『英雄達の哀歌』①

『英雄達の哀歌』①


一体何から逃げているのだろう。

かつての仲間だろうか。凶悪なならず者だろうか。天災だろうか。

悪意だろうか。国だろうか。世界だろうか。

…それとも、自分の罪なのだろうか。


ルフィとウタの乗る船は、"偉大なる航路"の嵐の中心で風に揺られていた。

止むことなく激しくなるばかりの雨風がルフィから体力を奪い続ける。

ボロボロの海兵服の下には、未だ痛々しく先日の海兵からの逃走の傷跡を隠すように包帯が巻かれていた。

「…っ…やべ…」

嫌な音を立てながら張られた帆に少しの亀裂が入る。

ウォーターセブンで譲ってもらえたとっておきの布も、幾度となく使い続けられれば綻びが出るのも当然だった。

「…ルフィ、大丈夫…!?やっぱり私も…」

「ウタは休んでろ!今は体冷やすな!」

船室から顔を覗かせるウタに雨にもかき消されぬような声で叫ぶ。

顔色の優れないウタが片手で抑えるその腹部には、何としても守らねばならぬ存在がいる。

「大丈夫…大丈夫だ……」

「……うん…あ、ルフィ!」

船室の扉を閉じようとしたウタが右前方を指差す。

「あっち、影が見えた!多分島がある!」

「…ほんとだ…よし…!!」

ルフィが片手で舵を握る。

不器用ながらも最低限のことは既に体が覚え始めていた。

帆が死なない程度に、なんとかそちらに進路を定めていく。

持てる限りの力と経験すべてを引き出し、ルフィとウタを乗せた船はその島へと進んでいった。


島には、遠目でわかるほどの巨骨があった。


〜〜


二人が上陸したのは、島の裏側の森近くの砂浜だった。

少し勢いを落とす嵐の中で船をなんとか砂浜に上げつつ島を見れば、いくつもの特徴的なオブジェが目に入る。

「…エレジア…」

音楽の国エレジア。

二人にとってもよく知った島の姿がそこにあった。

「…こんなところまで逃げてきたんだね…」

「……そうだな…ウタ、とりあえず船の中に入ろう」

「…うん」

そう言って船に戻ろうとしたとき、ウタが振り返る。

「…誰か来る」

「…ほんとだ」

二人の見聞色が、森の向こうから近づく気配を探知した。

この島には海軍基地はない。

そうなれば、民間人がここまで来ていたのだろうか。

それとも自分達と同じように島に流れてきたならず者だろうか。

相手を見極めんと構える二人の前に、森の奥から大柄の男が姿を見せた。

「…え…あっ!」

「ご…ゴードンさん…!?」

姿を見せた男は、エレジア国王ゴードンだった。

息を荒らげながら服の汚れも気にかけずにゴードンが二人を見る。

「ハァ…ハァ…やはり、君達だったか…城から船の影が見え、もしやと思って来たのだ……無事で良かった」

そう言って近づいてくるその男の手に、ついルフィがウタを庇うように立ち…自分の行いに気づいたのかすぐに力を抜いた。

「…わりィ、おっさん……」

「いや、いいんだ…ここまで大変だっただらう……安心してくれ、君達のことはこの国が必ず守る…!!」

「…ゴードンさん…」

力強く二人に添えられた手に、ウタが張った気が切れるように涙を流す。

ゴードンに案内されながら、二人は一度城へと足を運んでいった。



嵐の航海の疲れと拭いきれない安堵、そして子供のこと。

それらで心が満ちていたウタは、気づくことができなかった。

反対で同じくゴードンの手に背を押されるように歩むルフィの顔が、明らかに歪んでしまっていたことを。


この時、ルフィの抱えるものに気づけなかったことを、ウタは後に悔やむことになる。

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