【荒れ狂う金色猿】
【グランド・ベル】団長 アル・キリエル〈Prologue①〉
【【カラコロモ山脈】頂上付近。
山が開かれる前では当然だけど凄い雪が降る……だけど、今年のそれは常軌を逸していた。
渦を巻く灰色の空、嵐の到来───けれどこの地域に普通嵐は来ない。
では何故に一帯の空を覆うほどの嵐が来ているのか、答えは簡単……『嵐を呼ぶ存在』がこの地に降り立ったからだ。
鋼の鱗を持つ【いにしえの竜】。
《嵐翔龍》……しかし、かの竜を覆う鱗は赤茶けてくすんで、見事な光沢は見る影もなく錆びていた。
劣化した鱗が中の肉を刺激し、気が立った龍は嵐を呼びながら『脱皮』に備える。
これを刺激しようものなら地獄すら生ぬるい粛正を受けることは容易に想像できた。
だから、本来この山に生息する獣も魔物も麓まで降りてきてじっと 災害の化身 -りゅう- が過ぎ去るのを待っている。
大人しくしていれば山の環境が破壊されることなく、また元の日常に戻れるんだ。
───蛮勇のものさえいなければ。
山の頂上へ翔ぶ龍に豪速で突っ込んでくる影───黒毛に覆われたそれが前腕を振りかぶるのが見えた。
瞬間、こちらにまでビリビリと衝撃波が伝わってくるような打撃音。
叩き落とされた龍は怒りに血走った 眼 -まなこ- で黒毛の獣を睨め付ける。
獣の姿を一言で現すなら───猿。
けれど、凄まじい筋肉で武装した肉体や見事なまでの双角は獅子を思わせる。】
〈Prologue②〉
【咆哮───龍が放つ金属を擦り合わせるような甲高いそれは、生命体としての本能が『恐怖』の感覚を呼び起こすようだった。
それに呼応するように獣も雄叫びをあげる。
一種の衝撃波にも似た双つの咆哮に、雪山全体が揺れた。
強者同士の戦いは一瞬で決着がつくもの。
僕はあまりの実感したことのないそのジンクスというか、お約束というか、そういった光景を初めて目にした。
両者が互いに放ったのはブレスだった。
ぶつかり合う《龍の疾風 -ドラゴンブレス- 》と《獣の紫電 -ビーストブレス- 》。
一瞬の膠着の後、打ち勝ったのは獣の方───紫電が頭に直撃した龍は悲鳴をあげ後退……見れば、角が叩き折られたのか頭殻も大きく欠けている。
龍は人の目にも解るほどに衰弱─多量の唾液を垂れ流し、目からも力が感じられない─していた。
獣のブレスには『強烈なまでの毒』が含まれてた。
一体どこで手に入れたのかは知れないが、龍を衰弱させるほどの毒を取り込んでも一切の中毒症状が見られない。
それほどまでに、あの獣は強敵ということだ。
負けを悟った龍は飛び立つ……今度こそ邪魔の入らない別の地へ。
瞬間、嵐が過ぎ去り空は晴れ渡る。
獣は戦利品である龍の角に喰らいつく。
金属がひしゃげるような音を立てて咀嚼し、嚥下け───勝利の雄叫びは、過ぎ去ったはずの嵐を呼び戻した。
あれが討伐対象《金色猿》───龍を喰らい、その力をその身に宿す規格外の獣。
僕は蒼銀のロングナイフを抜き放ち、獣と相対するために歩き出した。】
〈荒れ狂う金色猿①〉
【黒毛の獣───《金色猿》……その名前とは裏腹に金色らしいところは何処にも見当たらない。たくましい双角を磨けば金色に見えるんじゃあないか、といった姿。
四つ脚をついたその体高は3Mはあり、小柄な方の僕なら易々と股下を潜り抜けられそうなくらいに大きい。
特に、《嵐翔龍》を撃墜させた前腕の太さと言ったら巨木を思わせるほどだ。
僕の足音を察知したのか《金色猿》の目線が向けられる。
龍の角を捕食してから暫くは恍惚にも似た雰囲気を漂わせていた。けれど、それが一瞬にして攻撃的……いや、超攻撃的な殺意に切り替わる。】
『グォォォオオオ────ン!!!!!!』
【耳をつんざく咆哮……《金色猿》が呼び戻した嵐はより一層勢いを増すも、咆哮の衝撃波が吹雪を吹き飛ばして純白の 円蓋 -ドーム- が作り出され、獣を覆った。
瞬間、《金色猿》が跳ぶ。
右腕を振りかぶり、一気に跳躍した獣は一瞬にして僕との距離を詰めた。
殺意に彩られた赤色の 眼 -まなこ- は、生半可な状態で視線を合わせようものなら『停止 -リストレイト- 』の状態異常をくらってしまいそうなほどだ。】
(速い……!!)
