胡蝶の夢

胡蝶の夢



「………………ッ!!」

 夢を見て、飛び起きた。

 荒くなった息を整えつつ、辺りを見回してみる。寝起きのぼんやりした思考が少し冴えてきた。他のルームメイト達は皆寝息を立てている。

 夢、か。

 奇妙な夢を見た。

 壊れてしまったもうひとりの兄と、そんな兄に守られて、救いたかった自分。

 今しがた目覚めた自分には、あの兄弟のような過去はない。幼少の頃の両親との思い出だって、確かにある。

 あれは、夢……だ。

 映画で何回か見たことがあるようなヤツだ。平行世界。パラレルワールド。その類いの、夢だ。

 でも、夢にしてはやけに感覚が精巧に作られていた。

 起きた時に、思わず夢と異なる己の過去の記憶を探してしまう程に。

 落ち着いてきたところで、返却されたスマホが鳴っていることに気が付く。

 電話?誰からだろう。

 「……兄、ちゃん?なんでこんな時間に」

 着信主の名前には、先ほども夢に見た兄のものが。

 あの雪の夜以降。電話をすることもかかってくることもほぼなくなっていたから、珍しく思った。

 どうする。いや、もしかしたら本当に大事な用かもしれない。

 俺はスマホを手に取る。

 「……なんの用だよ、クソ兄貴」

 『……!……凛』

 電話の向こうの声は、確かに糸師冴のものだった。ますます謎が深まる。

 『……母さん達は、元気か?』

 「は?」

 突拍子もない話題。アンタU-20代表戦で俺たちと戦った後実家に帰ってただろ、という疑問は置いておいて、続ける。

 「元気だけど……」

 『…………そうか、元気か。よかった』

 どうにも噛み合わない。こんな時間に電話をしてきて、知っている筈のことを聞いてくるなんて。

 『なら、いい。もう切る。こんな時間に悪かったな』

 「……おい、本当にそれだけかよ」

 返答はない。でも、まだ電話は繋がったままだ。


 「…………兄ちゃん、“変な夢”でも見たのか?」


 俺の頭には、まだ先程見た夢のことが微かに残っていた。それがつい、口に出てしまった。


 『………………“見てねぇ”よ。早く寝ろ』


 アンタが電話掛けてきたんだろうが。と思いつつも、少しだけ振り切った眠気がまた襲ってきていた。己の睡眠時間の為にもここで切り上げるか。

 「自己中お兄が…………切るぞ」

 『おい』

 「なんだよ!切るって言っただろ……」


 『……元気でやれよ、凛』


 プツッ。

 電話が切れる音がした。

 「え」

 あの夜分迷惑自己中お兄。

 最後の最後で、勝手に突然激励して切りやがった。

 変な夢は見るし、電話は訳が分からなくてムカついたけれど……

 …………。


 でも、兄ちゃんからの励ましは悪くなかった。


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