『英雄達の哀歌』②
その後、二人はエレジアの城で手当てを受けることになった。
専門の医者によってルフィの傷に適切な処置がされる中、ウタも看護師によって手当とともに子供の容体を調べられる。
「…ひとまず、子供については大丈夫そうです…ちゃんと栄養を取って安静にしてもらえればいいのですが…」
「分かった、ありがとう」
看護師からの説明を聞いたゴードンが礼を伝えながらウタに近づく。
「ルフィ君の治療ももうすぐ終わるはずだ…気を楽にしてくれ」
「…ありがとうございます……ゴードンさん」
「いいんだ…今この島がこうして国であれてるのは、君達のおかげなのだから」
「……」
かつて海兵だったとき、二人は何度かこの島に訪れていた。
少しでもこの島の復興を手伝おうと、ルフィ達の護衛のもとウタがここでライブを行い、音楽を愛する者たちを集めながらこの収入をここに寄付していたのだ。
その活動もあって、かつての「事件」の生き残り達が少しずつ進めていた復興は加速し、エレジアはかつての姿をゆっかりとだが取り戻しつつあった。
「そんな…それに、元はと言えば…」
「それ以上は言わなくていい…いいんだ、君達が助けてくれたのだから、今度は我々が君達を助ける番だ」
ゴードンの優しい言葉に、ついウタも目頭を熱くしてしまう。
この島が滅んだのは、自分がこの島に「あの男達」を呼びよせてしまったからだとウタは思っていた。
あのとき、新聞に書かれていた事を理解したときの悔しさと怒りと、そして悲しみを忘れたことはない。
かつて父だった「あの男」が自分とルフィを利用して島に押し入り、自分達が眠っている間にこの島で略奪をし、国民の多くを殺したと言う罪悪感を贖罪するかのように、この島の復興に手を貸してきた。
その被害者であるはずの国王が、こうして優しく手を差し伸べてくれている。
これまでの逃避行で何度も騙されることがあったが、目の前の国王が心からこちらを守ろうとしていることは伝わってきた。
「…ありがとう…それでも、やっぱりこの国に迷惑はかけたくない」
「迷惑などと…」
「おっさん」
二人のもとに、治療を受けたルフィが歩んでいく。
「ルフィ…動いても大丈夫なの?」
「おう!」
「大丈夫じゃないんだがな…」
後ろの医師がため息混じりに呟くのも気にせず、ルフィがゴードンに向き合う。
「助けてくれてありがとう!少し食いもんとか分けてもらえるか?嵐が止んだら出るからよ!」
「ルフィ君、まだ傷が残っているんだ…無茶をするな」
「大丈夫だ…ウタも言ってたけど、この国に迷惑かけたくねェ…」
目尻を下げながらそう言うルフィに、ゴードンと医師が顔を合わせる。
「…子供のこともあるだろう」
子供、その言葉に、ルフィとウタが顔を合わせる。
確かに、そのことだけがずっと悩みだった。
「看護師の話では、現在3ヶ月程度と話していた…生まれるまで余談は許されないはずだ」
「…ああ」
3ヶ月前、逃亡の中で互いに存在を確かめるように誤ちを犯し…その一夜が今こうして二人に試練を与えている。
これから逃げ続けて無事にその時を迎えられるか、その時に対処できるのか…その答えは、二人共よく分かっていた。
「…分かった、ではこうしないか?」
ゴードンが二人の肩に手を添える。
「君達の上陸した森に、まだ形の残る廃墟がある…昔の民家だが、数年前にそこに拘っていた老夫婦が亡くなられてね…よかったら、そこに隠れてほしい」
城に匿われるのではなく廃墟ならば、表向き人目のつかぬとこに潜伏していたと言い訳がつく。
この国に直接の責任が行く可能性は確かに低い。
二人が顔を見合わせた。
「……いいの?」
「是非とどまってほしい…君達のためにも、その子のためにも…国民には私が森に不用意に入るなと伝えよう、きっと皆納得してくれる」
そう言うゴードンに、尚もルフィが何かを言おうとしたが…その前に、ウタが折れた。
「…分かった…その場所教えてくれる?」
「…ウタ…!?いいのか?」
「うん…確かに、この子のために少しでも体を休めたいし…それに」
ルフィのガーゼを貼られた顔に、ウタの手が伸びる。
「…ルフィにも、これ以上傷ついてほしくない」
「…ウタ……分かった」
不安げに瞳を揺らすウタに、ルフィも逆らう気になれない。
こうして、二人はエレジアの森の外れにあるその廃墟に身を置くことになった。
〜〜
二人が暮らすことになったその家は、確かに所々が朽ちてはいたがそれでも十分暮らせるだけの場所だった。
雨風を凌ぐ屋根も壁もあり、井戸も未だ残っている。
夫婦が住んでいたということで部屋も問題はなかった。
二人で雨漏りしそうな屋根を補強すれば、それまでの生活から考えられぬほど快適な空間だった。
