『英雄達の哀歌』④

『英雄達の哀歌』④


〜11年前〜


「……ったく…お前らなァ…」

海賊船の甲板の上で男が赤い特徴的な髪を掻きむしる。

その眼下には、縮こまって正座をする二人の子供の姿があった。

「港で送ってくれる面子にいねェと思ったら、ウタを味方につけてやがったか…」

「うゥ…ごめん…」

「ごめんなさい…」

二人の子供…ルフィとウタが頭を下げる。

この小さな密航者とその共犯の作戦がバレたのは、フーシャ村を出て半日経ったとき、食事の準備に倉庫の荷物を開けていたコックのルゥがたまたま保存食を漁ろうとしていたルフィを見つけたことがきっかけだった。

「まー今回はルフィとウタの作戦勝ちだ…しかたねェだろお頭」

「おうよ、今回は二人に免じて見逃してやろうぜ?」

流石にずっと申しなさげにする二人に同情したヤソップとホンゴウの言葉に、シャンクスが顔を歪ませる。

「しかしだな…うーん…」

「それならおれらで交代で二人の面倒見りゃいいんだろ?どうせ戻れねェんだから一度くらい割り切るしかねェ」

タバコを吹きながらベックマンが出した妥協案に、シャンクスも首を頷かざるを得なかった。

まだ半日といえ、今からではフーシャ村に戻るのも大変である。

それならば自分達で要警戒しておけば問題ないだろう…そう思い、二人を見る。

「しょーがねェな…今回だけだぞルフィ、ウタ?」

「ほんとか!?ありがとうシャンクス!!」

「良かったねルフィ!!」

顔を喜びに染める二人に釣られるようにシャンクスが笑みを浮かべる。

レッドフォース号は順調に目的地…エレジアに近づいていた。


〜〜


「君の歌はまさに宝だ!!いくらでもここにいてくれ、国をあげて歓迎する!!」

音楽の国エレジア。

その場で披露されたウタの実力は、国王ゴードンすら絶賛するほどのものだった。

ウタが現地の音楽の技術を学びながら島のあちこちを周る中、

ルフィはルゥを連れて別行動を取っていた。

「ルフィ、お前もウタと一緒に音楽の勉強でも聞いてみたらどうだ?少しは上手くなるだろ」

「うーん…それよりもっと島の冒険してェ!!」

そう言って走り出すルフィに大柄な体をなんとか走らせながらルゥが後を追う。

森を抜け、やがて二人がたどり着いたのは海沿いの草原だった。

ルゥに肩車されたルフィが、その景色に頬を紅潮させ目を輝かせる。

「すげー…おれ、ほんとにフーシャ村から海に出たんだな」

「こっそりな…あんまりこういうことはやめろよ?おれ達だから良かったけどよ」

「うん、分かった!…いつかおれも海賊になって、色んなところ冒険してェなァ…」

「なーに、お前なら凄い海賊になれるさ!」

二人が海に向かって笑う。

ウタのエレジア体験とルフィの海賊体験、それぞれの数日が過ぎ…やがて、その日の晩が来た。


〜〜


「…ウタのやつ、忙しいなァ…」

肉を頬張りながらルフィが呟く。

エレジアの城の塔での宴会に、ルフィも参加していた。

最初はどこかに行っていたシャンクスと、目を腫らしてその手に抱えられたウタが全員を集めて明日に出航することを伝えたところだった。

その後ゴードンが出発前のパーティーを開き、そしてエレジアの国民達がウタにぜひ歌ってほしいと代わる代わる楽譜を持って会場に来ていたのだった。

ゴードンの手で島中にウタの歌声が響き渡る中、パーティーは過ぎていった。

その会場の端で、更に盛り付けた肉をルフィは食べ続ける。

その隣には、視線の先で歌い続けるウタにと用意した料理が冷めて皿の上に乗っていた。

「…つまんねェの」

ウタは目の前でウタに夢中。

シャンクス達もウタに注目しながらゴードン達と乾杯を楽しんでいる。

子供のルフィは、今一人だった。

「…ウタの分食っちまお、また取ってくればいいし」

そう思ってルフィが隣に置いてある皿を見て…首を傾げた。

「…ん?こんな果物持ってきてたっけ?」

ルフィが手に取ったのは、丸々一つの大きな果実だった。

紫色に渦模様の入った、フーシャ村で見たこともない不思議な果実だった。

「…海の向こうにはこんなのもあるのかな…いただきまーす!…うっ」

特段気にせずそれを口に運び、次の瞬間顔をしかめる。

まずい、とにかくまずい。

吐き気すら感じるような酷い味の果実だ。

「なんだこれ……まじ」

言いながらも口につけてしまった以上と、ルフィがその果実を丸々一つ平らげた。

「うーん…ジュースとおかわり持ってこよ」

苦い顔のまま、ルフィが席を立つ。

その空いた椅子に、ゆっくりと影が忍び寄っていた。


「よいしょ…あれ?」

両手に食べ物と飲み物を持ってきたルフィが声を上げる。

先程まで自分の座っていた座席に、数枚の紙が置かれていた。

「なんだこの紙……楽譜か?」

見たところ五線譜と音符の書かれた楽譜だが、かなり古い紙に見えるそれをルフィが手に取る。

少し見てみたが作者の名前もわからない。

歌ってみようかとも思ったが、お世辞にも歌が上手くないルフィには少し難しすぎた。

「なんて読むんだろこれ…うーん……」

楽譜とにらめっこ状態だったルフィが顔を上げる。

視線の先では、少し落ち着いたのかハンカチをシャンクスから受け取りながら汗を拭くウタの姿があった。

「……今なら、ウタも暇かな…」

今、この楽譜を持っていけば、ウタも自分と話してくれるかもしれない。

ルフィが椅子から飛び降りて、ウタの元へと駆けていく。

「よし…おーいウタ!」

手を振りながら呼びかければ、ウタがルフィに振り返る。

「変な楽譜拾ったんだ、歌ってみてくれよ!」

「何ルフィ?…うわ、どっから持ってきたのこんな古いの」

「分かんねェ、すげェ古いけどお前これ歌えるか?」

ウタが受け取った楽譜を目で読み勧めていく。

「ほんとに古いねこれ…Tot musica…?」

「トット…なんだ?変な名前だな?」

お互いに片眉を上げる中、ウタが笑う。

「でも確かに面白そう…いいよ、歌ってあげる」

「ほんとか!」

「しょうがないんだから…たまにはルフィのりクエストも答えてあげなきゃね」

「やったー!」

はしゃぐルフィに気づいたのか、ウタのために飲み物を持ってきていたシャンクスや数名が二人を見る。


ゴードンもまた、歌い始めようとするウタを見て…その手の中にある、その楽譜を認識した。

「……ん…!?」

ゴードンがそれに気づいた直後、ウタの声が島に響き渡る。


『ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ』


その歌声が広場に響き…次の瞬間、赤い衝撃が走った。

「!?ルフィ!!」

シャンクスがその眼前にいたルフィに手を伸ばす。

ルフィの目に映った光景は、己の渡した楽譜からの闇に取り込まれるウタの姿だった。

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