美は朽ちぬもの42
鈴澄 音夢注意
・雰囲気が暗い
・キスしてるのにイチャイチャしてない
・GWちゃんのセリフ無し
彼女の口を塞いだ手の平から伝わる微かな振動。たった数文字のその言葉を握り潰す私にすら伝わらない言葉が、無意味に消えて行く温度の残骸が、彼女の柔い心から剥がれ落ちて行く様だガネ。
私の手を介さなければ、彼女の柔い肉と温もりを食い荒らしていただろう。言ってしまえば己にキスをしているだけの錯倒的な状態を手放したくない己を、叱り飛ばす倫理観や理性と呼べる力が無い。
夜明け前が1番暗いから顔がハッキリと見えないだろうと、こんな時間を選ぶんじゃなかったガネ。
輪郭すら見えないままならば、何処に触れる事もないまま逃す事も出来た。あと十分遅く来れば、こんな事に耽る時間は無かった。
あと少し時間がズレていれば、夜明けが来るその一時だけ世界が青に染まるブルーモーメントの中、視界が歪んでこの子が小さな海に沈んで行く様を見る事は無かったガネ。
「そこの階段を登り、右の突き当たりにある白い木枠のドアに入るガネ。使用人が私物化したロッカーに服の予備があるからそれを着て、この服は袋に入れてゴミに偽装するガネ」
人魚は海を泳ぐから美しい。私の腕の内側に閉じ込めたら酸欠で死ぬガネ。
さあ、良い子だから何処までも泳いで行きなさい。私の掬い上げられなかった分も五つもある手なら掬い上げられるガネ。君に皺が刻まれる頃には私の目も耳も届かない所に辿り着く背を押すのは、今からやってくる太陽風なのだから。
「その部屋にある勝手口から出て左に今は壊れた焼却炉の煙突が見えるガネ。そこにある園芸師の倉庫裏に私が逃げ出す時によく使っていた縄梯子を隠したままだから、上手く使いたまえ」
私の頬に縋る手をそっと引き剥がし、能力で作った鍵で錠前を開けてやる。私が屈まなければキスも出来ない君に、間違いの選択肢を与えた私のミスだったのだから、君の選択は悪くない。
私の三分の一しか無い君に責任を負わす気は無いガネ、君が負うなら三分の一だけ、後始末の内の一つだけだ。
「君の初恋を捧げられるに相応しくない男からの、最後の頼みだガネ。初恋は叶わないものだと知ってくれ」
階段の方へ突き飛ばした彼女の顔は逆光で見えない。だが、彼女が遠ざかって行く足音の波に手を振る事は出来たのだから、君が笑う顔も声も届かなくても十分だガネ。
ミキータは君の恋が悪い事の様に言うなと言ったが、悪いのは私が君を独り立ちさせる力が無い私なのだから、いや、今更何かを喚いた所で何かが変わるものでも無いか。
空と海が水平線を越えて交わる事がない様に、私と君が交わる事は最初から無いのだろうと思えば、海に沈んだ時の様な締め付けも少しは気にならなくなるカネ。
もう少し沈んで、太陽の光が届かない所に行けば、その目に映る事は無くなる。私の無様なケジメの跡を見られる事は無いガネ。