自問自答~ある人を待ちながら~
【画虎ココロ】アビドス砂漠、カイザーコーポレーション傘下の民間軍事企業、カイザーPMCが建てた軍事施設がいまだに廃墟として残っている。
【イクノ……】
懐かしい名前が自分の口から漏れ出る。愛した人。愛してくれた人。守るべき人。そして、守ってくれる人。
私がいた世界のみんなはここのみんなと同じくらいの力を持っていたけど、誰もが成す術なく取り込まれていった。「Paradise Mimic」とでもいうべきホシの合成ギフトも、本来より禍々しく染まったシグレの強化「黄昏」も、肉体を侵食してまで力を増幅させたライラの「[規制済み]」も、暴走した龍の力を無理やり抑え込んで私に向けたゼロも、自らテラーに堕ちてまで私を止めようとしたイクヨも。私の「星の色」が放つ衝撃には耐えられなかった。
最初に私の中へ飛び込んだのはホシだった。赤い肉が飛び散り、巨大なエンジェル・ハイロゥが弾け飛んで、私の胸へと溶けるように吸い込まれていった。次にライラ。そしてゼロ…違う、レイだ。レイの次に激昂したゼロ。シグレとイクヨがギリギリまで耐えて、その後ワン・ツーフィニッシュ。
その場にイクノの姿はなかった。なぜなら私が…
「ここにいたの」
【……!】
東雲ココロ。私を愛してくれた人の名前を、もらえた私。選択と判断を間違えなかった私。つい数時間前まで殺そうとしていた相手だったはずなのに、不思議と衝動は湧き上がってこない。
【……なぁ】
「……なに?」
気まずい沈黙。互いに何も言わないのは、どちらも「自分」だから。何と呼べばいいのかがわからない。風の音ともう一人の自分の存在感を感じながら、どちらも口は開かない。
「なんて……呼べばいいんだろうね」
【私が知りたい。なんて呼べばいい?】
「質問に質問で返されても困るのだけれど」
この際呼び方なんてどうでもいい。私は私だ。自問自答するときみたいにすればいいんだ。
【もういい……私は何を間違えたと思う?】
「そうね…」
先ほどとは違う沈黙が流れる。答えが返ってくる前のポーズタイム。心を落ち着かせるためのショートブレーク。返ってくる答えがどんなに自分の心を削るようなものでも、それを受け止める準備をするための時間。
「きっと無いわ、そんなもの」
意外。
【は…?】
「だから、無いって言ってるの。間違えた選択なんて多分してないわ」
【な、なにを言っているのか理解できているのか? 独りよがりな人恋しさに溺れて、飛躍しすぎた発想で何もかも滅茶苦茶にして…それに飽き足らずアンタに手を出そうとして…どこが間違っていないと言うんだ?】
「私」は私の隣に腰かける。あきれ返ったようにため息をつきながら。
「というより、私はあなたに対して『アレも違う、コレも違う』と言える立場になんかいないわ。だって、私も【私】に成り得たんだもの」
「私」は話し始めた。あの時間を過ごす間に考えたこと。気づいてくれない皆への後ろ暗い感情。そして、下した判断。それは私とほとんどニアミスで、差なんて紙一枚ほどもなかった。誰も見てくれない。誰にも触れられない。誰にも聞こえない。じゃあ「私が戻らなきゃ」【世界を戻さなきゃ】。辿ってきた過程は寸分違わない。しかし導かれた結果は180度正反対。
【何でそう思えたんだ?】
「わからない。でも【私】だって、よく世界を戻すなんて思いついたものだわ」
【私は、私がみんなと違う世界に転がり込んでいるとは思わなかった。不可思議な疎外が私を縛り付けているに違いないと思っていた】
そうでなきゃ、そんな荒唐無稽なことを考え付きやしない。冷静になった今ならそう思える。
「あら…そろそろイクノが来るわ」
その名前を聞いた瞬間、肩がビクッと震えた。冷静になってしまったからだ。
「【私】にも会いたいって」
「私」がそう言った。
【…そうか】
そして私は、彼女が来るであろう方角へと顔を向けた。