茶屋の夕日
最後のお客の背が見えなくなると、夕暮れの闇がまた少し濃くなった。
今日もなんとか無事に終えた。いろいろ大変なこともあるが、今は苦しい生活の中ひとときの楽しみにと来てくれて、頼りにしてくれるお客さんがいる限り、あの人たちの涙と笑顔のためにこの場所を守り続けたいと思う。
大きなのぼりをぱんぱんとはたき、一日の埃を落とすと閉店の準備にかかる。
本当のところ、食糧難の時世で材料の入荷もままならないのに茶屋を営むなどは苦労以外の何物でもない。
あの日、最初にこの店を何が何でも守ると決めた時のことを思い出す。
何が起ころうと覚悟はしていたつもりだった。侍の妻だもの。ただやはり辛かった。長かった…。―あれからちょうど20年。
いなくはなってしまったけれど、死んでいるとはどうしても思えなかった。融通の利かない性格で短気だけれど一本気で、わかりにくいけどとても優しくて泣き上戸。きっとどこかの空の下で喧嘩でもしてるんじゃないかって。毎日無事でありますようにとお祈りする前に、どうしてもそんなことを考えてしまって、深刻な気持ちにさせてくれない。それもあの人。
大きなのぼりを立てて看板を出し、軒先には広く腰掛と日よけ傘も置いた。遠くからでもすぐにここが見つけられるように。
どんな姿になっていてもいいから、最後はここに辿りついて。帰ってきて。
風に煽られたのぼりがばさりと音を立てた。
もし明日天気が良かったらそろそろこれも洗濯しようか。丁度新しい子が来てくれることになっている。
美しくて大きくてちょっと不思議な女の子。意思の強そうな瞳を持っていて、なぜだかその目は明日の続きを映し出しているように思えた。