船出編

船出編


 勉強会の次の日、マキノの酒場に集う四人はそれぞれ違う面持ちだった。

「……人体ってワンダーランド」

 昨日のルフィとの様子を思い返し、顔を覆っているウタ。

「なァベック……俺もちょっと煽ったりしたけど……なんか寂しい」

 愛娘が早くも女となったことに一抹の寂しさを感じならがも、妙にやつれた顔で佇むシャンクス。

「80点ってところね」

 シャンクスとは対照的にツヤツヤと良い色艶の肌で語るのはマキノ。その点数はいったいナニに対してなのか。

「ウタ……なんかいつもより可愛かったなー。それにしても、アレでほんとに脇から生まれんのかな……?」

 その場にいる最後の一人であるルフィは昨日のウタの様子を思い返しご機嫌だったが、祖父から教わった事については思うところもあるようで。

「はい! それじゃあウタちゃんとルフィの勝負の事だけれど……」

 手を叩き注目を集め、マキノがこの集会の目的を離す。

「ルフィが言ったやり方は……きき、きのうやったから! つぎ、次は私のやりかた!!」

 はいはーい! と元気よく手を上げて次は自分の番というウタであったが、昨日の事を思い出した瞬間に思いっきり動揺していた。彼女にとってはなかなかどうして、大きな衝撃であったようだ。

 それを受けてルフィが疑問を呈する。

「えーっと……男の人が女の人に……なんだっけ? あとおれじゃその二つよういできねえぞ?」

「男の人が女の人にパンを食べさせてぶどうジュース飲ませてあげる、ね。用意は私がするけど、ルフィがやってあげれば問題ないんじゃないかしら?」

「お、それでいいのか? それでいいならさっそくやるぞウタ!」

「え? んー……たぶん、だいじょうぶじゃないかな……?」

 昨日の勉強会とは違い、飲食物を渡すだけなのでとんとん拍子に話が進んでいく。

「……このやりとりだけなら、普通に微笑ましいんだけどなあ……」

 グビリ、と水を飲みながら遠い目をして呟くシャンクス。今日は休肝日……いや、とにかく体を休めたかった。過酷な航海をしたときよりも、どんな敵を相手にした時よりも体が重い。

 そんなぼーっとしたシャンクスが見守る中、今日のウタ式子供の作り方が実践されていく。

「はい、ルフィ。これをウタちゃんにね」

「ありがとうマキノ! ウタ、ほら!」

 マキノからお盆を受け取り、そのままウタへもっていくルフィ。ちょっと危なげな足取りだったが落とすことなくウタの元へもっていく。。

 そんなルフィの様子にウタがニコニコとしているのは、自分のやり方で勝負しているからだけではないだろう。

「ふふ、ありがとルフィ。それじゃあ……あーん」

「お、おう……? 食べづらかったらいってくれよな……」

 男が女に食べさせる、ということは当然こういうことである。目を瞑り口を開けてパンを待つウタにドキリと胸が高鳴る事を不思議に思いつつも、ウタの口元にパンを運んでいく。

 ふかふかもちもちのパンがモニュッとウタの唇を押しのけ口内に侵入する。

「はもっ……むがむが……もぐっ……んぐ……んっんん……」

 口いっぱいに収まるソレを食み、ちぎり、咀嚼して飲み込む。ルフィがウタを苦しくさせないようおっかなびっくりのため、息苦しかったり咽たりすることは無く順調に食べ進めていき――。

「はむ……ん……れぅ……」

「ちょ、ウタ……!?」

 最後のひとかけら、小さく残ったソレを食べる時に勢いそのままにルフィの指を舐め、軽く甘噛みするウタ。パンを食べさせるだけだと思っていたルフィは当然驚き、引いたその手にはウタの涎が橋をかけていた。

「んひひ……ルフィ、美味しかったよ♪」

「お、お……おう。……つ、つぎはジュースな……」

 昨日の一幕で見せたような色っぽい表情。それは一瞬だけれどもルフィはしっかりと目撃してしまい、さらにドキドキが激しくなる。その動揺を必死に押し隠し、ジュースをウタにあげるルフィ。

 マキノが気を利かせて飲みやすい形状のグラスにしてはいるが、傾け方を間違えればウタがジュースまみれになってしまうので、先程よりもより慎重に行動する。

「ちょ、ちょっとずついくからな……」

「うん、ありがと……ん……んっ……んぐっ……んっ……ぷぁ……」

「あらあら、ルフィったら……♪」

 グラスの傾きに合わせて頭をそらすウタが倒れないようにそっと背中を支える、ウタはルフィを信頼してか完全に背中を預けている。目を瞑ってルフィからのぶどうジュースを飲んでいるその顔からは安心しきっている様子も感じられた。