【膝ごと大きく上体を逸らして振るわれた剛腕を回避する。
単なる速さは目で追うのが難しい、というほどでもない。だが、過密に過密を重ねたような漆黒の筋肉と攻撃性の塊が突っ込んでくるその光景は速度以上にとてつもない迫力を秘めていた。
上体を逸らした勢いのまま冷たい雪が降り積もる地面に手をつき、肘を曲げて足から跳ぶ。
空中で態勢を反転するとき、前髪が数本プツ、と切れて白い景色に消えた。
突進には掠めてすらいない。けれど、獣がまとう衝撃波は破壊的でありながら鋭いようだ。】
〈荒れ狂う金色猿②〉
【視線の先で純白の爆撃が炸裂した。
《金色猿》の拳が着弾して厚く降り積もった雪の全てが吹き飛ばされる。
大討伐依頼の最中、《大爆破魔宝石 -デトネイション・ジェム- 》が使われるを見たことがある。あの炸裂にも似た衝撃と爆音が僕の体の正面を叩いた。】
「……ッ!!」
【空中で態勢を変えた僕を《金色猿》の視線が射抜く。
拳を叩きつけたあとは回転して背後に回った相手の警戒をする───身のこなしが上手い以上に、戦闘が巧い。
そして僕の行動が悪手であることを思い知らされた。
「ドドドンッ!!!」と、《金色猿》の跳躍音が三連。
鹿類のステップにも似た歩法を圧倒的膂力に任せた速度で模倣したそれは、ともすればたった一度の踏み込みに聞こえるほどの速度。
そして三連続の跳躍は『三連続の加速』をしているのと同じようなもの。
僕の着地の寸前に合わせたその突進で眼前に迫る《金色猿》。その鼻っ柱に回し蹴りをくらわせる……はずだったが、空を斬る。
僕の認識を肉体性能が上回る───そんなチグハグな現象がレベルアップ直後の体に発生した。】
「しま───ッ!?」
【攻撃を振り抜いた後の酷く無防備な体……そこに《金色猿》の堅い角が叩きつけられる。
肺の中の空気を強制的に搾り出されるような感覚と共に吹き飛ばされた僕は、崖の向こう側に放り出された。】
中略
〈荒れ狂う金色猿・終①〉
『ガァア!!!!』
【迫り来る《金色猿》の鉄拳。
筋肉の動きから連撃を繰り出すのは想像出来る……けれど、想像できたところで黄金の暴風雨は止まらない。
たった一撃でも受ければ骨がひしゃげ、肉が爆ぜるだろう。
防護結界で保護された要塞壁を貫くような攻城砲、それが数十……いや数百装填されて、その全てが自分に照準を向けているんだ。
腹の底から恐怖が湧き出てくる。
だから、僕は、本能のままに───】
「あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
【───左手に握る青銀のロングナイフ【渦姫】を、一閃した。
真横を叩かれた黄金の拳は、古龍の鱗を抉るような衝撃波を僕の左肩に掠め、着弾した。
左腕に残る衝撃は思ったほどではない。
〈雷霆姫 -あのひと- 〉も教えてくれた大きな一撃を弾く方法……横から叩けば、小さな力で逸らすことができる。
自力を上回る強敵を前にしても実行できるよう、何度も叩き込まれたこの動き。
瞬間、僕の脳裏を過ぎった『最善策』。
───全部、斬り払う。
どれくらい続けるか?
無論、《金色猿》が攻撃を止めるまで。】
「……勝負だ」
【《金色猿》の目を見て、僕は小さく呟いた。】
〈荒れ狂う金色猿・終②〉
【先の一撃からの僅かな間隙に限界まで息を吸い込んだ。
握り固められた右拳は空を裂き、赤熱した気流すら纏いながら僕を狙い撃つ。】
「シィ……ッッッ!!!!」
【浅く息を吐きつつ、黄金の一閃に銀閃を合わせた。
黄金の暴風雨はしだいに勢いを増し、【渦姫】を手に全てを迎え撃つ。】
【数秒したところで放たれた剛拳は三百と二十七、全てを完全に撃ち落とせたわけではない。
【黄金原野】の体験入団依頼で貰った戦闘衣【ヴァナディース・クロス】の脇腹を衝撃波が掠め、露出した肌から鮮血が噴き出す。
真正面から受けるより何万倍も衝撃が小さいとはいえ、左腕にもヒビが入りつつある。
こうして一秒も経たない間にも拳戟は百と十一増えた。
けれど、何度も拳を撃ち落とされた《金色猿》だって平気ではない。
《超硬金属 -アダマンタイト- 》の重鎧に勝るとも劣らない硬度を誇る腕も、【渦姫】の刃で幾十幾百も斬り払われれば傷がつき、一撃を放つ度に血煙が迸る。
どちらかが先に根を上げるか、根性比べだ。】
『ァ───────────ッッッ!!!!』
「ッ────〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
【絶叫……僕らは互いに声にもならない叫びをあげた。】
〈荒れ狂う金色猿・終③〉
【銀閃 -ナイフ- を振るうたび、僕の肉体と心のズレが解消されていく。
少しずつ遅くなる《金色猿》の拳に反比例するように、僕の剣速はより速く、より鋭く、より鮮やかになっていった。
最初はむしろ相手の方が速く、それに合わせるのに精一杯だったそれが逆転する。
防勢から攻勢に切り替わる───一撃一撃の僅かな間隙に《金色猿》を斬り刻んだ。】
「あぁアアアッ!!!」
【《金色猿》の顎面を蹴り飛ばし、態勢が上向いたその瞬間に背後へ回る。
数瞬の間に白光と燐光を収斂───蓄積した一撃が《金色猿》の延髄を捉え、抉った。
吹雪が晴れ、力無く倒れる《金色猿》の傍で僕が「どうやって運ぼう」と思案に暮れるなか……少し離れたところからパチパチ、と小さな拍手の音が聞こえてきた。】
〈荒れ狂う金色猿・完遂〉