美味しい笑顔で癒す心

美味しい笑顔で癒す心

空色胡椒

先ほどまで押し込んでいた自身の攻撃をはねのけた光、その中から現れた新たな姿の2人をダルイゼンは見開かれた瞳で見つめるしかなかった。自分の知らないグレースの姿。それは見ているだけでも眩むほどの眩しさと、生きる活力にあふれている。


「キュア…グレーシャス?」


「ダルイゼン、決着をつけよう」

「のどかちゃん…一緒に行こう!」

「うん!ラビリン、コメコメもお願い」

「ラビ!」「コメ!」


2人で1つのプリキュア。ヒーリングっどプリキュアとデリシャスパーティープリキュア。全員の力を集め、想いが重なり合った結果発言した姿。ふわりと浮かび上がった2人はオブジェの上に乗るダルイゼンと同じ目線の高さまで上る。


「なんだよ、その姿?」

「私たち全員の力。みんなで助け合い、守りあい、生きるための力だよ」

「あたし達プリキュアが、あなたを止める」

「はっ。少し姿が変わったくらいで…調子に乗るなよ!」


両手から雷撃を放つダルイゼン。各指からばらばらに、広範囲に広がるように10本の雷撃が2人へ迫る。


ギュッと一度強く手を握ってからそっと話した2人。ちらりと合わせた視線はほんの一瞬。それでも、今の2人にはそれで十分だった。宙返りをするように一度後ろへと飛び、空中でその姿勢をとどめる。ぐっとまるで彼女たちの足裏に壁があるかのように両足に力を入れる。その姿勢から顔を上げてダルイゼンを見つめた2人は、そのまま空を蹴るように勢いをつけ、飛び出した。


直線状ではない雷撃は本来攻撃のパターンを見切るのも難しい。それでも2人は宙を舞うように雷撃をくぐり、捻るようにかわし、虹色の光の軌跡を空に残しながらダルイゼンに接近する。


「何っ!?」


左右から合流するようにダルイゼンめがけて接近した2人。ステッキを持たない方の手でぐっと拳を握り、呼吸を合わせる。


「「5000キロカロリー、パーンチッ!」」

「ぐっ!?」


同時に振りぬかれた拳を腕を十字に構えることで受け止めようとしたダルイゼン。しかしその力は彼の想定以上。直撃こそしなかったものの、その衝撃は彼の身体を宙に飛ばし、腕をしびれさせる。


浮かび上がったダルイゼンを追うように再び飛ぶ2人。空中でなんとか体勢を直したダルイゼンが迎え撃つようにその拳を振るう。ダルイゼンのパンチを受け止めたのはゆいの掌。渾身のパンチを真正面から迎え撃った彼女は受け止めたその手をそのままつかむ。


「何!?」

「はあっ!」


そのゆいの後ろから飛び出したのどかの掌底突きがダルイゼンの引いていた方の肩を打ち抜き身体を強く揺らす。そのタイミングにぴったり合わせるように手を放したゆいが懐に潜り込むように蹴りを繰り出す。直撃を受けたダルイゼンの体が再度吹き飛ぶのを見て、それを上回るスピードで2人が接近する。



先にダルイゼンの背後に回ったゆいとコメコメがステッキと指輪を合わせる。キュンと肉球が共鳴し、のどかのハートキュアウォッチから発生したエネルギーをまとう形で光のエネルギーを集める。


「プリキュア・プレシャス・フラワー!」


ステッキでハートを描くようにしてから収束させたエネルギーをステッキから放つ。体を捻るようにしながらダルイゼンは両手からの雷撃でそれを迎撃する。正面から衝突したその2つの技は拮抗した─ように見えた次の瞬間、ゆい達の攻撃の方がダルイゼンの雷撃を押し返す。


「なっ!ぐぅっ」


攻撃を押し切られた上に光のエネルギーを浴びせられたダルイゼン。先ほどまではこちらが押していたはずなのに、今度は1人に押し切られたことが何よりも衝撃だった。受けたダメージを振り払うかのように頭を振る。


(なんだ!?なんでこんな強く!?)