 その様子に満面の笑みでサムズアップするマキノは今日も元気だ。 そんなマキノにシャンクスが声をかける。

「すまんなマキノさん。パンとジュースの分の代金もきっちり払わせてもらうよ」

「いえいえ、いいんですよ。二人の微笑ましい光景見られてますから。……まあ、どうしても、というのなら船長さんにお支払いしてもらうのもいいかもですねっ」

「だ、代金の支払いだけだっ……ですよね? はは、あははははは」

「ええ、し・は・ら・い、ですね。ふふ、うふふふふふ」

 笑い合うマキノとシャンクスだが、微笑ましいようで微笑ましくない空気を醸し出していた。

「ルフィが食べさせてくれるのなんだか楽しかったー! 明日も続けるからね!」

「お、おう……おれも、ちょっとなんか、楽しかったしよ! 明日もまたやろうな!」

 えへへ……。へへへ……。と、照れが混じった小さな笑いを交わすウタとルフィ。

 子供らしいほのぼのとした、それでいて甘酸っぱいような空気感。大人二人にも見習ってほしいものである。

 そうして日が経ち、ウタは悩んでいた。

 ここ三日ほどルフィからパンとぶどうジュースをもらっているが、一向に赤ちゃんができる気配がないのだ。なにより、味に飽きが来る。

 そろそろ別の食事もしたいが、ここでやめたら引き分け……最悪負けで連勝ストップである。

「んぁ~……明日もまたパンとぶどうジュースかぁ~……マキノさんが用意してくれてるから、不味くはないんだけれどなあ……たまにはちがうのたべた~い~……!!」

 就寝前、自室のベッドでバタバタともがくウタ。食事の彩が欠けてしまっているのは致命的だが、勝負を投げ出したくもないのでどうにもならない。

「はあ……まあ、いいや寝よ……」

 そうして悩みを抱えたまま眠りにつくウタだったが、次の日起きたときに二重の意味で喜ぶことになった。

「やった! なんかちょっとお腹がぽっこりしてる! これは、私の方法が正しかったってことよね。はやく行って、ルフィに知らせなきゃ!」

 思い立ったら即行動。寝起きとは思えない速度で身だしなみを整え、シャンクスに声をかけて船を飛び出していく。

「ウタ、おはよ……なんだ、今日は随分とはりきってんなあ……」

「みたいだな……お頭、今日は俺も一緒に酒場に行くよ。一応な」

 寝起きでぼーっとした頭でウタを見送るシャンクスも顔を洗いに行く。愛娘を待たせたとなっては父親の名折れだ。

 そうして船医であるホンゴウもついてくることとなり村へと向かうのだった。

「ルフィ、来たわね! 今日こそ私のやり方が正しかったって証明できるわよ!!」

 自信満々に勝利宣言するウタだが、悲しいかなその方法は間違っているのだ。そんなウタにルフィは残酷な真実を告げる。

「本当か~? 食べ過ぎで太っただけなんじゃねぇかー? ちょっと見せてくれよ!」

「っ!? ふと、太った!? ちょ、ルフィー! アンタ女の子に向かってねえ……! それに見せろって……バカッ! エッチ! ヘンタイ!」

 ただの子供の喧嘩である。

 そんな二人をよそにホンゴウが冷静に告げ、これまたいつのまにか居た村長も今さらながらにツッコミをいれる。

「ああ……なあウタ。普段の診察の結果も合わせるとな……本当に太ってるだけだ」

「それに、大体お前たちの年できるわけないじゃろうが。もっと大人になってからやるんじゃな。……あァ、マキノには気を付けてな」

 今のウタとルフィの年齢でできないわけではないということを医者のホンゴウは知ってるが、事態をややこしくすそれをあえて今言う必要もないと口をつぐむ。

「そん……なぁ……」

「ウタ……」

 太った。いつの時代も女性を悩ませ、悲しませる残酷な現象。

 その事実を突きつけられ、絶望して膝から崩れ落ち顔を覆って床にへたり込むウタ。妙に演技派だ。

 そんな悲しむ彼女をいたたまれず見守るルフィ。

「まだまだ! 子供ができるまで勝負は続けるからね!!」

 そうしてしばらくスン……スン……と泣いていたウタだが、バッと立ち上がるとそう宣言した。やっぱり演技だった。

 見守っていたルフィは薄々感づいていたのか、あっさりと勝負の申し出を断る。

「でもよーウタ。村長がもっと大人になってからじゃないとって言ってたし、続きはおれ達が大人になってからにしようぜ。 それまで別の勝負もしてぇしよ!」

「むむ……? それも、そう、かなあ……? うん、私も味に飽きもとい色々勝負したいし」

 太ったのなら運動して痩せたいし、とぼそりと付け加えて。

 そして今まで空気だったシャンクスが口を開く。

「ルフィ。お前が大人になるまでの間俺の船に乗ることを許可しようと思う。一緒に来るか?」

「え、いいのかシャンクス!?」

「え、いいのシャンクス?」

 そんなシャンクスにウタとルフィが同時に声を上げる。二人に抱き着かれもみくちゃにされながらも、シャンクスは親として友人として大人として船長として答える。

「ああ……本当はルフィみたいな子供を海賊船に乗せるのは好まないんだが……俺達の大事な愛娘であるウタとそういう関係になったしなァ。お前らの勝負に水を差すのも野暮だし、俺にとってもルフィは大事な友人だからな」

 "あの"マキノさんところに置いとくと再開した時どうなってるか、という不安要素は自分の胸にしまっておく。

「シャンクス~~!」

「シャンクス……!」

「お頭……」

 ウタ、ルフィ、ホンゴウ。三者三様に感慨深くシャンクスを見つめる。

「ウタ、ルフィとお切磋琢磨して強くなるんだぞ」

「シャンクス……?」

「シャンクス……?」

「お頭……?」

 なにか戯けたことをつぶやくシャンクスに、これまた三者三様に訝し気にシャンクスを見つめる。

 マキノが用事で今この場に居ないのは幸運か村長の計らいか。

 こうして赤髪海賊団"見習い"ルフィは彼らと共に長い長い航海の旅に出るのであった!!

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