羨望、そしてブートキャンプへ
善良な綱彌代「けほっ……」
咳をしても、無駄に広い部屋にただ響き渡るだけだった。
両親は政略結婚で、金と権力目当ての女と若い女の体目当ての男の需要が一致した形式なものに過ぎなかった。
後継である自分が生まれれば後は知らんとばかりに使用人へ任せ切りだ。
本家の連中は分家の連中など下等な生物だと見下しているし、同じ分家でも如何に本家や自分達以外の分家筋を蹴り落とそうかと考えている奴しか居なかった。
時灘は私に唯一優しかったが、それは私の薄汚い本性を見抜いていたからであったし、愛を与える与えないの段階に彼は立っていなかった。
そんな中、私の唯一の癒しであったのは映像庁をハッキングして得られる死神たちの動向であった。
特に気に入っていたのが13番隊隊長の浮竹十四郎だ。
私と同じく生まれつき病に身体を侵されながらも、隊長として大成した姿に密かに憧れを持っていた。
彼の隊の雰囲気は和やかで、浮竹を中心にまるで家族団欒のような朗らかさに溢れていて、私の求めていたものはここにあったのかもしれないと錯覚する程だ。
優しい父、誇り高き兄、可愛い妹……父を慕う叔父と従姉妹。
いつしかそのようなおかしな妄想をしてしまう程に羨望の念は強まっていく。
死神を志した時もあったが、才能に溢れた時灘とは違って、霊圧も強くない自分では浮竹のように病弱な身体の障壁を乗り越えることは出来なかった。
そんな中、技術開発局の産物である監視蟲は私に恩恵をもたらしてくれた。
映像庁のものだけではなく、自分の見たい所を簡単に監視・撮影できるのだ。
これをハッキングして自分用に改造するのは随分と手間が掛かったが、その労力を帳消しに出来る程の価値があるだろう。
志波海燕の死の間際も綺麗に撮影出来た。
誇りを胸に散っていく彼の姿を見て、何度涙を流し、何度映像を繰り返したか覚えていない。
最近は浮竹が自らを犠牲に三界を維持せんと踏ん張る映像も撮れて、懐が暖かい。
新しい隊長はルキアくんではないかと聞いているし、隊長就任の際には何か贈り物でもしよう。
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そういえば最近立て続けに物騒な事件が起こっているし、幼い頃よりは随分と体調も良くなったのだからそろそろ私も自衛手段でも学ぼうと思う。
最初は檜佐木君に頼もうかと思ったけれど、彼は最近瀞霊廷通信の編集で忙しいだろう?
だから彼の所の隊長に頼もうかと思っているんだが。
どう思う?京楽君。
「六車隊長はやめた方がいいと思うけどね」
……え?