「っ!」


思考する間もなく、今度はのどかとラビリンが入れ替わるようにダルイゼンに接近する。近づかせないようにとダルイゼンが光弾を放つも、すかさず割り込んできたゆいとコメコメがステッキからシールドを発生させながらそれを防ぐ。そのまま近づいた2人はシールドをそのままダルイゼン目掛けて射出する。それをかわしたことでダルイゼンに生じた隙を逃さず、先ほどのゆい達のようにのどかとラビリンがステッキを一度キュンっと鳴らす。


はっとダルイゼンが視線を戻した時には既にのどかはすぐそばまで来ていた。今度は三角を描くようにステッキをふるってから、両手でしっかりと構えたのどか。胸元すぐ近く、ほぼ触れるところまでステッキの切っ先が迫っていて、のどかどダルイゼンの視線が絡む。ダルイゼンは驚愕、そしてのどかは強い決意をもってその瞳を見据えていた。


「プリキュア・ヒーリング・ハートヒート!」


光の渦がステッキから放たれダルイゼンを包む。浄化のエネルギーが確実なダメージを与えるものの、浄化しきるまではいかない。ダルイゼンも自身の身体に力を込めて、一気に開放することで何とか光の渦をはじく。


「っ、はぁっ…はぁっ…なんなんだよ…なんで急にこんなっ!」

「さっきも言ったよ」

「っ!?」


肩で息をするダルイゼンを見下ろすように、ゆいとのどか─キュアグレーシャスは浮かんでいる。その視線に宿る強い意志がダルイゼンを射抜く。


「みんなで生きる地球を─」

「みんなを繋ぐ笑顔を─」

「「守るために、負けない力だよ!」」


ダルイゼンを見つめる視線は力強く、けれども2人の口元には笑みが浮かんでいる。互いを思いやる中で生まれる笑顔、想いが結び合ったゆえの笑顔。


「なんだよそれ…負けないのも、勝つのも、結局同じだろ!「同じじゃないよ!」っ」

「同じじゃないんだよ。だってあなたは、自分のためだけに勝とうとしてる。自分だけが良ければいい、そういつも言ってるよね」

「自分が生きてるって思いたい、そのためだけにあなたは力を振るってる。でも、あたしは自分だけが笑顔でいるよりも、みんなと一緒にご飯を食べて、一緒に笑顔になりたい!その方が絶対にご飯は美味しいから」

「あっそ。でもおれはお前たちと違う。誰かと一緒じゃなくていい。何ならおれさえいれば他はいらない。おれが住みやすい世界の中で、勝手に生きていく。キングビョーゲンはおれを取り込もうとしたし、シンドイーネはおれを売った。グアイワルも勝手に行動して…散々だった。だからおれは一人だけでいい。おれが生きるために、お前らみんな消えてもらう!」


「…誰も一人だけで生きていくことなんて、絶対にできないよ。あなただって、それを知ってるはずだよ、ダルイゼン」


そう返したのどかの表情にあるのは怒りではない。穏やかな微笑みを向ける彼女とその言葉にダルイゼンは困惑した表情しか返せない。


「は?何を?」

「本当に一人だけで生きていくって思うなら、誰かに助けを求めることはしない。あの時あなたは無意識のうちに求めたんだよ。自分を助けてくれる誰か、生きるための繋がりを」

「っ!だったらなんだよ。お前はおれの手を振り払った。そんな繋がりは、おれにはない!だったら、1人で…」

「うん…そうだね。あの時私はその手を取らなかった。だってそれは、本当の意味で生きるために誰かと繋がることとは違ったから。あなたがただ私を利用しようとしてただけだったから。そんなことじゃ、生きるための繋がりなんて見つからないから」

「なんだよそれ?じゃあどうしたらいいっていうのさ?おれが生きるために、何をしろって言うんだよ?」

「だからあたし達は手を伸ばすんだよ!」


そう答えたのはのどかの隣に並んだゆい。そっとのどかの空いている方の手を掴み、笑顔を向けてから、改めてダルイゼンに向き合う。


「ダルイゼン、あなたは誰かに寄り添おうとしたことある?誰かのことを思ったことは?」

「は?なんでそんなめんどうなこと「生きてるって感じ」っ」

「誰かを笑顔にしたいって思いながらお料理したり、その料理を一緒に食べた誰かと笑ったり。そうするとね、心の奥が暖かくなるの。すごく、すごく満たされて、その時間がキラキラするの。それが、あたしが思う生きてるって感じ」

「大切に思える人と手を、心を繋げるから。だから私達は強くなれる、立ち上がれる。自分だけじゃない、みんなで一緒に生きてくの。支え合って、思い合って、体も心も満たし満たされあうこと。それがきっと、生きてるってことなんだよ」


のどかが見下ろした先には彼女たちを信じてくれる仲間たち。笑顔を向けてくれる仲間を見て─そして真っすぐ見上げてきている彼を見る。初めて会った相手だけど何度も助けてくれた人。そしてその腕や言葉から安心感を得られた人。わずかに、でも確実に彼が見せた頷きに笑顔で返す。それだけでまた一つ、心も世界もキラキラした気がする。



