端切れ話(花冠のお祭り)

端切れ話(花冠のお祭り)


地球降下編

※リクエストSSです




 エランの故郷の村へ訪問してから暫くして、ゆっくりと南方面へと移動していた2人は、とある民宿に泊まっていた。

 この辺りは牧歌的で小さな農村が多く、いま宿泊している施設も元は民家を改築した温かみのある作りになっている。部屋数は少ないが手作りの食事が毎食付いたりなど、中々にサービスが行き届いているいい宿だった。

 スレッタなどはライブラリで見た妖精の出る家のようだと大はしゃぎで、すぐに出発するのを惜しがっていたほどだ。

 そんなスレッタの元に宿の女主人がとっておきの情報を持ってきたのは、つい先ほどの事だった。

 もうすぐ近隣の地域で一斉に行われる大規模な祭りがあるらしく、それには誰もが参加できるとわざわざ知らせに来てくれたのだ。

 もし参加するのなら、祭りで着る衣装も小道具も宿側で用意してくれるらしい。

至れり尽くせりだが、これには理由があると女主人は話してくれた。

 毎年この時期になるとお祭り目当てに人が集まって来るのだが…。近隣地域で一斉に行われる祭りの性質上、大きい町などに集中して人が取られてしまい、小さな農村ではあまり外部の人間が訪れてくれないらしい。

 村の人間だけで祭りをするのもいいが、せっかくなので外部の人にも参加して欲しい。ついでに宿のアピールにもなるからと、そう言って女主人は笑っていた。

「エランさん、お祭りって、何するんでしょうね。『花火』とか、『縁日』はありますか?」

「多分ないと思う。この時期の祭りなら夏至祭りになるから、みんなで踊りを踊ったり、歌を歌ったり、焚き火を飛び越えたりするくらいだろうね。…あぁ、やっぱりそうだ」

 端末で確認すると、思った通りの内容だった。

「焚き火を!?危なくないんですか!」

「よっぽど鈍い人でなければ大丈夫じゃないかな。火が大きくならないように調整されるだろうし」

「火を飛び越えると何かあるんですか?」

「運を呼び込むための儀式だね。夏至祭の焚火は神聖なもので、作物がよく実ったり、幸せな結婚生活が送れたり、とにかくいい事が起きやすくなると信じられているんだ」

「え、結婚…?」

「恋人同士で一緒に焚火を飛び越えると、すぐに結婚できるって話だよ」

 説明しながら何となく懐かしい気分になる。故郷の場所とは少し離れているが、きっと幼い頃の自分も似たような祭りに参加していたのだろう。

 エラン自身も、少し楽しみになっていた。


 その日は女主人にレクチャーを受けて、スレッタは色々と準備をしていたようだ。祭りの間は手作りの花冠を頭にかぶるのだと、嬉しそうに笑っていた。

 祭りの当日になると、エランとスレッタは昼寝をして体調を整えた。夜から次の日の明け方まで続く祭りは、長い時間と共に体力を使う。

 夜通し歌ったり踊ったり歓談したりと、寝ている暇がないのだ。もちろん休憩したり食事をしたりもするが、基本はずっと外にいることになる。

「エランさん、見てください。女将さんの若い頃の衣装を貸してもらいました」

 スレッタが嬉しそうに祭りの装いを見せてくれた。身にまとっているのはこの辺りの伝統的な衣装だ。

 白くゆったりした上着に所々赤い糸で花の刺繍がされ、赤いスカート部分には反対に白い糸でまた別の花の刺繍がされている。一生懸命スレッタが作っていた花冠も頭に添え、あとは祭りが始まるのを待つばかりだった。

「エランさんの分も作ったんです。よければどうぞ」

 そう言って差し出されたのは別の花冠だ。スレッタの花を零れんばかりに使った豪華な花冠とは違い、男が被ってもおかしくないように草や葉を中心に作られているシンプルなものだ。

「ありがとう」

 せっかく作ってくれたのだから、とエランは素直にそれを受け取った。頭にかぶる様子を見て、スレッタが嬉しそうに笑っている。

 旅の間、彼女の姿は基本的に隠されている。帽子で髪を隠し、厚着で体型を隠し、女性らしいラインが出ないように気を付けている。

 けれど今日ばかりは女性らしさを前面に出した姿を許した。大ぶりな花冠を支える頭は帽子ではなく彼女本来の赤色で、ゆるく三つ編みにして背に垂らしている。ところどころ髪の間にも花が差し込まれ、まるで物語から飛び出た妖精や精霊のようだった。

「エランさんが作ってくれた花冠も、一緒にかぶれたらよかったのに」

 スレッタが残念そうに言う。エランが作ったと言うと、故郷で手慰みに作ったシロツメクサの花冠だろう。

 スレッタの言葉は嬉しいが、あれは子供が作ったような拙い花冠だったし、今の綺麗な姿にはそぐわないだろうと思えた。そもそも作ったのは1週間近く前のことで、しかも最終的には川に流されてしまっていた。

