義父と義娘の攻防ララバイ

義父と義娘の攻防ララバイ

テスデイ家族現パロ

※デイビットが女体化

※デイビットの親戚捏造、胸糞あり

※テスカ、デイビット(JK)、トラロック(JK)、イスカリ(幼児)が家族

※客演にぐだ子とマシュ、ぐだ男×マシュを匂わせる会話が一文あり

※尻切れトンボです

以上を踏まえてどうぞ



 父の葬儀は大雨、ではなく驚くほど快晴の中行われた。太陽が照りつける中で交流もなかった親戚たちがデイビットの周りで賛美歌を歌い、神父は父の墓に祈りを捧げている。だがそうして賛美歌を歌う人々がこの数日、ひどく揉めていることをデイビットは知っていた。もちろん内容はデイビットを誰が引き取るのか、ということについてだ。

 父が死亡した事故に巻き込まれ、記憶障害を負うも無傷だったその子ども。新聞記者ならセンセーショナルだと話題を追うだろうが親戚一同からしてみればデイビットは負債に過ぎない。

 父の死を悼みながらその死を嘆くこともなく葬儀にやってくる参列者、晴れ渡った空、古い教会、祈りを捧げる神父、そして自分。全てがどうしようもないのに全て真実。


「……」


 そうしてデイビットが押し潰されるような感覚に襲われている間に祈りは終わり、神父は立ち上がって参列者に礼をする。それに合わせるようにして賛美歌の最後のフレーズが歌われ式が終わったことを知らせた。

 だがまだ誰も帰ろうとしない。それはこれから親族たちによる話し合いが始まるからだ。誰もが無言のまま視線だけを向け合い、言葉を選んでいるようだったがふいに一人の男が堰を切ったように声を上げた。


「無理だ、こんな子を引き取って育てるなんて!」


 男の言葉を皮切りに次々と他の親族たちも騒ぎ出す。


「私も面倒を見るのはごめんだわ!」

「あの男は昔からそうだ……! 俺たちを裏切って一族の恥ばかり」

「そもそも事故に巻き込まれたのだってあの男の不注意でしょう!? 私達には関係ないわよ!!」

「男なら跡継ぎにでもできたんだがなあ」


 父とデイビットを切り刻む言葉が平然と大人たちの口から飛び出てくる。神聖な教会内で発せられていることが信じられない暴論と罵倒の数々。それを止める人間はここに居ない。いや、止められる人間はこんなところに来ないだろう。

 そんな醜い争いの中、争点となっているデイビットはこの世界の何処にも自分の居場所はないと脳内で定義した。

 ──その時だった。


「んじゃ、オレがこいつを引き取るかね」


 ポン、とデイビットに肩に置かれた手とともに教会内で響き渡るのは玲瓏たる男の声。デイビットも親戚たちも思わず目を見開いてしまうほどの美声。デイビットが振り向くと視界に入ってきたのは色黒の赤ん坊を抱え、横にデイビットと同い年ほどの少女を連れた金髪の美丈夫であった。黒いスーツとサングラスが教会に合わないようで実に似合っている。

 突然現れた青年の堂々とした振る舞いに騒いでいた大人たちでさえ黙り込む中、小さな声が青年へかけられる。


「オレを、引き取るのか?」


 それは今まで黙りこくっていたデイビットが今日初めて発した言葉だった。先程まで罵られていたとは思えないほど落ち着いた様子のデイビットに、青年は口元を歪ませて笑う。


「ああ。お前さえ良ければの話、と言いたいところだがお前の親父さんに色々と頼まれているんだ。引き取らない、という選択肢はない」

「そう、か……」

「不満か?」


 その言葉にデイビットは首を振る。青年は満足げに笑うと少女と共にデイビットの隣へ腰掛けた。


「オレはテスカトリポカ。モヨコヤニ、ティトラカワン、ヨワリ・エエカトル……なんて呼ばれたりもするが今はテスカトリポカだ。この赤ん坊はイスカリ。……自己紹介しろハチドリ」

「……トラロック、ウィツィロポチトリ、テノチティトラン……どれでも好きに、ね」


 テスカトリポカ、トラロック、イスカリ。どれもそれほど聞き覚えがないのに、不思議とその音は耳に馴染んだ。その名前を決して失わないよう、デイビットは脳内で反芻していく。