そこに加え、ゴードンが手配してくれた食料や医療品のおかげで、二人の生活は久しぶりの安らぎを得ることになった。
そうして一週間後、怪我の治ったルフィが昼間に外出することが多くなった。
ウタが聞いてみたところ「獣でもいないか」や「船の様子を見る」など、様々な理由で数時間程度住処を空けては帰ってくる日々。
ウタもルフィを疑うわけではなかったが、その時のルフィに何故か違和感を拭えなかった。
「…ルフィ、何か悩んでる?」
「…?何でだ?」
夕食の場で、ウタがルフィに問いかける。
肉にかじりつきながら、ルフィが疑問の視線をウタに投げ返した。
「最近、ルフィが思い悩んでる気がしたから…何かあるなら、私でいいなら聞くけど」
「……大丈夫だ!何も隠してねェから、心配すんな!」
そう言ってルフィが笑顔を浮かべる。
それに笑みを返すウタだったが、やはり今見た笑顔に違和感を拭えなかった。
何かを隠している、ウタにはそう見えてしまった。
翌日、二人がこの島に来て2週間が立った。
その日、薪を集めると斧を担いでいつものように家を空けたルフィを見送り、ウタも家を出た。
ゴードンからの食料はしっかり送られていているが、ふと森の中で何か念のために蓄えを探そうと思ってのことだった。
ゆっくり森を注意深く見ては薬草やきのみを採取して回るウタの前に…ふと、それが目に入った。
「……あれって」
特徴的な形をしたそれを手に持つ。
「…やっぱり、電伝虫だ…」
映像記録電伝虫。
ウタも海軍で見慣れたそれが、目の前で草を食べていた。
「…どうしてこんなところに」
森での暮らしに慣れているのならば、この森で長いのだろうか。
「…何が入ってるのかな」
つい興味が湧いたウタは、それを家に持ち帰って見ようと抱えながら帰路についた。
やがて家につき、採取したものを分けたウタが電伝虫を壁に向ける。
「…さて…ルフィも戻ってないし、先見てみようかな」
もしかしたら、かつてのエレジアの音楽が入っているのかもしれない。
ほんの少しの好奇心と期待のまま再生を始めたウタが見たのは…炎だった。
「…え?」
『ゲホッ…撮影できているな…!!』
映像から音が、声が聞こえてくる。
燃え盛る炎に包まれる町の中、撮影者は電伝虫を手に走り続ける。
「…もしかしてこれ」
あの日…赤髪海賊団に国が襲われた日だろうかと、ウタが思ったとき、映像の視線が向きを変える。
「………え…?」
その映像に映ったのは、怪物だった。
帽子を被り、髑髏を漂わせる、腕が鍵盤の道化のような巨大なそれが赤い稲妻とともに街を破壊していく。
『くそっ…エレジアが…音楽の都が…!!』
悔しげに声を溢す撮影者の眼の前で、怪物に向かっていく人影が見える。
その姿を認識したウタが、目を見開いた。
「…え……シャン…クス……?」
この国を滅ぼした元凶にして、ウタの父だった男…海賊、赤髪のシャンクスが海賊に剣を振るっていた。
『これを見ている者、聞いてくれ!』
撮影者が電伝虫に声を残していく。
『今、彼らが赤髪海賊団があれと戦ってくれている!あれに囚われた彼らの娘を助けるために命懸けで向かってくれている!』
「…え」
囚われている?娘?それは…
『あの怪物…トットムジカが彼らの娘、ウタという少女を利用して取り込んだ!今この国は、あの魔王に滅ぼされようとしている!』
「……っ…!?」
ウタの中で、感情が混乱の渦をいくつも生み出し始める?
どういうことだ?あれが魔王?自分を利用?取り込む?
混乱するウタをよそに、映像は続く。
『私は見た!あの楽譜…封印されていたはずの楽譜を彼女が受け取るところも!それが歌われた瞬間も!』
息を荒らげながら、撮影者が…言葉を続けていく。
『あれを…トットムジカを封じろ!あれは危険だ!あの歌は世界を…』
『ウター!!』
突如、映像に別の声が混じる。
その聞き覚えのある声に、歌が目を見開く。
『おい待てルフィ!駄目だ!』
『戻ってきてくれウター!頼むー!』
『おい君、駄目だ戻れ!危ないぞ!』
『…っ!あんた、逃げろ!』
『!?しまっ…』
映像の端で駆け出す少年と、それを止めんと走る大柄の男。
少年を止めようとした撮影者の声に大柄の男…ルウが警告したとともに映像に巨大な影がかかり…映像は終わった。
「………」
ウタは、映像が終わった壁を見たまま動けなかった。
体を動かせず、そのばに座したまま何も出来なかった。
…扉を開けた状態のまま、後ろに立ち伏せる影にも、気づけなかった。
「……っ!?」
木がきしむ音で飛ぶようにウタが振り返る。
「………ウタ………」
「…ルフィ…」
映像から成長した声がウタの名を呼ぶ。
そこには、顔を青くしたルフィが立っていた。