良縁

良縁

玉髄

(クソッ…ボクじゃ避けるのが精一杯…こいつらの動きを分析しているヒマがない!)


 マヌルは森の中でピンチを迎えていた。坑道で一悶着があり、カルセドを里まで連れて帰る道中で敵の策略によりシャドウフォックスというモンスター2体と戦闘することになったのだ。

 カルセドは半身が鉱石化しているせいで戦闘に参加できなかった。


(アナリシス…!見えてきた……戦えないからって俺を放置したのは高く付くぜ…!!)


 カルセドは戦闘できないことを悟られて半ば放置されていたが、彼の職業は戦術軍師である。序盤は領域をバレないように展開するためにサポートできなかったが、一旦完成してしまえばこの戦場は彼の手のひらの上である。


「マヌル!剣の攻撃は服の上から受け止めろ!」

「!?」


 カルセドの突然の指示に困惑するが、迷っている場合ではないため彼を信じて防御態勢を取る。シャドウフォックスの剣がマヌルの左腕にスイングされるが、服を破ることは叶わず逆に弾き返された。


「!」「!?」「!?」


 そしてマヌルの回避した先にメイスを先に振りかざしていたもう1体の攻撃も盛大に空振る。


「そんな…この服の防御力は大した事ないはずなのに…」

「俺の計略の効果だ、もうそいつの剣はお前の脅威にならない……逆にメイスの直撃だけは絶対に避けろ!」


 カルセドはステータスUPの領域を守備力に偏重させて発動したのだ。彼のアナリシスによって剣を持った個体は攻撃力が低く、余程急所に当てない限りは牽制程度のダメージしか望めない程度であった。


(恐らくは若い個体だ、俺を放置してるんじゃなくて俺に構ってる余裕が無いんだ)


 これがもし2体とも成熟したシャドウフォックスであればマヌル程度は連携などせず手数で押し切られたはずである。


(ありがとうございますカルセドさん…これなら落ち着いて動きを見極められる!)


 剣の個体は焦って乱打するが、強化されたマヌルと服の守備力の合計は剣の攻撃力を遥かに上回っており効果がなく、その乱れをメイス個体がフォローしなくてはならないため連携は完全に崩れていた。


(だが……これでは勝てない)

(ここからどうしたらいいんだ!)


 二人の危惧は一致していた。確かに数的不利はいくらか解消されたものの、経験が浅く針しか攻撃手段を持たないマヌルでは攻め手に欠けるのは確かであった。現在は膠着状態ではあるが、ジリジリとマヌルの限界は近づいている。


(なにか…なにか方法があるはずだ!)


 カルセドが思考を巡らせるが、どうしても手札が足りていない。せめてもう1人いればなどと無駄な考えすら浮かんでくる始末であった……その時。


(あっ…) (マズイっ!)


 剣撃に対してマヌルの反応が遅れ、メイスの個体が完璧なタイミングでその隙を付いてきたのだ。もう回避する術はなく、マヌルが死を予感した瞬間。


「グギャァァァァ」


 突然のメイス個体が苦悶の声を上げて倒れ込む。その目にはナイフが突き刺さっていた。それはカルセドによるものであった。その痛みと怒りに震え、メイス個体がカルセドの下へ駆け出す。


「カルセドさん!」

「バカ!止まるな!マヌル!」


 しかし、その隙を見逃すほどシャドウフォックスも愚かではない。剣の個体がその武器を捨て、マヌルを抑えつけたのだ。


「クソッ離せよ!」

(ここまでか……)


 彼が目を閉じた瞬間、その姿が消え失せた。


「!?」


 メイス個体は突然の現象に急停止し、辺りを見回す……が、カルセドの気配は一切掴むことができない。


「………ググッ」


「……?」


「ゲゲゲゲゲゲゲゲ」

「ゲーッゲッゲゲゲゲ」


 突然二匹が声を上げた。仲間を呼んだのかと思ったが違う……これはもっと違うものであった。


「っ!違う!そんなんじゃない!」

「ゲゲゲゲゲゲ」

「違う!笑うな!違う!」


 そう、二匹はカルセドに見捨てられたマヌルの哀れさに大笑いしていたのだ。しょせんは人間族の絆などそんなものだと言わんばかりに爆笑している。


(違う…違う…!)


 マヌルはカルセドを信じている。しかし彼のこれまでの経験がフラッシュバックし、心の何処かでは不安な気持ちが鎌首をもたげていた。

 その様子を可笑しく思いながらメイス個体がゆっくりと振りかぶる、哀れな獲物にトドメを刺す時間であった。


「畜生ーー!!」


 マヌルが絶叫した瞬間。ポーン、とマヌルの手元から音が響いた…そして


「ギャアアアアアア」


 再びメイス個体が絶叫する。目に刺さったままのナイフが思い切り引き抜かれたのだ。


「!?!?」


 動揺する剣個体の隙を付いてマヌルは拘束から脱する。苦しむシャドウフォックスの傍ら、そこには紛れもなくクオンツ族が立っていた。


「カルセ…」

「早くパーティ申請を受けやがれ、俺が計略の効果を受けられないだろ」

「き…君は…!」


 そこにいたのはカルセドではなく、人間嫌いのオニキスであった。そして彼の言葉にマヌルは手元を見やる、そこにはオニキスからのパーティ参加申請が送られていた。即座に応ずる。