「……オレはデイビット。よろしく頼む」

「おう、よろしくなデイビット」


 テスカトリポカに手を差し出され、デイビットはゆっくりと握り返す。


「……温かい」


 父が亡くなってから感じられなくなった久しい他者の体温。その温かさをゆっくりと味わっているとテスカトリポカはデイビットの手を引いて立ち上がらせた。


「ま、これから仲良くやろうぜ。今日から同じ屋根の下で暮らす家族だ」

「うん」


 周りの親戚たちを完全に置き去りにしてテスカトリポカたちとデイビットは教会の出口に向かう。その様子を見ていた親戚たちは唖然としていたがやがてハッと我に返ると再び騒ぎ始めた。

 だがそんなことはお構いなしに4人は教会を出ていく。

 それが8年前の出来事。当時10歳だったデイビットは18歳となり──


「テスカトリポカ、何故オレを避ける。これは家族のスキンシップだから何もおかしいことはないだろう」

「……デイビット。お前オレに抱きつく前に言うことがあるな。言ってみろ」

「おはよう、テスカトリポカ」

「はい、おはようさん。だから胸を強調して押し付けるな」


 ふに、と豊満な胸を惜しみなく強調するようにパジャマをはだけさせたデイビットが正面からテスカトリポカに抱きつくのは毎朝のことだ。ここ3年、ほぼ毎朝のようにやられているこの行為であるが慣れるわけもなくテスカトリポカの心を波立たせていた。


「別にいいだろう。減るものじゃない」

「オレの精神力がすり減らされているんだが? ほら、朝飯とっとと食え」

「……わかった」


 むっ、と不満げな顔をしながらデイビットはテスカトリポカから離れ、朝食の匂いが沸き立つリビングへ向かう。やっと離れてくれた、と安心しながらテスカトリポカは洗面所へ行き、顔を洗い歯を磨きながら溜息をつく。


(……何でこうなったか)


 デイビットがテスカトリポカに対し、親子ではなく男女の愛を露骨にアピールするようになったのは3年前からだ。当時はデイビットに気の迷いだからやめておけ、と何度も説得を試みたのだが聞く耳持たず。それどころか「別にオレはお前とならいつでもそういうことをしてもいい」などと挑発されたときは流石に殴ってでも止めるか……と思った。しかしデイビットは「どうしてオレを拒む?」と不思議そうな顔をするばかり。

 その愛を殴ってでも止められなかったのはテスカトリポカもまたデイビットに男女の愛を向けていたからだ。無意識に抱いていたそれを自覚した瞬間、テスカトリポカはそれを封印しようと心から決めていたのだが。


「高校卒業まで耐えろ……卒業まで……!」


 鏡越しの自分に言い聞かせるようにテスカトリポカは呟き、念を押す。引き取ったときは中性的な少年のようだったデイビットがまさか中学生になった途端急激に女として成長し、更に高校生になってからは義父たる自分にセックスアピールをしてくるとは思わなかった。しかも年々その威力が増していくのが恐ろしい。


「だから耐えろって言ってんだろオレ……!」


 今はまだ思春期の幼さが残っているがあと数年も経たないうちに誰もが振り返るような美女になるに違いない、と確信しながらもそれまでは義娘だ、と心に言い聞かせても思い浮かぶのは女として乱れるデイビットの姿。

 テスカトリポカは冷水を顔に浴びせ、邪念を払うように頭を振る。そうしてからタオルで顔を拭いてから食卓につくと既に朝食を食べ終えて学校へ行く準備を整えたデイビットがじっとこちらを見つめていることに気づいた。


「……なんだ?」

「いや、何でもねえ」


 スカートが短いし白いシャツだと下着が透けるんじゃないか、と注意したい気持ちは父親としての気持ちかそれとも邪な男女の感情か。テスカトリポカはどちらにせよ、と首を振った。


「何か変なことがあったらすぐに言えよ」

「ああ、わかっている」

「車に轢かれないようにな。あと不審者には近づくなよ」

「子ども扱いするな」

「はいはい」


 年頃の娘として軽く返事をしたデイビットがテスカトリポカを見る目も、その逆も変わることはない。だが今はそれを問う時間も余裕も、そしてその答えを知る勇気も持てないまま2人はいつも通りの朝を終わらせる。その様子を眺めるトラロックの目はやれやれ、と言わんばかりで。


「……何だってんだよ」


 トラロックに早くお前も行け、と目配せすると彼女も高校へ向かうため玄関へ姿を消す。残されたのはイスカリとテスカトリポカ。あと一時間後にはイスカリだっていなくなる。

 その後にテスカトリポカが何をすべきかと言えば今日は休日なので掃除だ。今度はデイビットにバレぬよう何処に自分のオカズを仕舞うか、と悩みながら大人しく朝食を摂るイスカリを眺める。

