英寿ちゃんSS

英寿ちゃんSS


ため息をつきながら薄暗いコンクリート造りの廊下を歩く。サロンのすぐ外の廊下は、サロンの高級感から一転して無機質で冷たい。懐に忍ばせたブーストバックルにそっと指で触れる。

たまたま運がいいのか、それとも好かれているのか、二回も手に入れてしまった切り札。一回戦目ではサロンで出してしまったからか、ギーツ……浮世英寿に化かされて奪われた。

今度こそ、あの正しく女狐といった彼女には化かされないようにしないと。脳内でそう決心すると、廊下の柱の陰に何かが見えた。

長い、綺麗な黒い髪。

「なぁタイクーン、お前が持ってるんだろ? ブーストバックル」

女狐、浮世英寿が柱に寄りかかっていた。明らかに待ち伏せだ。ブーストバックルを持っているといつの間に気付かれたのだろうか。つい隠すように手を伸ばす。しまった、と思う頃には遅かった。

「やっぱり持ってたか」

また化かされたな、と彼女が口元をつり上げる。

ダメだ。化かされないぞと意気込めば意気込むほど迂闊な行動をとってしまう。せめて出来る限りの抵抗はしようと真っ直ぐに彼女を見据える。彼女は動じない。

「……持って、ますけど」

「じゃあ話は早いな」

彼女が歩み寄ってくる。何をされるんだ。ぐっと身構える。逃げ出すという選択肢は何故か頭に無かった。彼女が俺の腕を取って、そっと身体を寄せた。

「もう一度、貸してくれ」

ゆっくりと、俺のすぐ側で囁いた。

俺よりは少し低いけれど、彼女は普通の女の子よりも長身だ。だから、街中の人混みで女の子とすれ違う時なんかよりももっと顔が近い。妖しげな雰囲気のあるとても綺麗な顔が、しようと思えばすぐにでもキス出来てしまえそうなぐらいの距離で俺を見つめる。

女の子耐性の無い心臓がやかましく喚き始める。ふわりと落ち着きのある香りが鼻腔をくすぐった。ハニートラップだと頭では分かっていても、単純な身体はひとつひとつの刺激にいちいち反応してしまう。

でも俺はついさっき決心したのだ。化かされない、化かされないぞとどうにか冷静になる。

「いやです……!」

必死を顔を逸らして、様子を伺おうと目線だけを彼女に向けた。少し驚いたような顔をした後、すぐにいつもの自信ありげな表情に戻る。腕を離してくれる気配は無い。俺が拒否するのも読んでいたのだろうか。

「…………だめ?」

そう言って、俺の腕を引く。むに、と腕に何かが押し付けられる。デザイアグランプリの衣装の硬い生地越しでも分かるほどに柔らかい。胸元に目をやると、押し付けられた胸元の布地がやんわりと持ち上がっている。

思わず息を飲んだ。しばらく呆然とそこを見てしまったが、彼女の腕が懐を探ろうと触れたのに気付いた瞬間に正気に返る。

「〜〜〜ッッ、貸しません!」

彼女を強引に振り払って、歩いていた廊下を走って引き返す。追ってくる感じはしないが、息が荒れるほどに走る。まだ腕に柔らかい感触が残っている。

どこをどう走って、どんな扉を開けたのかも分からないが、落ち着いた頃には俺の部屋に辿り着いていた。目の前のベッドに倒れ込む。感触も、匂いも、全て鮮明に思い出せてしまう。

「っ、はぁ……何なんだよ、あの人……」

Report Page