芽生えた気持ち

芽生えた気持ち


「うわぁ~……いいなぁ……この写真……」

 

トレーナーさんとお出かけに行った帰り道の途中、写真館に飾ってあったある写真に目を奪われた。

それは、白無垢を着た女のヒトが羽織袴を着ているパートナーと幸せそうに写っている写真で、見てるこっちも笑顔になる。

胸の中にポカポカする気持ちが出てくると同時に、少しだけ羨ましい気持ちも出てきてしまう。

………………。………………?羨ましい……?

あれ?何に羨ましいと思ってるんだろう?よく分からない気持ちが浮かんできながら、夢中で幸せの結晶をじっ……と、見つめていた。


「……サン」


あれ?何か聞こえるような?気のせいかな?

構わず見続ける。それでも何かは聞こえ続けてる……ような?


「キタサン、何を見てるんだ?」


「うひゃあ!?」


「うわぁ!?」


思った以上に近くで聞こえてきた声に驚き、尻尾がピン!と立ち上がってしまう。そして、あたしの尻尾に驚いたからか、声をかけたヒトも声を上げていた。

だ、誰が声をかけたの……?

騒ぐ胸を押さえて恐る恐る声の方を向くと、同じように胸に手を当てているトレーナーさんがそこにいた。そっか……あの声はトレーナーさんか……。良かった……。いや、良くないよ!トレーナーさん驚かせちゃった!

すぐにトレーナーさんに向き直って、深々と頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!近くで声をかけられたから……つい……」


「だ、大丈夫だ……。そ、そのくらい集中してたってことだからな……。こっちも近くで声をかけてごめんな……」


ふたりして謝りながら呼吸を整える。

すぅ~……はぁ~……すぅ~……はぁ~……

うん……落ち着いてきた……。


改めて、トレーナーさんを見てみる。あ、まだ呼吸整えてる……。まぁ、突然目の前に、尻尾が飛び込んできたらそうなるかも……。でも、ふふ……。

あまり見ないトレーナーさんの一面を見て、思わず笑みが溢れた。すると、呼吸が落ち着いた様子のトレーナーさんが、頭に?を浮かべながらこっちを見ている。


「やっと落ち着いたかも……。あれ?キタサン?どうして笑ってるんだ?」


「ふふ……なんでもないです!」


分かっていない様子のトレーナーさん。

えへへ……これはあたしだけの秘密と言うことにしよっと。

気づかれないように笑って誤魔化した。


「まぁ、それはいいか。それで、何を見てたんだ?」


「この写真を見てたんです!凄くいい写真なんです!」


写真に指を指して、トレーナーさんも一緒に見るように誘った。何で誘ったのかは……良いものを共有したいという気持ちと……それと……?う~ん……?なんだろう?よく分からないや。

とにかく、見てもらいたいのは確かだ。それ以外の気持ちは、今は置いておこう。そういう事にした。


「本当だ……いい写真だな……。幸せそうというか……」


分かってもらえますか!流石トレーナーさんです!

そう思って、バッとトレーナーさんの方を振り向いた。


「そうなんですよ!ふたりとも幸せそうで……。あたしも、こんな笑顔を皆に届けられるようになりたいと言うか……!」


拳を握って、あたしの気持ちをトレーナーさんに伝える。すると、トレーナーさんは目を丸くしたかと思うと、すぐに微笑ましそうな顔であたしを見つめていた。


「そうだよな……。こんな風に笑顔を皆に届けるのが君の夢だもんな……。キタサンらしいな」


ニコッと笑うその姿に、何故か胸が熱くなった。

何なんだろう?さっきから変な感じだな?

少し胸を押さえてみると、心音がいつもより何となく速い気がした。


「キタサン……?胸を押さえて何かあったのか……?」


「いえ!何でもないです!あたしはいつでも変わらず元気です!」


「そ、そうか……?君がそう言うなら信じるけど……」


怪しむような視線が少し痛いけど、トレーナーさんはあたしのことを信じてくれた。

ごめんなさいトレーナーさん……!でも、あたしにも説明できないからそういう事にしてください……!

