『英雄達の哀歌』③
〜1年前 エレジア〜
その日、まだ二人が海兵だった頃。
ルフィとウタはエレジアでの海軍公式ライブのためにエレジアを訪れていた。
国王ゴードンの協力のもと、かつての事件の慰霊を兼ねたライブをウタが行い、その間ルフィ率いる部隊が島を護衛する…それがこの島でのライブだった。
しかもウタとルフィは、先日の"金獅子"の件で大きく英雄と取り上げられたこともあり、それまでよりも多くの音楽を愛する者たちがこの島に訪れていた。
そんな中で翌日のライブの準備が進む中、町でルフィがある泣いた子供を見かけたのがきっかけだった。
「お前、どうしたんだ?」
「ルフィ大佐、すみません…昨日この子が森の中で大事なお守りをなくしてしまったと…」
「なるほどなー…よし、おれが見つけてきてやるよ!いいよなウタ!」
「うーん…まぁ今日はあんたの手伝いなくても大丈夫かな…何かあったら電伝虫かけるから、すぐ戻ってね」
「おう!」
元気よく返事をしたルフィが森に手を伸ばし飛んでいくのを見送り、ウタは引き続き翌日のライブの準備を進めていった。
「……遅い」
昼前に飛び出したルフィを見送ってしばらく…既に空は緋色に染まりつつある。
足を鳴らしながら甲板に出たウタが小電伝虫を手にルフィへと連絡をかけようと外へ出た。
「……あ、ちょっとルフィ!!いつまで探してんの、そろそろ戻ってきなさい!!」
電伝虫が繋がった途端にウタが怒鳴りつける。
いつもなら真っ先に謝罪の言葉が来るだろう、そう思ったウタだったが…。
「………?ルフィ?」
『…あ、あァ、ごめん…すぐ戻るから待っててくれ』
「え…うん…分かった」
がちゃりと切られた電伝虫を手に乗せたまま、ウタは呆けていた。
「……?」
ルフィの様子がおかしい。なんとなくそんな気がする。
やがて、手に子供のお守りを持ったルフィが子供の頭を撫でているのが見えたが、やはりどこか雰囲気がおかしいとウタは感じた。
周りの部下達に聞いてみても気のせいではと言われてしまったし、
実際その日の夕食はいつもどおりの量を食べていた。
翌日のライブの護衛もしっかりしてくれていたし、
帰りの感想もいつもと遜色ないように思えた。
それでも、ウタにはどこか違和感が拭えなかった。
「ふむ…ルフィのやつ、何か悩んどるのか…しかしあのルフィがの…?」
帰還後にウタがガープに相談してみても、答えは得られなかった。
やはり肉親故かガープも違和感自体は感じたらしいが、それが何かは分からないらしい。
「…思い切って休暇でも取ってみたらどうじゃ?ルフィのやつも仕事では吐き出すもんも吐き出せまいじゃろう…まァ、あやつのことなら肉でも食えばなんとかなるやもしれんがな、ガッハッハッハ!!」
豪快な笑いに釣られてウタも笑ってしまうが、確かに良い手かもしれないと思ってしまった。
何か悩みがあるなら、ゆっくりと聞いていけばいい。
そう思いルフィと休暇の相談をし、無事に了承を得て…そして、選んだ休暇場所…シャボンディ諸島で、事件が起きた。
〜〜
そして時は戻り…現在。
背後で呆然と立ち尽くすルフィに、ウタがゆっくりと口を開く。
「…聞いてた……?」
「……っ…ああ…」
頷きを見たウタから、乾いた笑いが漏れる。
「…ハハ…私…私が…私が歌って」
「っ違ェ!お前は悪くねェ!」
ルフィが飛ぶようにウタの元に行き、その肩に手を置く。
「だって、私の能力でそれが現れたなら!私が歌わなければ…!」
「お前は悪くねェ!お前は悪くねェんだよ!…悪いのは…」
「……ルフィ…?」
自分の肩を抑えるその両手が体ごと少しずつ震えるのを感じながら、ウタがルフィを見る。
顔を伏せてしまったため表情を伺えないルフィが、やがて絞り出すように声を出した。
「……悪いのはっ…おれなんだよ…!!」
「……え…?」
〜〜
「ん〜…どこにあんだろな…」
あの日、ルフィは子供のお守りを探すために森の中を注意深く探していた。
昔から森の中での探し物もそれなりに慣れていた自分にとってはそれほど難しくない、昼過ぎには帰れるだろう、そう思っていた。
そんなときだった。
「お、あれか?…あー食うなお前!」
ルフィの視線の先には、お守りを口にする電伝虫の姿があった。
慌てて電伝虫を持ち上げて口のそれを取り上げる。
「お前これ食いもんじゃねェぞ?馬鹿だなー…あれ、これ映像入ってるやつか?」
海軍でも見たことのあるその電伝虫に、ルフィが興味を示す。
何かしらの映像が入っていると思われるそれに、俄然興味が湧いてくる。
「うーん…まだ時間あるし…見ちまうか!」
近くの大岩の前に伏せたルフィが、その電伝虫を再生する。
どんな映像があるのだろうと表情を好奇に輝かせるルフィの目に映ったのは…地獄絵図だった。
「え……シャンクス……?」
自分もよく知る、首にかけられた帽子のかつての主が…巨大な化け物と戦っている。
その間にも映像が続き、撮影者の言葉が響く。
『あの怪物…トットムジカが彼らの娘、ウタという少女を利用して取り込んだ!今この国は、あの魔王に滅ぼされようとしている!』
『私は見た!あの楽譜…封印されていたはずの楽譜を彼女が受け取るところも!それが歌われた瞬間も!』
『あれを…トットムジカを封じろ!あれは危険だ!あの歌は世界を…』
『ウター!!』
「え……あれ…おれ…?」
突如として映りこんだ幼き自分。
そちらに気を取られてる間に迫る岩と共に終わる映像。
「え…あれ、なんで、おれ─」
─トットムジカ─
『ほんとに古いねこれ…Tot musica…?』
─楽譜─
『なんだこの紙?…楽譜か?』
─楽譜を彼女が受け取るところも!─
『おーいウタ!変な楽譜拾ったんだ、歌ってみてくれよ!』
『何ルフィ?…うわ、どっから持ってきたのこんな古いの』
「───あ」
ルフィの脳裏に見たことのない…否、確かに見たことのある景色が映る。
それは確かに、自分自身の体験の一つ。
10年以上、己の記憶の中に封じられていた…
淡い、絶望の記憶だった。