膝枕に頬杖

膝枕に頬杖



人の頭というのは案外と重い。

言葉にするとなんとも物騒な気がするがなんということもない、単純に膝枕をしてやった惣右介の頭が重いだけだ。

肉もない足でやっても楽しくないだろうといったのに「あなただから意味があるんです」とか「正座でなくていいので」とか色々言うので俺の方が折れた。

結果としてそれなりに大きい寝椅子だと言うのにでかい惣右介ははみ出しまくっているが、これでいいというなら俺からはなにもいうまい。


「膝枕ってなにしたらええねん」

「僕を慈しんでみては?」

「は?なんやねんそれキショ……」

「いいじゃないですか、少しくらい甘やかしても」


甘やかすといっても小さな娘ならともかく膝に頭を乗せている男は俺よりもでかい副官で一応の夫なのだ。どう甘やかせというのか。

大体こいつ見た目よりもプライド高くて素直じゃなくて性格もアレだというのに、祝言を上げて娘を産んでからだいぶネジが外れているんじゃないだろうか。

副隊長になった頃の惣右介が今の体たらくを見たら、自分の姿をした化け物でも見たような顔をする気すらする。


「とりあえずよしよししたるわ」


適当に頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めたので、そのままふわふわの髪を梳かすように撫で続ける。

さすが父娘と言うべきか、子供特有の毛の柔らかさはないものの手触りがよく似ていて思ったより楽しい。

毎回事後に汗ばんだ髪をわざわざ梳かすように撫でているのが不思議だったが、自分の指に従順に従う髪は中々面白いものだったんだなと少しだけ理解した。


「髪上げるんも似合うんちゃう?」

「そういうのが好きですか?」

「眼鏡もないから女取っ替え引っ替えしてそうな面になっとるわ、モテそうやな」

「撫子の教育に悪いですよ」

「そういやそろそろ起きるやろか、よう寝てたけど」


惣右介に膝枕をしてやる前に出ていた腹をしまって布団をかけてやったけれど、いつも通りならそろそろ起きてもおかしくない。

今日は両親揃っているというのも知っているから、起きたらきっと探しに来るだろう。

父親に似てと言っていいのかはわからないが、あの子も中々甘えたなのだ。


「おかんかみやって!」

「なんや起きたんか、おはようさん」

「…………しーせなあかん?」

「せんでええよ」


噂をすればなんとやら、元気に扉を開けて入ってきた娘は寝起きだからか父親譲りの癖毛があっちこっちにいってしまっている。

そんな姿で勢いよく扉を開けたのに、惣右介が寝転がっているのに気がついて慌てて声をひそめるのがなんともかわいくて笑ってしまいそうだ。

昼寝から起きたら髪を整えて貰うのが常なので、自分でブラシを持って探しにきたのだろう。


「おとんねんねしとんの?」

「起きとる起きとる」

「ぽんぽんいたい?」

「大丈夫だよ、おいで撫子」


寝転がったままの惣右介に手招きされて不思議そうな顔で近づいてくると、そのまま上半身に半ば乗っかるようにして顔を覗き込んでいる。

重たい上に熱いだろうに、娘が自分を心配しているのが嬉しいのか惣右介は目を細めてされるがままにしている。


「オトン今日は甘えたなんやて、撫子もええ子ええ子したり」

「うん!おとんええ子!」

「……眼鏡外しといてよかったなァ惣右介」

「撫子、やるなら頭にしてくれないかい」


子供の小さな手で顔面をこねくりまわされている惣右介を見下ろしながら、これで鼻に指でも入ったら爆笑もんなんやけどなと内心考える。

そんな期待など露知らず素直な娘は言われた通りに頭を撫で……その時点で当初の目的を忘れたらしく髪の毛をぐちゃぐちゃにすることに精を出し始めた。

軽く手櫛で整えてやった娘の髪はそれなりに大人しくなったので、部屋に入ってきたときとは逆になる。飽きた頃には惣右介がボサボサになっているはずだ。


「女二人侍らせて、ええ御身分やなァ?」

「人聞きの悪い……」

「おとんはべべせてええ子やな!」

「ほら、撫子が変な言葉を覚えてしまって」

「意味わからんかったら言うたらあかんで」

「うん!」


返事ばかりはいい娘はどうせ明日になったら「おとんええ子なんやって!」くらいしか覚えていないだろう。

そもそも口が悪くなるとしたら俺のせいではない。惣右介は嫌がるが撫子はひよ里にとても懐いているので、絶対にあっちの責任だ。

今のところは特に悪口を覚えることなく。いい返事をしても全く理解していないことがある以外は素直でよい子に育っている。


「そろそろオトンを離してやり。ついでにおやつに団子があるからもって来ぃ、好きなん選んでええから」

「あまいのがええな!」

「大体甘いのや、包みで置いてあるからな」

「はこんできたるからまっててな!」

「これでどこ行くいうねん。こけんなよ」


小さな子供というのはパタパタと走るものだと思っていたけれど、わりとずんずん歩くものだなと娘の後ろ姿を見送りつつ起き上がる気配のない惣右介の髪に触れる。

子供の手でぐちゃぐちゃにかき混ぜられた髪を撫でるようにして整えてやれば、元通りとはいかなくともそれなりにはなった。


「団子食べるときは起きるんやぞ」

「さすがに起きますよ」

「なんや、聞き分けええな」

「でももう少しこのままでもいいでしょう?」


頬擦りするように手にすり寄る姿に少しだけ猫を思い浮かべたものの、これがそんなかわいいものであるものかと思い直す。

その考えが無言のうちに伝わったのかどうなのか人の小指に歯を立ててきたので反撃に娘とそっくりな額に思い切りデコピンをかましてやると、目を瞬かせた後に微笑んだのでなんだかもうどうでもよくなってしまった。

Report Page