 恋心を持たれた父親とはこう難儀なものだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 授業終了のチャイムが鳴り響き、デイビットは小さく伸びをする。授業は憂鬱ではないが、やはり長時間座っているのは疲れる。それでも習慣として次のテストのためデイビットがノートをわかりやすくまとめていると影が視界に入ってきた。見上げるとそこにいたのは赤髪をシュシュで束ねた少女とピンクがかった白髪の眼鏡少女。2人は弁当を持ちながらニコニコと笑っていた。


「デイビット、おはよう! 一緒にお昼、食べない?」

「おはようございます、デイビットさん。お隣よろしいですか?」

「ああ構わない。……オフェリアは?」

「オフェリアは委員会。んじゃ、正面貰い!」


 そう言って赤髪の少女こと藤丸が前の席を借りて座り、眼鏡少女マシュもデイビットの隣の席を借りて座る。そのまま机をくっつけて3人、及びオフェリアを含めた4人で昼食をとるのがここ最近の日課となっていた。


「最近カドックとキリシュタリアがさ……」

「そういえば芥さんの……」

「うちの立香がベリルとぺぺさんに……」


 藤丸とマシュの会話を心地好く聞きながらデイビットは弁当を食べる。テスカトリポカが作った弁当は栄養バランスが良く、彩り豊かだ。特に唐揚げは絶品とも言える。

 そうして2人の話を聞いていると藤丸が「そういえば」とデイビットに話しかけてきた。


「デイビットの好きな人の話、前も聞いたけどあれから進展は?」

「……悲しいことにまったく。あちらに意識されていることは確かだが、どうにもオレを女と認識することを避けている」

「中々難しい方ですね。女性として避けられている、というのは何とも言えない気持ちになります」

「うん、本当にむず痒い。アピールはしているんだがな」

「女心がわかってないなあその人。ガツンと私言っちゃいたいよ。どんな人なのかわからないけど」


 藤丸がフン、と力瘤を作りデイビットにアピールする。それに微笑みながら卵焼きを口に運ぶとふわりとした食感の後に優しい甘さが口の中に広がり、思わず頬を緩めた。


「ありがとう藤丸。相手が一筋縄ではいかないことはわかっているから、大丈夫だ」

「大丈夫って顔じゃないよー。まあデイビットがいいならいいけど……試しにデートとかしてみたら?」


 デート。社交的または恋愛的な会う約束と定義されているもの。

 それは人間として当たり前の発想であり一番良い方法だと考えるが、同時に今までのことを考えるとハードルが高い、とデイビットは思う。何せ恋心を自覚してから3年間、何回もお誘いはしたが緊急のトラブルがあったり結局家族全員で出掛けることになったりと悉く上手くいかなかったのだ。デイビットが2人きりのデートに対して自信をなくしてしまうのも宜なるかな。

 だがこのまま何もしないで諦めるのは愚の骨頂を極めている、としか言い様がない。机上の空論でそんなことをしていたらいつまで経ってもテスカトリポカとの距離は縮まらないだろう。


「デート……やはり二人きりで出掛けたら色々と得るものがあるのだろうか」

「それはもうあると思う! これは先週立香とデートしたマシュが保証するよ、ね!」

「せ、先輩!? それは内緒にしておいてくださると約束したはずです!」

「あ、ごめん忘れてた! 本当にごめんマシュ!!」


 きゃいきゃいと騒ぐ後輩二人を眺めながらデイビットは決意する。まず大前提として自分はテスカトリポカとデートをしたい。その上で自分の思いを伝えることが何よりも大切なのだと。


「……うん、テスカトリポカに伝える」

「? デイビット何か言った?」

「いや、何でもない。ありがとう2人とも。今晩にでも誘ってみる」

「ファイト! デイビット!」


 グッと力強く拳を握る藤丸と控えめながらも同じように応援してくれるマシュ。そんな彼女たちに笑顔を向けてからデイビットは箸を動かす手を再開させる。

 デイビットの高校生活は後半年あるかないか。来たる大学入試と並列して何としても高校卒業までテスカトリポカとの距離を縮めたい、とデイビットは決意を新たにしながら弁当を平らげた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 放課後、デイビットは一人ゆっくりと帰路を歩く。藤丸たちから遊びの誘いもあったがテスカトリポカに誘いをかけるため、今日は真っ直ぐに家に直行することにしたのだ。


「テスカトリポカと、デート」


 改めて言葉にすると何とも気恥ずかしい。デイビットは頬を赤く染めながら呟き、それから首を横に振る。まだ決まったわけではない。しかし帰ったらすぐにでも伝えたいほどに高揚していた。


