船に乗る

船に乗る


「ルフィ、ちょっといいかのう」

「ジンベエ」

この人はジンベエさんというらしい。

なんか『親分』って感じだ。

「お前さん、その子をどうするつもりなんじゃ。船に乗せるのか?」

船っていうと、ルフィの海賊船ということだろうか。

ボクが乗ってもいいのかな。

足手まといにしかならない気がする。

正直なところ、ボクみたいな子供が海賊船に乗って、何か役に立てるとは思えない。

ルフィは、なんて言うんだろう。

「……乗せる」

不安なのか期待なのかわからない感情に頭を悩ませていたら、ルフィは少し考えてからそう言った。


「ふむ。わしらが海賊だということ理解した上でか?」

「そうだ」

ルフィは短くうなずくと、ボクに向き直った。

「ムジカ。さっきも言ったけどよ、おれたちは海賊だ。それでもよけりゃァ、お前、おれの船に乗らねェか? フーシャ村に残りてェなら、それでもいいけどよ……どうする?」

「急に言われても……」

本音を言えば、乗せてもらいたい。

ルフィと離れたくない。

けれど、やっぱり自分は何もできい子供で、海賊としてやっていけるかなんて、不安しか感じない。

ルフィに対する強い執着心も、もしかしたら、目覚めて最初に会った頼れる人に対する刷り込みのようなものに過ぎないのかもしれないし、船に乗らずに村に残れば、やがて薄れる感情なのかもしれない。

多分きっと、断ることが正解なんだと思う。

なんて、そうやって理屈をつけてみたけど、やっぱりダメみたいだ。

どうしてもルフィと離れることに決心がつかない。

思考が同じところをぐるぐるしている。

どうしたいのか、どうしたらいいのか。


「いいじゃない。私は賛成よ。可愛い女の子が増えるんだもの。反対の理由はないわ。ねえロビン」

「ふふ、そうね。私もいいと思うわ」

何もわからなくなって黙り込んでしまったボクに、ナミさんとロビンさんが優しく背を押す言葉をくれた。

「新たな仲間に歓迎を。初めまして麗しのリトルレディ。おれはこの一味のコックをやってるサンジだ。うちの船に乗るなら、食い物の心配だけはさせないぜ?」

「では私も。こんにちは素敵なお嬢さん。私、死んで骨だけ、名はブルックと申します。この船の音楽家を任されております。楽しい時も辛い時も、いつでも胸が高鳴る音を響かせてみせましょう。私、高鳴る胸ないんですけど! ヨホホホホ!」

そう言って、次に声をかけてくれた二人。

サンジさんはカッコいいお兄さん。

なんか眉毛がぐるぐるしてるけど、とても優しそう。

骨の人はブルックというらしい。

ちょっとよくわかんないけど、なんだか楽しそうな人。人?

そのうち音楽を聴かせてもらおう。

そして次に声をかけてきたのはロボの人。

「アウ! そんじゃァおれも名乗らせてもらおうか! おれァフランキー! この船の船大工だ! そしてなんと――」

そしてなんと?

「……ビームが出せるぜ?」

「……」

特に言うこともないので黙ってたら、勢いよく出てきた割りに、なんかフランキーさんが膝をついて落ち込んでしまった。

でもビームって言われても、特に感想はないし。


「しょうがねェさフランキー、女にゃわからねェのが男のロマンだ」

そう言ってフランキーさんを慰めているのは、鼻の長い人。

本当に長い。

「おう、ムジカ。おれはこの船の影の船長ことキャプテン・ウソップだ! おれには総勢約5600人、総船数70隻の大船団が配下についている! 遠慮なく称えて、お前もおれをキャプテン・ウソップと呼んでいいぞ!」

「嘘っぽい」

って言ったらウソップさんも膝をついて落ち込んでしまった。

いやどう考えても嘘でしょそれ。

ていうかここに10人しかいないじゃん。

「ようムジカ! おれはトナカイのチョッパーだ。船医だぞ。ケガとか病気とか、あとなんか身体の調子が悪いときには、遠慮なく声かけてくれよな!」

そして船医と名乗ってくれたチョッパーくんはトナカイらしい。

たぬきじゃなかった。

でもかわいいからなんでもいいかな。

っていうか一気にいろんな人来過ぎだよ!

