色褪せたポスター
キタカミの里にある唯一のバス停、そこに一匹のオオタチがいた。そのオオタチは世にも珍しいグレーの体色をしていたが、人もバスも滅多に来ないこのバス停では騒ぐような人間もおらず、オオタチはのんびりと寛いでいた。
ふと風が吹くと、バス停のベンチに貼られていた一枚のポスターが剥がれてオオタチの前に落ちてくる。
『この子を探しています――年〇月×日午前6時頃、外出してからの消息が不明です』
風雨に晒され色褪せたポスターに載っているのはそんな文言と、それに前髪の長いおとなしそうな男の子の写真である。しかし野生で生きるオオタチにはその文章は理解できず、写真に写る男の子にほんのわずかな引っ掛かりを感じるもそれが何なのか分からない。
野生であるオオタチにとってこんな紙切れは何の足しにもならないはずであるが、しかしなぜか気になったのかオオタチはそれを咥え、スイリョクタウンのとある場所へと向かうのだった。
「タチッ、タチ!」
「ああ、貴方また来たのねぇ」
スイリョクタウンにある一軒家の前でオオタチが鳴けば、中から柔和そうな老婆が現れる。老婆の方もオオタチが来るのを見越していたようで、その手にはきのみが盛られた皿があった。
「いっぱい食べてね、オオタチちゃん」
「タッチ!」
オオタチはすぐさまきのみの方に飛びつくが、その拍子に咥えていた紙切れが老婆の方へと風に吹かれていく。思わず手に取ってその中身を見た瞬間、老婆は庭に蹲ってしまった。嗚咽を漏らす老婆の顔を心配そうにオオタチが覗く。
「タチ……」
「ごめんねオオタチちゃん。少し休めば大丈夫だから……」
その時、家の中から老人が出てきて、蹲る老婆……彼の妻と、よく遊びに来るオオタチを視界に入れた。
「どうしたんだ!……これは……」
「オオタチちゃんが持ってきたのよ……」
老人もまた、オオタチが持ってきた紙切れを見て絶句する。そこに載っているのは数年前に行方不明になった男の子の情報を求める内容で――彼らが孫の行方を捜すため、藁にも縋る思いで作って村中に貼り回ったポスターであったからだ。
彼らの孫であるスグリは数年前、忽然といなくなってしまった。村人総出でキタカミ中を探し回るも遺体どころか痕跡すら終ぞ見つけられず、調査は打ち切られてスグリは公的に死亡したと判断された。
そしてちょうどその頃、打ちひしがれていた祖父母の元にやって来たのがグレーのオオタチであった。野生の割に人懐っこいそのオオタチの姿を見て……いなくなった孫もかつてオオタチを手持ちにしていたのを思い出した祖父母は何かの縁だろうかと、孫を亡くした寂しさを埋めるようにそのオオタチの世話を焼くようになっていた。
「そうか、もうこんなにも経っていたんだな……」
「貴方ならきっと、スグちゃんとも仲良くなれてたわねぇ……」
不意に掘り起こされた孫の縁に悲嘆に暮れる老人と老婆を、オオタチはただキョトンとした顔で見つめるのだった。