肩の力を抜いてくれる、そんな場所
December 20, 2018はじめまして。
私は中央大学法学部法律学科4年の麦谷優明と言います。
来年から新社会人です。よく、珍しい苗字と言われますが〝ばくや〟と言います。
苗字の発症は富山らしいのですが、生まれは新潟です。おそらく、先祖がやらかして
新潟へ逃げたのでしょう(笑)
ギルドハウス十日町について書く前に少し私の事、そしてギルドハウス十日町に
行こうと思った経緯について書きたいと思います。
私はもともとは司法試験を目指していました。ところが、丁度去年の今頃、
母子家庭である私の母が体力の限界ということで、仕事を辞めてしまいました。
大学院に進学する事を諦めた私は急遽、就職活動を行い、大学の先輩から紹介された会社から内定を頂きました。
ところが今年の夏に事態はいろいろと急展開しました。
まず、祖父が亡くなりました。次に兄が転職しようとしていることが分かりました。これにより、実家が無くなってしまいました(笑)
そうこうしていると今度は内定先の企業の先輩社員の中に、過労死してしまった方や、鬱病により退社している方を見つけました。さらには私を担当してくださった人事の方が内定式の際に転職していることが分かりました。
これは会社はやばい、帰る家がない、人脈になるつてもない、という八方塞がり状態になってしまった私は本当に焦りました(今思えば、入社する前から何をやってるんだとおもいますが…笑)
そんな時に私は、たまたまギルドハウス十日町の存在を思い出しました。
テレビで一度、チラッと見た記憶はあったのですが、その時はそんなところが
あるんだなとしか思いませんでした。
しかし今、今後の人生を考えた際、何かヒントになる事があると思い、時間がある今のうちに尋ねる事が吉だと思い、思い切ってお伺いする事にしました。
おそるおそる連絡をとってみると、素早い返事で〝どうぞ、いらしてください〟と
いう返事が返ってきました(なんてオープンなんだろう笑)
そしてギルドハウスに向かいました。
最初見た際は、その姿に圧倒されました。同時に周りには家や交通網がほとんどなく、逃げられないやん!と思いました(笑)
勇気を振り絞って私は中へ入ると「やぁ、いらっしゃい!」と、
優しい声と渡辺謙(私見)に似たギルドマスターこと西村治久さんが
迎え入れてくださいました。
不思議な空間でした。
初めて訪れたはずなのに、以前にも来たような、日本人の遺伝子の部分で〝懐かしい〟と思えるような場所でした。同時に〝帰ってきた、ただいま〟というような気分になりました。
そこで居間に案内された私はギルドマスターであるハルさんから、様々な話をしました。私の事について、ハルさんのことについて、ギルドハウスのことについて様々な話をしました。
それから夕御飯の時間になり、ギルドメンバー数人と女将さんで調理を始めました。
食事を食べる時間は全員で〝いただきます〟〝ごちそうさま〟を合掌し、みんなで顔を合わせていただく。
日本人が忘れてしまった食卓の風景がそこにはあるように感じました。
夕食の後、私は住民である坂本さんとワインとビールを飲みました。
私はその後、部屋の一つに案内され、就寝しました。
寝る前に私はいろいろな事を考えていました。それまで、就職して会社などを辞めたらダメなんじゃないか、もう新潟には帰れないんじゃないか、帰っても帰る場所がないか…
しかし、こんな考えはばかばかしかったのだと、思い知らされました。日本人がそれまで培ってきた学校→就職→結婚→老後というような〝レール〟ではなく、自分らしく自分自身のレールを歩めばいいじゃないかと、そう思いました。正に固定観念に縛られていたと言いますか、価値観が凝り固まってしまっていました。
同時にギルドハウス十日町内の空気間は非常に温かいものだなと感じました。新潟は全国でもトップクラスに晴れの日が少なく寒いのですが、東京では味わうことができない〝温かさ〟を感じることができました。それは、人間的な繋がり、〝温かい家庭〟という表現が合う場所だと、そう思いました。
〝少し難しく人生を考えすぎていたんだな〟〝もう少し気楽に考えていいんだな〟
〝別に失敗してもいいじゃないか、失敗したらまたやり直せばいい〟
次の日、ギルドハウスを去る際に「行ってきます」と、そんな声が自然と出ました。それに対して見送ってくださったハルさんが「いってらっしゃい」。
私がこれからどんな人生を歩むのか、正直私自身も分からない。これから何が待っているのか、不安な気持ちでいっぱいだ。
けれど、私には帰る場所がある。いざとなったら逃げこめばいい
もっと肩の力を抜いて気楽に歩んでいこう、今はそう思っています。
それと、豪雪パーティー、ギルド米、すごく楽しみにしてます!