英雄あるいは、死神
私は人々の健康と安全のために立ち上がった一ドクターに過ぎなかった。ライダーになったのも医療活動の為だ。他にやれる人間がいなかったからやっただけなのだ。
それなのにどうしてこんなことになってしまったのか。
ライダーになり、病魔を戦う日々が続いていく内に民間人や一部上層部の人間は私を英雄などと呼び始めた。
英雄だと!!! 随分と笑わせてくれる名称だ!!
だが私はそんな呼び方をされるような人間では断じてない。呼ばれる度に怒りで我を忘れて暴れ回ってしまいたくなるほどに…。
「ヒィッ!!! 逃げろォォ!!ついにここにも死神がやって来たァァ!!!」
呼称においては、人々よりも敵対する悪性バグスター達の方がセンスが良いらしい。それがまた腹正しい。
怒りは殺意に直結する。高まり続ける怒りは戦闘行為においてことの他有用だった。
「残念だったな。貴様はもうゲームセットだ」
さすまたを武器に変形させるのも手慣れた行為だ。それを相手の急所に叩き込む行為も。
〇
ライダーへ変身の際に使用するゲーマードライバーの副作用により若返っていく肉体。それに呼応するように精神も未熟だった時代に戻っていってしまった。
日に日に増していく怒りをコントロール出来ない。我慢ができない。
「これ以上苛つかせるなよ…!!!」
抑えきれない怒りが私を侵食し続ける。
加速度的に私が壊れていく。
それは私以外のライダーも同様だった。
同じく医師として立ち上がった鏡灰馬、医療機器メーカーに携わる技術者である宝生清長、ドライバーを開発した檀正宗。誰もが皆、精神の汚染により崩壊の一途を辿っていた。
誰が先に壊れてもおかしくはなかったが、その当時一番先に潰れてしまうのは私なのだろうと思っていた。怒りに飲まれ、他者を害する怪物のような私自身が限界を迎えるだろうと。
だが、私が完全に崩壊を迎える前に…清長が、壊れ息絶えた。
自ら悪性バグスターに特攻したのだ。
たった一人ではどうしようもないと分かっていたのなら──それは自殺行為と呼べる類だ。
無残な遺体となって帰ってきた清長を見た正宗は久しぶりに喜び以外の表情を見せた。底無しの悲しみを。
怒りに取り憑かれていた私も久しぶりに違う感情を感じた。悲しみと後悔。
それと────
「行かないで…日向先生…!」
「待って…待ってよ……恭太郎くん…!」
私は上からの命令を受け、単身悪疫ゲムデウスの討伐へ向かった。
全てのバグスターの根源的存在であるゲムデウスの存在を祭り上げる団体からゲムデウスの居場所が漏れた。根源存在を駆逐すれば、他のバグスター達も連鎖式に弱まるというのが上の見解だった。それを正宗にも灰馬にも告げずに、ただ討伐すると言った私は実に愚かしかっただろう。
今もあの時の正宗の哀れな声が脳裏に響く。
〇
スーツに包まれたら身体が軋む。全身の痛みが酷くもうどの部位の骨が折れているのか自身で判断がつかない。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッ゙!!! 避けンなァァァァ!!!」
死に瀕する激痛を凌駕する怒りが身体を突き動かしていた。
どれぐらいゲムデウスと戦ったのか分からないほど攻撃を繰り返している。時が止まったまま戦っているような感覚さえあった。
ドライバーの音声すらやけにゆっくりと鮮明に聞こえた。
『攻撃力増幅』
『vivere est militare』
怒りが加速する。敵対するゲムデウスしか目に入らない。ヤツを消さなければならない。悪疫を排除しなければならない。屠り、捻じ伏せてしまわねば。世の人々の安寧の為に。
正宗の願いのために。
「きえてくれ」
ヤツが放った光弾にまともにぶつかり、ヒビが入ったマスクの一部が破れる。
「貴様、人なのか?」
「…ア゙ァ?」
「……どうしてだ?」
話しかけられた。闘争の真っ只中に。
そんな極上の隙を、逃しはしない。
「これで……ゲームセットだァ…!!」
頭部に狙いを定め鎌を振り下ろした。
殺戮の一撃は、炸裂した。勢い余って他の部位も破壊の刃を向け、あらゆる部位をバラバラに砕き…。
まだ残っている頭部はそれでも話しかけてきた。
「どうしてだ?」
敵であるのに。悪疫の癖に。
無邪気な子供のように───
ゲムデウスは質問を続けた。
「質問にこたえてくれ」
「どうしてだ?」
「どうして怒りながら笑っている?」
そう言われ、私は漸く自らの口角が上がっていることに気付いた。
あの時の私は正宗の呼び止める声を聞いた瞬間に最悪な考えを抱いてしまった。
もしも、万が一、私がゲムデウスに敗れたら…
自殺特攻同然の行為を行ったあの男のようにあの人の心に残れるのではないかと。
宝生清長と同じように、深い深い傷跡に。
私は、あの時確かに、嫉妬したのだ。
「気になるな、お前。名前は何だ?」
「……日向恭太郎」
〇
「生きとし生ける盟友、おはよう。窓の外を見ろ。良き朝だぞ」
「ウオッッ!!?」
朝起きた瞬間、ゲムデウスと目が合った。心臓が凍り付くような衝撃を受けた。
「ほら、良い朝だぞ。最善最高の朝だ」
「私は目覚めから最悪なんだが……」
やれやれ。今頃コイツが来たことでゲンムコーポレーションでまた一騒動起きていないと良いのだが…。
「盟友、平気か? ついさっきまで魘されていたぞ。酷い夢とやらでも見たのか?」
「そうかもしれないな。今はもう夢の残滓すら残っていないが…」
何となく気分が悪いのはそのせいだろう。
さてはて。なんの夢をみていたのだろうか?