(何にせよ、誘うにしても何処に行くべきか)


 この辺りは住宅街なので遊ぶ場所は少ない。娯楽施設は中心街に集まっておりそこに行くのが得策だがスポットが多く、目移りしてしまいそうだ。そうしてデイビットが僅かな記憶を辿りながら歩いていれば一台の車が突然目の前に止まり、中から人が降りてきた。

 

「お久しぶりね。デイビットさん」

「……?」

 

 降りてきた年配の女性がニコニコと笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。デイビットは見覚えのない相手に警戒しながらも一応挨拶をする。


「お久しぶりです。失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか」

「あら忘れちゃったなんて悲しいわねえ。ま、8年前のお葬式以来だし仕方ないかしら」

「……あ」


 あの葬式で覚えていることはテスカトリポカたちと出会ったことともう一つ。親戚一同がデイビットを巡って醜い口論をしていたこと。そしてその中にいた女性の一人が確か目の前の顔をしていた気がする。


「すいません。記憶が曖昧で……」

「ああ、確か記憶に障害が……ごめんなさいね。私のことなんて記憶するにも値しなかったわけでしょうし」

「…………」


 せせら笑いながらデイビットをジロジロと査定するように見る視線が何ともいたたまれない。まるで責められているかのような、いや実際デイビットを責めているのだ。心に影が落ちてくる。

 父が亡くなった事故に巻き込まれながらデイビットが五体満足で生還したのは奇跡としか言い様がない。しかし代わりに重度の記憶障害を患うことになった。一日のサイクル、24時間中のたった5分──それがデイビットの記憶容量だ。


「あんな事故に遭えば当然かしら。貴方のお父様は注意不足ね。貴方ももっとしっかりと行動すれば良かったのに」

「……はい」


 ぐっ、と父に対する罵倒の怒りを唇を噛んで飲み込む。ここで反論しても意味はない。相手の思う壺だ。


「世間話はこれくらい。本題だけど……デイビットさん、私たちの一族に戻って」

「は?」

「は? じゃないでしょ。貴方は元々こちらの人間。ロクデナシの血を継いでいてもね。なのにこんな日本の片田舎で……全くもって嘆かわしい。いい? 私たちは由緒正しい一族なのよ」

「いえ、オレはもう」

「まあ、オレなんて男の人みたいな一人称。男を誘うような贅肉だらけのだらしない体もうちには相応しくないわ。ちゃんとした教育を受けてない、本当にどうしようもない子」

「……ッ」


 こみ上げる怒りが抑えきれず手を強く握りしめながら相手を睨むが相手は気にした様子もなく、それどころか嘲笑いながら言葉を続ける。


「貴方、今度大学を受けるんですってね。馬鹿らしい。私たちならそんなもの受けなくても一流大学に入れるのよ。貴方にはその価値がないけど」

「オレは自分の実力で大学に受かります」

「……貴方を引き取った男は随分と教育が行き届いていなさそうだったけど遺産目当てで引き取ってくれたのかしら。でも養父が養父なら義娘も義娘ね、厭らしいったらありゃしない」

「……ッ!!」


 父もテスカトリポカも罵られ、デイビットの怒りは限界に達する。何なのだ、この女は何が目的で自分たちを貶めようとするのだ。それでも最後の理性が乗ってはいけないと頬の内側を噛み、血が出るまで歯を食いしばる。


「ま、戯言はここまでにして……デイビットさん、私の息子と結婚してもらいたいの」

「!」

「行き遅れだけどそこそこ資産はあるし、頭もそれなりに良いから大丈夫よ。そして後継を生んでもらいます」

「……突然そんなこと言われて、誰がそんなことを承諾すると思ってる」

「貴方に拒否権はないのよ。さ、はやく……」

「何をやっているんです?」


 冷たい雨のような声が怒りに震えるデイビットと女を突き刺す。声のする方へ目を向けるとそこにいたのは義妹のトラロックだった。ムスッとした顔をいつも以上に顰め、デイビットに近づくとすぐ手を取って歩き出す。


「失礼。義姉は兄様の神官なので返していただきます、ね」

「しん……? ちょっと待ちなさい!」

「行きましょうデイビット。それと、これ以上私たち家族に近づかないようにお願いします、ね。私は兎も角、兄様が許しませんから」


 女のヒステリックな制止の声を無視し、トラロックはそのまま手を引いて早足で家に向かう。いつもは互いに我関しない二人だが今日ばかりは様子が違った。女の姿が見えなくなって数分、トラロックは歩きながら口を開く。