憶えきれない、ことはないけど、みんな個性が強すぎてお腹いっぱいになっちゃうよ!

ボク子供なんだからもう少し手加減してほしいな。


まあ、これもこれで多分気を遣ってくれているのがわかるから、嫌な気持ちにはならないけど。

なんとなく、みんな歓迎しようとしてくれているのがわかる。

ボクは、船に乗っていいのかな。

ルフィと離れなくていいのかな。

だとしたら、嬉しいな。

「ルフィ……」

「おう」


あのね、ボク、ルフィの船に――


「ちょっと待て」


意を決して、ルフィに自分の意思を伝えようとしたとき、待ったをかける声が割って入った。

唯一、ボクに声をかけてくることなく、ただ黙って敬意を見守っていた、緑髪の怖い顔をした剣士さんだ。

「おいルフィ、聞きてェことがある」

「なんだよゾロ」

真剣な、もしかしたら剣呑な、とまで言えるくらいピリピリした空気で二人は話し始める。

「お前、そのガキを船に乗せるってのは本気で言ってんのか?」

「ちょっとゾロ! そんな言い方――」

「黙ってろ!!」

ナミさんが口を挟もうとするも、すごい剣幕で黙らされてしまう。

「ルフィ、おれたちは海賊だ。ままごとするために船に乗ってんじゃねェ。それがどういうことかわかってんのか? そのガキが危険にさらされた時の、『覚悟』はあんのか?」

「っ!」

「船長が本気で、新しい乗組員を船に乗せるってんなら反対はしねェが、ルフィ、お前こいつが死にそうになった時、どうするつもりだ?」

「……決まってんだろ、おれの命に換えてでも守ってやる!」

覚悟、だろうか。

ルフィは、ボクの危険を、その身を呈して取り除くのだろうか。

「命に換えて、だと?」

「そうだ! おれはもう、誰も、大切なやつを死なせねェ……! そうなるくらいなら、自分の命くらい、いくらでも賭けて――」

「ふざけてんじゃねェぞバカ野郎がっ!!」

「っ!?」

「そうじゃねェだろルフィ! そいつを助けてお前が死んで、残されたやつがどうなると思ってやがんだ!」

ゾロさんの、悲痛な叫び。

「お前が死んだら、おれらはどうなる!? そのガキも生き残っただけで笑えると思ってんのか! 今までお前に託されたもんから目を逸らすんじゃねェ! 背負うもん背負ってんだぞ! 」

「けどよっ、おれは――」

「お前が持つべき『覚悟』は、絶対に助けて、絶対に死なねェ『覚悟』だろうが! 」


ゾロさんは、きっと優しい人なんだろうな。

あの後、ルフィが誤りを認め、ゾロさんが「とりあえずケジメ」と言ってルフィを黒くなった腕でぶん殴り、そのままボクの肩を優しく叩いて事態は収まった。

そのときに、「ムジカっつったな。とりあえず見習いだ。わかんねえことがあったら、誰でもいい、遠慮なく聞け」と言ってくれた。

一応歓迎してくれている、ってことでいいのかな。

「ルフィ、大丈夫……?」

「おう、頭が割れそうなだけだ」

「大丈夫じゃないじゃん」

「ししし、いーんだよ。こんだけ痛けりゃ忘れねェ」

痛いというわりには元気そう。

よかった。

さて、じゃあ言い忘れていたことをちゃんと言っておこう。


「ねえルフィ」

「なんだ?」

「ボク、ルフィの船に乗っていい?」

「当たり前だろ」


そう言ってルフィは、笑いながらボクの頭を撫でてくれた。


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