心の中で謝ることしか、今のあたしには出来なかった。


ふたりで写真を見つめてから暫く経った時、何となくトレーナーさんが写真のどこを見てるのかが気になってしまった。

トレーナーさんにバレないように、チラリとトレーナーさんの視線を伺ってみる。視線の先は……羽織袴のヒトだった。

トレーナーさんは羽織袴に興味があるのかな?ちょっと聞いてみようかな。


「トレーナーさんって羽織袴を着てみたいんですか?」


「えっ?何で?」


「ずっと羽織袴のヒトを見てたから、そうかなと思いまして」


思ったことを口にすると、トレーナーさんは少しだけ考え込む様子を見せていた。その様子をじっ……と眺めて数秒。照れくさそうにトレーナーさんが笑っていた。


「まぁ……そうだな。あんまり着ることないし着てみたいとは思ってるよ」


「いいと思いますよ!トレーナーさんなら絶対似合いますよ!」


「そ、そうか……?そう言われると嬉しいけど……」


ほっぺたを掻きながら顔を赤くしているトレーナーさん。また違った一面が見れた。何故だがそれが、いつもよりずっとずっと嬉しかった。

羽織袴を着たトレーナーさん……きっとカッコいいんだろうな……。ピシッと決まった格好で……キリッとしてて……それで……。

浮かんできた想像が具体的になってきた。うん……やっぱり見てみたいな……羽織袴を着たトレーナーさん……。

そんな気持ちを伝えたくて、トレーナーさんに向き直った。


「いつか羽織袴を着た姿を、あたしに見せてくださいね!」


「ああ、もちろ……あれ?キタサンに見せる機会となると……どんな時になるんだ?」


トレーナーさんの疑問にハッする。

トレーナーさんがあたしに羽織袴見せる機会って……どんな時になるんだろう?

成人式……はトレーナーさん終わってるからないよね……。何よりあたしとトレーナーさん年齢違うし……。

いや、待って……?とんでもないことに気づいてしまった。見るタイミング……ある……。あるじゃん!この写真がその際たる例じゃん!

動揺する心。震える尻尾。揺れる足元。それら全てがあたしの頭の中をグルグルにしていた。


「そ、それは……け、結婚式ではないですかね……」


「この写真みたいにってことか。確かにそれが、一番可能性が高いかもな……」


納得した様子のトレーナーさん。だけど……あたしはそれどころではない。

そうだ……結婚だ……。トレーナーさんも結婚するはずだから、その時にこの格好するんだ……。この写真みたいに……!

で、でも相手は誰なの……?そ、そんなヒトいたっけ?聞いたことない……。い、いるのかな?いるかもな……。いたらどうしよう……。き、聞くの怖いけど……聞かなきゃ……。

でも、何があたしは怖いんだろう?分からない……分からないよ……。さっきまでと違って、不安だけが大きくなっていた。


「そ、それで……トレーナーさんには相手がいるんですか?」


「えっ……結婚する相手?というか恋人か……」


震える心を何とか抑えて聞いてみる。ど、どっちなの……?いたら悲しい……悲しい?何であたしは悲しいんだろうか?いないなら……嬉しいの?何で嬉しく感じちゃうの……?

分からないよぉ……うぅ……助けてダイヤちゃん……。

数秒?数分?それとも数時間?待つ時間が長く感じる。早く答えが聞きたいよぉ……。トレーナーさん教えて……!


「いないよ」


そっか……!いないんだ……!やった……!やった……?これを喜ぶのは違うんじゃないかな?本当にあたしどうしちゃったの?

回る頭の中に翻弄されて、感情がグチャグチャになってくる。


「そ、それなら結婚したいとかはあるんですか……?」


「一応はあるかな……」


ある……んだ……。そっか……そっかそっか……。

相手はいない……。けどしたい気持ちがある……。それなら……あたしだって……。それにあたしは……。だって、今ある気持ちも……。この写真……みたいに……。

グチャグチャの気持ちの中で何かが形になった。


「それなら……」


「うん……?」


すぅ……ふぅ……これ言うの結構勇気いる……。でも言わなきゃ……言わなきゃ……言わなきゃいけない……。

グルグル回る頭の中で、それだけはハッキリしていた。


「トレーナーさん……」


「キタサン……?どうしたんだ……雰囲気がおかしいぞ……?」


よし……!こういうのは勢いだ……!あたしはお祭りウマ娘キタサンブラック!拳に力を入れて……いけ!


