耽り、溺れる砂
※おれのヘキ(ロギア融合)しか存在しない
※サーとサーの分身がイチャイチャするだけ 前日譚もいつか書きたいね……
※サーのエミュに自信がないのでセリフはありません 不服か?(逆ギレダイル)
※いきなり始まりすぐ終わる その割にはちょっと長い
※サーって普段どこで寝泊まりしてるんですか?教えてミス・オールサンデー
これは砂漠を守る英雄の、密かに国を蝕む梟雄の、誰も知らない夜床の話。
彼がひた隠し続けた秘密かもしれないし、名も知らぬ誰かの見た怪夢かもしれない。そんな、荒唐無稽な夜の話。
砂漠の国の何処か、月明かりすら差さぬ部屋の中。上品な装飾の施された机の上で、燭台の炎が静かに揺れる。
薄橙の光は部屋を微かに照らし、様々なものの姿をぼんやりと浮かび上がらせる。豪奢なベッドの上に座し、毛皮のコートに包まる二つの身体。ほんの少しだけ脂の乗った、しかし依然として精悍さを保ち続ける筋肉の陰影。後ろへと撫でつけられた、射干玉のような黒い髪。顔を真っ直ぐに横断する傷の真下、僅かに綻んだ口元。
彼の名はサー・クロコダイル。略奪を生業とする海賊でありながら、この砂漠の国を海賊の魔の手から守り続けている英雄である。しかしその本性は、町の金品などとは比べ物にならないほどの価値を持つ「宝」を手に入れるべく、壮大かつ狡猾な計略でこの国を蝕む簒奪者であった。
その大悪党は今、恋人であろう誰かと共にシルクのシーツへ腰掛け、黒々と輝く毛皮の中で互いに一糸纏わぬ姿を晒している。
いつもの姿を知っている者達からすれば、それはさぞ異様な光景に見えることだろう。だが、巧妙に隠していたり極端に薄かったりといったことはあれども、性欲を持たない人間というものはこの世に存在しない。それに普段は表でも裏でも休みなく働いているのだ、溜まるものをこうやって発散させたくなることもあるだろう。だから、何もおかしいことはないのだ。
その相手が彼と全く──昼間は黄金の鉤爪で隠している、欠けた左手に至るまで──同じ姿と声をしている、ということに目を瞑れば。
実はこの二人の出生には数奇な物語があるのだが、話せばきっと夜が明けてしまう。あくまで今宵語るは寝床の話、前日譚はまたの機会としよう。
とはいえ、一切を謎のままにしておくのも不親切というものだ。複雑怪奇の物語故、あえて簡潔に語るならば──
かつて砂漠の英雄が飛ばした砂塵が、何の因果か生を受けた。この国の砂を纏ったそれは瓜二つの容貌を得て、再び彼の元へと舞い戻った。
──それこそが、今ベッドの上で本人と絡み合う「もう一人」のサー・クロコダイルの正体である。
当の本人達は、冷たく乾いた夜の砂漠のような互いの肌を、節くれ立った指で撫で合っていた。それは時に、長い脚を絡ませながら。分厚く柔らかい胸筋を押し付け合いながら。がっしりとした腰を互いに抱き寄せながら。一筋の汗すら流さぬ額を触れ合わせながら。
しかしその無骨な右手が腹筋や太腿をなぞることはあれど、秘部にまで伸ばされることはない。唯一湿り気を帯びている唇が首筋や鼻先に口づけを落とすことはあれど、唇を重ねることはない。
また言葉らしい言葉を交わすことはなく、聞こえてくるのは微かな吐息や喘ぎ声、「くく」だの「くはは」だのといった低く艶やかな笑い声ぐらいだった。
もはや互いに愛を囁きながら身体を重ねる方が、むしろ健全だと言えるのかもしれない。そんな静謐でこそばゆい愛撫に、彼らは夜な夜な耽溺していたのだ。
二人はしばらく愛撫を続けていたが、不意にその手を止めて見つめ合う。そして何を思ったか、ようやくその唇を重ねた。
舌でも絡ませているのだろう、喰らい合ったその隙間から、くぐもった水音が漏れている。だがその音はどういうわけか、少しずつ水気を失っていき、やがてじゃりじゃりと砂をかき混ぜるような音に変わった。
