッタが足を滑らせる事のないように落ち葉をしっかりと集めていった。


 頑張って掃除をしたお陰で、レンガ道は綺麗な姿を取り戻していた。半日放置すればいくらかはまた葉が落ちるだろうが、少しくらいなら平気だろう。

 エランはさっそく家に帰り、大人しく部屋で待っていたスレッタに話を持ち掛けてみた。

「お散歩、です?」

「そう。レンガ道から見える紅葉が綺麗なんだ。気分転換にもなると思うし、どう?」

「う~ん…」

 二つ返事で頷いてくれるかと思ったが、スレッタは何やら悩んでいるようだった。

「もしかして、気が乗らなかったりする?」

 思いがけない態度に戸惑っていると、スレッタはチラリとエランの様子を確認してきた。

「エランさん。わたしと紅葉を見たいんですか?」

「…え、そうだね。とても綺麗だし、せっかくだから…」

「紅葉ならお庭からでも見えますけど、わざわざお外に連れ出したいんですか?」

「それは、そうだよ。だって最近はずっと家から出てないし、いい機会だと思って…」

「別にわたしは外に出なくても平気ですけど?エランさんは、わたしと一緒にお外の道を歩きたいんですか?どうしても?」

 スレッタは質問を重ねながら、チラチラとこちらを伺っている。その目はまるで、言うべき言葉があるでしょう?と言っているようだった。

 エランはピンと来た。そうして、彼女が欲しがっているだろう言葉を口にした。

「もちろんどうしても、きみと一緒に散歩したい。その為に道も頑張って掃除したんだ。だから、一緒に来てくれたらとても嬉しい」

 どうやら正解だったらしい。エランが改めてお願いした途端、スレッタは唇をニマ~と震わせ、嬉しくて仕方なさそうな口ぶりで返事をした。

「し、仕方ないですね~。エランさんはほんと、寂しがりやなんですから。えへへ、紅葉狩り、頑張っちゃいますよ」

 とてもやる気になってくれたらしい。

 最近のスレッタは色々な甘えん坊モードを駆使している。時にはお姉さんモードになる事もある。そうしてエランから欲しい言葉や態度を引き出すのだ。

 遠慮が無くなり、何だか身内扱いになったような気安さを感じる。正直彼女に恋をしている身では複雑ではあるのだが…。

 けれど渋々来られるよりは乗り気になってくれた方が嬉しいので、エランはニッコリと笑って「楽しみだね」と返事をした。


 次の日、朝食を食べて一休みしてから紅葉を見に行くことにした。スレッタが軽食を作ってくれたので、まるでちょっとしたピクニックのようだ。

「裏門から出て、上に歩いて行こう。途中でレンガ道は無くなるけど、山道自体はあるから」

「山道もお掃除したんですか。大変じゃなかったですか?」

「レンガ道とは違って落ち葉を端に寄せただけだから平気。でもさすがに全部は掃除しきれなかったから、上の方は歩きにくいかも」

 話をしながら、初日にも通った門を開けて2人で外に出る。最初に隠されていると感じた印象はその通りで、ここは基本的に身内しか利用しない裏門だ。きちんとした入口はレンガ道の上の方にある。

 裏門からレンガ道へと続く狭い道をゆっくりと歩いていく。この道の管理も当然まかされているが、掃除はあまりしていない。周りには背の低い常緑樹が植えられている上、道の端は竹で作った柵で覆ってあるので、ゴミ自体があまり入って来ないのだ。

 等間隔で埋まっている敷石の上を、スレッタが跳ねるように踏みしめて行く。

「お家の門を外から見るの初めてかもしれないです。楽しみです」

「紅葉よりもそっちが楽しみなの?」

「紅葉も楽しみです」

 2人で何気ない会話を楽しんでいると、ようやくレンガ道に差し掛かった。

「わぁ」

 スレッタが一言呟いて、黄や赤に染まった木々を仰ぎ見る。

「庭から見るのとでは、やっぱり違うでしょう」

 エランの言葉に、スレッタはこくりと頷いた。

「葉っぱの色が一枚一枚違います。葉脈の色も全然違う。すごいです」

 感心したようにそれぞれの木々を見つめている。そのままレンガ道を上に歩き始めたところで、ふと気づいたようにスンスンと鼻を鳴らし始めた。

「なんだか甘い香りがします。エランさん、お菓子持ってます?」

 疑問の声をあげたスレッタは、エランの着ているコートのポケットを探るように覗き込もうとする。

 その様子にくすくすと笑って、「多分これ、紅葉した葉っぱの匂いだよ」と可愛い食いしん坊さんに教えてあげた。

「こんなキャラメルみたいな香りをした葉っぱがあるんですか?」

「僕も最初は不思議に思ってたけど、何度か掃除して気付いたんだ」

 レンガ道を見回すと、ちょうど落ちたばかりの葉が見つかった。ハート型の形をした、可愛らしい黄色い葉っぱだ。

 エランはそれをヒョイと拾って、くんと匂いを嗅いでみた。

 甘く焦げたような匂い。エランはすぐそばにいるスレッタの顔に、今しがた嗅いだばかりの葉っぱを近づけてみた。

 すんすん、小動物のように小さく鼻を鳴らして、スレッタはすぐに笑顔になる。

「幸せな匂いがします」

「キャラメルが、幸せな匂いなの?」

「甘いものは美味しいじゃないですか。美味しいものを食べると幸せになります。つまり、甘い匂いは=(イコール)幸せな匂いという事です」

 胸を張るスレッタに、エランは揶揄うように口を挟んだ。

「僕には通用しない方程式だね」

「もう、エランさん!」

 ハート型の葉っぱを片手に、2人でじゃれ合いながらレンガ道を上っていく。途中で家の門をじっくり見たり、レンガ道が途切れた後の山道を少しだけ歩いたり。

 やっぱり掃除していない山道は危険なので、手前にあった大きな切り株に2人で腰かけて、休憩がてら軽食を食べることにする。

「そんなに凝ったものは作れなかったですけど」

「十分だよ。すごく美味しい」

 エランからしてみたら、スレッタが作ってくれた料理が幸せな味だった。

 赤、黄、たまに緑。綺麗な景色と会話を楽しみながら小腹を満たす。そうしてまたゆっくりと、2人で寄り添いながら帰って行った。


 後日、何やらスレッタが工作しているところに出くわした。

「何をしているの?」

「えへへ、エランさん。この間拾った葉っぱでレンガ道を作ってみました!」

 自慢げに見せてくれたのは、帰り道にたくさん摘んだ葉で作った絵のようだ。空の色や木の幹はクレヨンで描かれているが、それ以外の部分はすべて実際の葉が貼り付けてある。

 家の前のレンガ道を黄色いハートの葉で、レンガ道の周りに生えている木の葉はそれ以外の葉で表現されている。

「すごいね」

「我ながらよくできました。小さいわたしの絵と一緒に飾ってくれてもいいんですよ?」

「そうしようか」

 我が家のコレクションがまた1つ増えたようだ。額縁1つくらいなら十分作れる材料があるはずなので、エランはちょっとした作業を請け負った。

 スレッタに了承を得てから出来たばかりの絵を手に取って、近くで眺めてみる。

 木から離れた葉の色は少し色褪せていて、鼻を寄せてみてもあのキャラメルの甘く焦げた匂いはしなかった。

 出来たばかりの思い出は、あんなに色鮮やかだったというのに…。

「………」


 「また来年も行きましょう」スレッタの弾んだ言葉をどこか切ない気持ちで聞きながら、エランはこくりと頷いた。






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