苗字で呼ぶ関係

苗字で呼ぶ関係


【あまねとゆいの場合(オトナデパプリ時空)】


「ねえ、あまねちゃんって拓海のこと品田って呼ぶよね」

「ああ」

「なんで?」

「うーむ」


 なんでと訊かれても、品田と会話するようになったのはゆいたちよりもずっと後で、しかもその時は彼がブラックペッパーとも知らず単に“ゆいの幼馴染”という友達の友達みたいな距離感だったから苗字で呼んでいただけでそれがすっかり馴染んでしまって今更名前で呼んでしまったら、ちょっと、その……


 ……距離感を見失ってしまいそうで。


 なんてことを正直に言えるはずもないので、私は曖昧に、


「まぁ、昔からそう呼んでいて、それが馴染んでしまったからな」


 と本心は誤魔化してゆいに伝えた。


「ふーん」


 ゆいは少し目を上向けて思案顔になった。

 なんだ、何を考えている?

 もしかして勘ぐっているのか、私の内心を!?

 冷や汗をかきそうになった私に、ゆいは言った。


「ねえ、あまねちゃん」

「な、なんだ?」

「たまには、あたしも苗字で呼ばれたいな〜って♪」

「やだ」


 思わず本音が飛び出した。

 しまった、と苦々しい顔になった私を見ながら、彼女──


 ──品田ゆいは、くすくすと小さく笑っていた。


〜〜〜

【悟といろはの場合】


 それは、こむぎちゃんが学校に通うようになってしばらく経った頃のこと。


「ねえ、悟くんってさ」


 いつものように大福を連れて犬飼さんちのドッグランを訪れて、いつものように大福とこむぎちゃんが追いかけっこして遊んでいるのを、いつものように犬飼さんと二人ベンチで座って眺めていた時のこと。


「いつも苗字で呼んでるよね」

「へ?」

「みんなのこと。私のことも犬飼さんって」

「う、うん。まぁ、そうだね」


 何かおかしいことあるかな? 普通はそういうものだと思うけど。

 あ、でも犬飼さんはみんなのこと名前で呼ぶね。女子も男子も関係なく当たり前みたいに名前で呼びかけてる。

 もしかしてそれをちょっと気にかけている? 何しろクラス全員等しく名前で呼びかけてるの犬飼さんぐらいだし。

 でも僕は犬飼さんのそういうところ、とてもいいと思うな。きっとクラスメートのみんなもそう思ってる。

 最初はちょっとドキドキしたけど、でも彼女はそれがとても自然というふうに振る舞うし、みんなもそれが普通みたいに思えてきて……それに、ちょっと心地いいって、そんな雰囲気にもなってる気がする。

 それはきっと犬飼さんの善良で明るい人柄がみんなにも伝わっているからで──


「でも、こむぎのことはこむぎちゃんって呼ぶよね?」

「あ、そっちの理由?」

「そっち?」

「ごめんそっちは気にしないで。……えっとね、こむぎちゃんを名前呼びする理由は、こむぎちゃんは犬でも人の姿でもこむぎちゃんだし、学校では犬飼さんの従姉妹ってことになってるから苗字も同じだしね……」

「苗字が同じなら、私も名前で呼んじゃう?」

「そ、それはそうなんだけどね……急に変えるのは、ちょっと難しい…かな…あはは」

「ふーん」


 笑って誤魔化した僕から、犬飼さんは顔を背けた。

 しまった、ちょっと機嫌を損ねちゃったかな。

 でも機嫌損ねたってことは、名前で呼んで欲しいってこと?


 そ、それって、僕のこと……


 ……いやいや勘違いするな僕!

 犬飼さん自身が他人を名前呼びするのがデフォだから、それが普通ってだけだから、だから僕だけが特別扱いとかそんなんじゃないから!

 必死に自分を戒める僕の隣で、犬飼さんがポツリと呟いた。


「じゃあ同じ苗字になるまでお預けかな」


 それは本当に微かな声で、僕もはっきりとそう聞こえたわけじゃない。

 こっそり横目で犬飼さんの様子を伺うと、こむぎちゃんたちに顔を向けたまま、同じく横目で僕を見ていた彼女と目があった。


 その綺麗な瞳は、うっすらと笑っていた──


〜〜〜

【こむぎと大福の場合(大福の口調捏造)】


「ねえねえ大福、みょーじって何であるの?」


──マブダチの証みたいなもんだ。


「こむぎはいろはが大好きでマブダチだからみょーじがいっしょなんだね!」


──そうだな。


「ねえねえ大福、みょーじってもしかして、こむぎがおうちにいるから、“いぬかい”ってみょーじなのかな!? だってほら、まゆはユキのマブダチだから“ねこやしき”だし! ……あれ? でも大福と悟は“とやま”だね。うさぎじゃないね?」


──兎山の兎はうさぎという意味なんだ。


「うさぎやま!」


──最近しょっちゅうそう呼んで絡んでくる変な女が居たな……


「なんで“うさぎやま”なんだろうね? “うさぎかい”とか“うさぎやしき”じゃないんだろうね?」


──そんなのは知らん。悟のご先祖に訊いてくれ。


「ごせんぞ?」


──親の親のそのまた親だ。ずっと昔の人だ。


「むかしかぁ……あ、昔っていえばさ、学校でね、うさぎおいしいかのやま、って昔のお歌を歌ったんだよ! うさぎって美味しいんだね! そっか、だからうさぎやまなんだ!?」


──そんな物騒な理由は嫌だ。おいこっちみてヨダレ垂らすのやめろ。


〜〜〜


「見て見て悟くん、今日の追いかけっこはなんだか凄い迫力だよ」

「まさに、うさぎ追いしかの山(山で兎狩り)だね」

「兎って美味しいんだ?」

「今は廃れたけど、昔話とか民謡で頻繁に食材扱いされてるくらいには、まぁ……」

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