「あ、ありがとう…」

「バカ、変な気を回すんじゃねぇよ、俺は兄貴を助けたかっただけだ」


 そう言いながらもマヌルに背中を任せる。カルセドが消えたのは彼の幻惑蝶の効果であったのたま。

 先程は動転して気づかなかったが、体に迸る計略の効果がカルセドが見守ってくれていることを伝えてくれていた。


「よし、やるぞ、ニンゲン」

「うん、今度こそ迷わない」


 メイス個体が傷ついたことで剣個体はレベルを上げていた。どうやら仲間の傷を怒りに変えて能力を上げる生態らしい。守備力に偏っていた計略がバランス型になったことからも、もう受けが通用する相手では無いことが分かった。


「でも……負ける気がしない…僕はもう1人じゃないんだ!」


 マヌルは迷わず剣個体に駆け寄る。2匹のレベルが並んだ以上、ほとんどダメージを負っていない剣個体を自分が引き受けるためだ。


「ニンゲン!こっちはさっさと終わらせる!それまで時間を稼げ!」


 そういうとオニキスの服の下から巨大な針を持つ蜂が飛び出し、メイス個体に攻撃を仕掛けた。


「行けっ!針々(シンシン)バチ!」


 この蜂は毒を持たない代わりにその強固な針でキツい肉体的なダメージを与えてくる虫であった。そして計略の効果が乗ることでさながら鋭いナイフのような威力を発揮していた。


「グゲーーー!」


 メイス個体のピンチに剣個体が援護に走ろうとするが、マヌルの連続攻撃に阻まれる。それに怒り剣によるラッシュを加えるが、マヌルは驚くほどの精度でそれを回避し、隙を見てカウンターを決めていく。


(見える……!)


 マヌルの極限にまで研ぎ澄まされた集中力と仲間を得たことによる高揚感で、"推閃思考"と呼ばれる超感覚……ゾーンの一種を開眼していた。


「やるじゃねぇかニンゲン……!こっちも大詰めだ!」


 オニキスが先程引き抜いたカルセドのナイフをメイス個体の胸に突き刺す。それはトドメとして充分でパァァと光になってシャドウフォックスは消えていった。


(よし…!)


「さぁ!針々バチ達!あっちも同じくやっちまえ!」


 マヌルは巻き込まれないように退避し、蜂の群れが残された剣の個体に殺到する。しかし相手は回避する様子も見せずにオニキスに突っ込んできた。


「あ……?」


 仲間が死んだことでシャドウフォックスは最大限にステータスが高まり、もはや蜂程度の攻撃ではダメージが入らなくなっていた。


「っ!やめろーーーーーっ!」


 マヌルも急いで駆け出すが出遅れた以上追いつけるはずもなかった…が、その絶大な集中力は1つの現象を引き起こす。

 カルセドやオニキスの動きを参考に"推閃思考"の能力によってゴシン術の移動技1つ、"雷迅"を発動させ、寸でのところで助け出すことに成功した。


「良かった…」


 そういうとマヌルのゾーンは終了する。急激な負荷に体がついて行けなかったのだ。


「クソッ俺がニンゲンに助けられるなんて…!」


 シャドウフォックスは二人に向き直り、改めて狙いを定める。


「どうすりゃいい…」


 と思っていると、マヌルがオニキスに耳打ちをした。ゾーンの中で最後に見たものを伝え、限界を超えたマヌルは完全に意識を手放した。


「……なるほどな、お前の作戦に乗ってやるぜ"マヌル"」


 そういうとオニキスはマヌルを背負ったまま立ち位置を調節する。怒りで思考力が落ちているシャドウフォックスは愚直にそちらの方向へ向き直り、狙いを定める。


(……来い!)


 シャドウフォックスが駆け出し、オニキスを仕留めんとその腕を振りかぶった。


「頼んだぜ!兄貴!!」


 オニキスが叫びながら横っ飛びにジャンプする。その瞬間シャドウフォックスの頬に強烈な一撃が加えられ、一瞬にしてパァァと光となって消え去った。


「悪いな、俺がトドメを貰っちまって」

「へっ、礼ならこのニンゲンに言えよな」


 そう、マヌルの作戦とはシャドウフォックスを隠していたカルセドの正面に誘い出し、硬化したその拳で仕留めるというものであった。攻撃力に偏重させた計略と、完全硬化した拳は予想通りシャドウフォックスを一撃で撃破する威力を発揮したのだ。


「さぁ、里までもう少しだ…オニキス、マヌルを頼むぞ」

「……今日だけだぜ、俺がニンゲンを背負うのなんてよ」


 そうして3つの影がその場から立ち去ったあと……。


「まさか生き残るとはな、もう一匹居たのは誤算だったか」


 帝国の隠密兵、このシャドウフォックスとの戦闘を誘発した張本人が現れた。


「ふむ、この鉱石は間違いない……大将に伝えねば」


 最後の一撃で僅かに飛び散ったカルセドの鉱石を懐にしまい、追跡を部下に任せて帝国に帰還する。クオンツの里に危機が迫っていることを3人はまだ知る由もなかった……。

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