 プラムの種を洗う時に下を向いていたスレッタの頭から滑り落ちてしまったのだ。彼女は悲しんでいたが、花冠が萎れてしまう様子を見るよりはよかったのではないかとエランは思っている。


 今回の花冠も最終的には川に流す事になる。心配になって聞いたところ、女将さんからレクチャーを受けているから大丈夫、分かっています。と力強い返事が返って来た。

 雑談しているうちに、だんだんと辺りが暗くなってくる。夏至なので日の入りは遅く、時刻的にはもう夜だ。

 そうして、祭りが始まった。

 初めて会うような人と輪になって踊り、一緒になって歌う。

 スレッタが楽しそうに笑っている。エランはそれを見るだけでも満足だった。

 やがて酒が入った人たちが人懐こく話しかけて来る。スレッタとエランはそれぞれの輪の中で交流を重ねた。

 ───同年代の少女や、年配の女性に囲まれている状態なら大丈夫だ。

 エランはスレッタの姿を遠くから眺めるだけに留めて、祭りの間はあまり干渉しないことにした。

 それでも時々は話しかける。焚火越えのイベントが始まった時などは女主人にスレッタの事を任せ、自分は手本となるように先に焚火を跳び越えて見せたりもした。

「1人で跳び越えちゃうなんて…!」

 と少し責めるように言われてしまい、誰か適当な人と一緒に跳んで見せた方が手本としてはよかったかな、と反省する出来事もあった。

 小さな失敗はあったが、概ね賑やかに楽しく過ごすことができたと思う。

 夜が深まるごとに、祭りは少しずつ熱気が薄れていき、穏やかで静謐な空気に満たされていく。遠くにある森の狭間から鳥の鳴き声が聞こえ始めた。

 見れば空の色も少しずつ薄く変化していっている。朝が来たのだ。

 一晩を外で過ごした奇妙な連帯感をみんなで持ちつつ、朝まで残った祭りの参加者が最後の仕上げとばかりに川へと移動していく。周囲はまだ薄暗く、すべてのものが薄青色に染まっていた。

 そうして小さな桟橋の上から、一晩中かぶっていた花冠を思い思いに投げ込んでいった。

 友人と一緒に、家族と一緒に。スレッタも女主人に誘われて、自身の髪を彩っていた花冠を恐る恐る川に投げ入れていた。

 川の流れに乗りながら、色とりどりの花冠がゆっくりと遠ざかっていく。けれど投げ入れた場所が悪かったのか、スレッタの花冠だけが水際に生えた草に捕まってしまった。

「流れない、どうしよう…」

 不安そうな呟きを聞き、すぐにエランもスレッタと同じ場所に、同じくらいの強さで花冠を放った。

 エランの放った花冠は川に流されながら、狙い通りにスレッタの花冠へと近づいて行く。

 彼女の花冠に使われている大ぶりな花に、エランの花冠の細かく飛び出た葉の部分が引っかかる。そのまま川の流れの助けも借りて、エランの花冠は草の牢からスレッタの花冠を助け出すことに成功した。

 しばらくその場に留まっていた2人の花冠は、まるで1つの塊になったように、ぴったりと寄り添いながら川を流れ始めた。

「よかった、上手くいって」

 ほっと息をつきながらスレッタのそばに立つと、彼女は潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

「流れました…」

「うん、ちょっとした賭けだったけど」

「2つで一緒に…」

「仲良く流れて行ったね」

 エランの言葉にゆっくりと答えるように、スレッタがはにかんだ笑みを浮かべた。朝日に照らされたその顔は、妖精などではなく、等身大の生身の女の子の笑顔だ。

 辺りを見回すと、もうすっかり朝の景色になっている。撤収し始めている参加者の姿を眺めながら、何となくエランは惜しい気持ちになっていた。

「エランさん、女将さんに教えてもらったんですけど…」

 するとスレッタが遠慮がちに、朝露を集めたいとお願いをしてきた。

 夏至祭の日の朝露は、体につけると健康が、顔につけると美が手に入ると言われている。せっかくなので、体験したいのだろう。

「分かった。護衛の役目は任せて」

 エランは頷いて、彼女の願いを叶えることにした。


 森の中に2人で入る。この辺りは村人もよく来るのか、綺麗に手入れされている。

 スレッタは葉の上に溜まっている朝露を見つけると、葉を傾けて手のひらに集め、体や顔に丁寧につけていった。

 目の端に、頬に、唇に。…まるで化粧のように。

 期待に胸を弾ませているのか、朝露をつけるごとに血色がよくなり、彼女の姿が薄紅色に彩られていく。

 そして時折、どうですか、と言うように、ジッとこちらを見つめてきた。

 青く碧い瞳が、キラキラと光を放つ。海のような、森のような、地球そのもののような綺麗な瞳だ。

 何となく、本当に何となくだが。先ほどの惜しい気持ちが強くなっているような気がした。

 スレッタも楽しそうだ。…なら、もう少しだけならば、いいだろう。

 エランは2人だけの夏至祭を続けることにした。


 森の中で寄り添う2人の姿は、まるで共に流れた2つの花冠のようだった。







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