彼らはそのまましばらく貪り合い、やがて上下で見つめ合うような体勢となって口を離した。解放された舌先が、糸を引く代わりにきめ細やかな粒子を一筋、片割れの口内へと流し込む。うっとりとした表情でその粒子を飲み込む「もう一人」を、男は愛おしげな目で見つめていた。
二人の表情は明らかに、先程よりも興奮していた。頬は僅かに赤く色づき、爬虫類にも似た冷酷な目は熱を帯びて蕩けている。すっかり火照った身体は互いに誘惑するかのように寄りかかり、たわわな胸と、つんと立った二つの蕾を優しく触れ合わせた。
そうやって見つめ合っている内に、いよいよ辛抱たまらなくなったらしい。彼らは毛皮のコートを下に敷く様にしてシーツへ倒れ込み、いわゆる正常位のような体勢をとった。腰を少し下ろせば、いつの間にか硬くなっていたモノが僅かに濡れた音を立てた。
だが、二人はこれから性器による交合などする気はなかった。粘膜を擦り合わせるよりも、もっと深く繋がれて、もっと気持ちよく一つになれる行為を知っていたからだ。
誘惑、期待、懇願。小さな黄玉の瞳が、そんな顔をしてぎらぎら光る。それに射竦められた「もう一人」の身体に、ぞくりとした快感が走った。そして彼は興奮冷めやらぬまま、彫りの深い腹筋をゆっくりと密着させた。
するといったいどうしたことか。二人の身体を隔てていた境界線が、突如砂となって崩れ落ちだしたのだ。
まず下腹から始まり、両脚が、胸筋が、さらさらと音を立てて解けていく。下半身から徐々に混ざり合う身体と、髪を乱し恍惚を湛えた二つの顔。互いの喉の奥から漏れ出る、吐息混じりの喘ぎ声。
はて、いったいどちらが「本物」だったろうか。この光景を見た者が居たとしたら、その問いにはきっと答えられないだろう。それほどまでにサー・クロコダイル達は、鏡合わせに乱れ、混ざり合っていたのだ。
そうして、下半身がすっかり一つの砂山に変わってしまった頃。彼らは蕩けた視線を交わすと「くは、」と甘く静かに笑い合い、もう一度だけ唇を重ねた。
次の瞬間、その身体はどしゃりという音と共に雪崩れ込み、砂塵の中に隠れてしまった。
数秒の時を経て、砂煙が晴れた。そこに男達の姿は無く、代わりに、人ひとり分と言うには少しばかり量の多い砂と、その下に埋もれて力なく寝そべる毛皮のコートが残されているのみであった。
それからしばらくして。
だんまりだった砂山が、突如ざらざらと蠢き始めた。粒子は集まり塊に、塊は体温と鼓動を伴い肉体に。屈強でしなやかな筋肉が、長く無骨な手脚が、強面ながらも危険な色香を纏った表情が、見る見るうちに再生されていった。
そこにいたのは、紛れもなくサー・クロコダイルその人であった。その姿は、やはり欠けたままの左手から横一文字に走る顔の傷に至るまで、寸分の狂いなく元通りになっていた。
ただ一つ、その人数を除いて。
二人から一人に戻ったサー・クロコダイルは、まだ熱く疼く身体を下腹から胸元までゆっくり撫で上げると、満足げに口角を上げた。この男は肉体も、そしておそらくは精神も、もはや純粋な人間ではなくなっているのだろう。そうでなければ砂に変貌する肉体も、砂漠そのものとの合いの子である「もう一人」も、この異常な一人遊びも、享受できるはずがないのだから。
そして埃一つ無い毛皮のコートを羽織り直し、甘い余韻の残る身体をベッドに預け──ようとして、部屋を薄ぼんやりと照らす明かりのことを思い出した。
机に乗った燭台の炎はすっかり弱っており、しかしなおも生きながらえていた。男はそれを一瞥すると、気だるげに右手を伸ばし、その指先を軽く振り下ろした。
ざん。
灯火の絶える小さな音と同時に、全てが暗闇に包まれた。それから衣擦れとベッドの軋む音がして、疲れを吐き出すようなため息を最後に、暗闇は音を失った。