「ダルイゼン…これで、終わりにしよう」

「っ、終わるのは…お前達だ!」


両の掌を合わせて離すダルイゼン。両手の間にこれまで以上の雷撃が迸る。黒の雷撃の中に見えるのはビョーゲンズの赤黒い淀み。右手を上に、左手を下に重なるような形で前に突き出したダルイゼンは、自身の持つ最大威力の攻撃をキュアグレーシャスにめがけてはなった。


「ゆいちゃん!」

「うん。合わせ味噌で行こう!」


のどかは左手のリングを、ゆいは右手のリングをかざすようにしながらステッキと2回タッチする。それぞれのエネルギーをステッキにチャージした2人は、2人はステッキを重ね合わせ、それぞれの肉球を触れ合わせる。


「「プリキュアの力、上昇ラビ!」コメ!」


パートナーの声と共にそれぞれのステッキに光のエネルギーが集まる。今度はリングをしている手を─先ほど立ち向かった時と同じように、指と指が絡まるように繋ぐ。ギュウッという音が聞こえるほどにしっかりと。


ステッキの先端を合わせるように構えた2人。のどかは右へ、ゆいは左へと半円を描くようにステッキを振るう。半円と半円、それが合わさることで円形の光の軌跡が描かれる。


「「プリキュア・グレーシャスエンブレイスメント!」」


最後に前へと突き出されたステッキから二種類の桃色の光が溢れる。青、黄色、紫のエッセンスを交えながら二つの光の奔流が渦を描くように交わりながらダルイゼンの攻撃を迎え撃つ。空中で衝突した2つの技は拮抗する。


「っ、はあぁぁぁっ!」


「「「のどか(っち)!」」」

「「「ゆい(ぴょん)!」」」

「わん!」「がんばるペエ!」「行ったれ!」

「いけるメン!」「決めちゃうパム!」

「2人共、頑張って!」


仲間たちが名前を呼んでくれている。応援する声が届いてる。ひたむきで真っすぐなそのエールが、2人の心に光をくれる。


「決めろ、キュアグレーシャス!」


最後に聞こえたのは一際強い声。その声に背中を押されるように、2人の握り合った手にまた力が込められた。


「「はあああっ!」」

「何っ!?」


均衡はすぐに崩された。グレーシャスの光がダルイゼンの放つ雷撃をまるで包み込むように、吸収するようにしながら押し返す。力のすべてをこめた一撃でも、その光を崩すことはできず─ダルイゼンを光が包み込む。



アツイ─アツイ──アツイ


その光から感じたのは確かな熱。でもそれは身を焼き焦がすような毒になるものではない。胸のあたりが熱い。ビョーゲンズとして生まれてからは一度も感じたことのない熱。


「な、んだこれ…あつい…何かが、満ちる。おれのなかで、何かが」


どうしようもないその熱は体に染み渡る。熱いはずなのに不快じゃない。忌々しいはずのその浄化の光の奥に、虹色の何かが見える。何かが自分の方へと伸びてくる。虹色の…手。エネルギーで形成されたその二つの手はダルイゼンの方へと向かってきて、その身を抱きしめるかのように包み込む。体の中から湧いていた熱が、またより一層湧き上がる。


「なんだよ、これ…こんな…知らない…これ、なんだ…」

「それが心が満たされたってことだよ」


そう答えたのはゆいの声。敵対者に向けるものと思えないほど穏やかな声。


「美味しいご飯を食べた時みたいに、心が安らいでるんだよ」

「満たされた…?おれが?熱くて、忌々しいはずなのに…ふわふわしてる…」

「ダルイゼン…それなんだよ。それが、生きてるって感じ」


次に聞こえたのどかの声も、やはり優しかった。何も知らない相手に何かを教えるような口調。そこにはダルイゼンに対する敵意はなかった。


「そっか…この感じ、だったのか…生まれて初めてだ…本当の意味で、『生きてるって…感じ』」


それが何なのか完全に理解したわけではない。彼と人間との間にはどうしようもなく相いれないものがある。ただ、それでも今この瞬間に感じたものは、きっと彼女が…彼女たちがずっと守ろうとしてきたものだったんだろう。


「キュアグレース…」

「…何?」

「…ふっ…じゃあな…ヒーリン…グッバイ」


最後に見せた笑みがどういう意図から来たものか。それを彼が語ることはなかった。ただその中には嘲りも、あきれも、敵対の意志もなかった。それだけを残して、ダルイゼンは完全に浄化されるのだった。


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