「……あの手合は他人を見下すことで優越感に浸りたがる性癖。自分の思い通りにいかないとすぐ喚き散らす面倒くさい人間。碌でもないヤツに絡まれたわね、デイビット」

「……ありがとう、トラロック」

「別にお礼はいりません。あそこで私が介入していなければ兄様とイスカリも巻き込む大事に発展していたかもしれない。だから助けただけ」

「うん」

「それにしても……」


 チラリ、とトラロックがデイビットを横目で見る。その視線の意味を察し、デイビットは苦笑しながら肩をすくめた。


「兄様を本気にさせるには本気で挑む、私たちは身に沁みてわかっているんだから兄様へのアプローチも本気でやらなきゃ振り向いてくれないですよ?」

「……今度、本気でデートがしたいんだ。テスカトリポカと2人きりで」

「今更。……イスカリの面倒は私が見ますから存分にデートしてきてください、ね」

「ありがとう」


 そこで会話は途切れるが居心地の悪さなどはない。いつも通りのデイビットとトラロックに戻っただけ。2人はそのまま手を繋ぎながら家路を急いだ。


「ただいま」

「ただいま帰りました」

「おかえり。……2人とも何かあったな」

「おかえりなさい」


 玄関を開けるとテスカトリポカとイスカリが2人を出迎えてくれる。どうやら2人は絵本を読んでいたらしく、イスカリの手にはお気に入りの絵本があった。


「兄様。デイビットの親戚が何処からか情報を入手して無理やり連れ去ろうとしていました」

「テスカトリポカ、そんなに恐ろしい顔をしないでくれ。未遂だし暴力は振るわれていない」

「言葉の暴力は振るわれていましたけど、ね」


 2人が先程の件を簡潔に伝えるとテスカトリポカは肉食の野生動物如き恐ろしい顔つきになっていく。隣のイスカリが怯えてもお構いなしだ。


「…………デイビット。今後会うことはないだろうがそんな連中がもう一度お前に接触してきたらすぐに逃げてオレに連絡しろ。近くの交番に駆け込んでもいい」

「わかった」

「お手柄だハチドリ」

「当然のことをしたまでです」


 テスカトリポカがトラロックの頭を撫でると彼女は誇らしげに微笑む。それをデイビットが羨ましそうに眺めているとテスカトリポカは視線に気付いたのか、今度はデイビットの頭の上に手を乗せてきた。


「大丈夫だデイビット。心配は要らん」

「テスカトリポカ……」


 その手で撫でられると怒りに駆られていた胸の奥がじんわり温かくなり、強張っていた体から力が抜けていく。テスカトリポカはデイビットを安心させるように優しく笑いかけると手を離し、イスカリと共にリビングに戻っていった。


「……早いうちにデートの申し出、済ませてください」

「ああ。今日言う予定だったから大丈夫だ」


 トラロックの気遣いにデイビットは力強く答える。8年の歳月は互いにクールな態度であっても確かな信頼を生み出していた。

 その日の夕食時、デイビットはテスカトリポカにデートの申し出た。たった一言、「今度の休み、お前とデートがしたい」──それを聞いたテスカトリポカは目を丸くすると鋭い目つきになり、デイビットの目を見つめる。デイビットはそれにしっかりと視線を返し、決して逸らそうとはしなかった。


「……今度の日曜なら空いている」

「!」


 テスカトリポカが問うとデイビットは何度も首を縦に振って肯定する。今までサラリと躱されてきたデートの予定がようやく叶うことにデイビットは喜びを隠しきれず顔を赤らめ、テスカトリポカは現金だな、と笑った。


「プランはお前に任せる。オレを楽しませろよ? デイビット」

「ああ。期待していてくれ」


 返事を聞くと夕食を摂る手が踊り、心ここに在らずといった様子で食事を再開したデイビットにトラロックはやれやれ、とため息をつくが、しかしその口元は緩んでいた。イスカリもいつもとは違う雰囲気を感じ取っているのか、そわそわとしている。

 そんな子どもたちにちゃんと飯を食え、と注意しながらもテスカトリポカは内心で歓喜に包まれていた。


(……オレも限界、か)


 デイビットへの恋情が抑えきれなくなりつつあることにテスカトリポカは薄々勘づいていた。自分との約束を楽しみにしてくれているデイビットに保護者としての庇護欲より男女の愛情が先に湧いてきたのだからお察しである。

 それでも、今は手を出さない。自分の理性を信じ、デイビットとのデートを受け入れるのが養父としての務めであるとテスカトリポカは自制していた。


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