「あたしが!りっこーほ!します!」


胸の鼓動は……思ったよりも落ち着いていて、あたし自身も何処か落ち着いていた。あはは……意外と何とかなるもんなんだね……。

頭が熱いのに見ないふりして、トレーナーさんを見つめ続けた。


「き、キタサン……?何言ったか分かってるのか……?」


あれ?トレーナーさんは何だか凄く焦っている。あはは……アワアワしていて何だか面白い。その顔もいいかも……。


「わかってますよ!りっこーほです!けっこんです!」


「顔が真っ赤に染まってるし、視線が泳ぎすぎて目が回りだしてる……。正気じゃなくなってる……」


トレーナーさんが何を言っているか、あんまりよく分からない。でもその声だけでなんだか嬉しい。

気づけば、トレーナーさんがゆっくりと近づいてきた。

な、何をするつもりなんだろう……!そっか!なるほど!返答してくれるんですね!……あはは、こたえがかえってくるんだ。それってどんなこたえなのかな……?熱くなっていた頭が一瞬冷えた気がした。

だ、大丈夫!大丈夫……。どんな答えでもあたしは……あたしは……。覚悟を決めなきゃ……。


「さぁこいです……」


「見たことないくらい震えてる……。でも、言わなきゃだよな……」


真剣な顔のトレーナーさん。その顔を見れて嬉しいはずなのに怖い……。どんな答えか分かってしまうからなのかな……。

違う……その答えなわけない……!違う……違う……!


「結婚の話は……うん。今は駄目って返すね。今の君は混乱してて、自分の気持ちが分からなくなってる。それに気の迷いって可能性もある。君に後悔だけはして欲しくない」


「そ、そんな……」


その言葉を聞いて、完全に頭の中が冷えていったのが自分の中で分かった。

分かってた。望み通りの答えなんて帰ってこないことは……。分かってたはずなんだ……。熱に浮かされて見ないふりしてた。それだけなんだ……。

こんなことなら、さっきみたいに訳が分からない状態でいたかった。それならこんなに悲しくないのに……。こんな気持ちなんてなければいいのに……。

そう思っても戻ることは出来ない。トレーナーさんを見ることが出来なくて俯いてしまう。


「だけどね」


「えっ?」


トレーナーさんの言葉で、顔を上げてもう一度トレーナーさんを見た。

いつもみたいに優しい瞳で、こちらを見てくれていた。痛かった心が少しだけ和らいだ気がした。


「もし、君のその気持ちが気の迷いでなかったのだとしたら大人になった時にもう一度言って欲しい。ちゃんと答えを出すから」


「やくそくですよ……」


「うん……約束」


お互いに小指を出して指切りをした。

深く……深く……指を結ぶ。今のこの気持ちが嘘ではありませんように。そんな願いをかけたくて強く結んだ。

グッと結んだ指を離す。本当は離したくはない。でも、離さなきゃ。大人になるために。もう一度答えを見つけるために。7


「約束……破っちゃ駄目ですからね」


「大丈夫。破ったら後が怖いし、それだけはしないよ。絶対しない」


笑いながらも真剣な顔でトレーナーさんはそう言ってくれた。

大丈夫です。あなたは破ることないって。あたしは分かってますから。

今はそれでいいんです。だから……。


「そうですよ、あたしは怒ったら怖いんですからね!」


そんな冗談を言った。これ以上この話を続けなくても大丈夫だって分かったから。

あたしの表情を見て、トレーナーさんは変わらずに笑ってくれた。


「結構暗くなってきたみたいだな……。もう帰ろうか……」


「そうですね……早く帰らなきゃですね……」


気づけば夕暮れに変わっていて、もう帰ったほうがいいと伝えているかのようだ。

そうだね……帰らなきゃいけないよね……。少し名残惜しい気がして中々前に進めない。

だから……。


「トレーナーさん……」


「どうしたんだ?」


「あたしもこの写真のヒトみたいな白無垢……似合うと思いますか……?」


真っ直ぐにトレーナーさんを見て、そんなことを聞いてみた。

これを聞いたら前に進める気がしたから。

トレーナーさんはあたしを見て、考え込む様子だ。どんな答えが出たとしても、それを聞ければ前に進める。どこか確信めいた実感があたしの中にあった。


「似合うと思うよ。大人になった君ならもっと似合うんじゃないかな」


そんな風に笑って言ってくれた。

そっか……うん……。それだけで今は十分です……。それだけで……胸が一杯になれました……。


「そうですか……。ありがとうございますトレーナーさん」


気持ちのままに言葉を伝えて、あたし自身も笑顔になれた。

ゆっくりと歩き出すトレーナーさんを追いかけようとして、もう一度だけあの写真を見る。

やっぱり幸せそうに輝いていて綺麗だった。

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